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和歌山カレー事件「あるヒ素鑑定人の死」と「葬り去られた鑑定書」

割引あり

59歳の若さで

 このnoteでも冤罪であることをお伝えしてきた和歌山カレー事件で、無実を訴えている林眞須美死刑囚(62)が第三次再審請求を行った。第二次再審請求では、「カレーに入っていた毒物は、ヒ素ではなく青酸だった」として無罪を主張していたが、今回の第三次再審請求では、「犯行に使われたヒ素と林死刑囚の周辺で見つかったヒ素は同一物である」とした鑑定(以下「ヒ素の異同識別鑑定」)が不正なものだったなどして再審の開始を求めている。

 そんな中、林死刑囚の裁判に鑑定人として関わった一人の分析化学者が一年近く前に亡くなっていたことがわかった。その人は、広島大学教授の早川慎二郎氏。中国新聞2023年4月27日朝刊23面に掲載された訃報(=タイトル上の画像)によると、早川氏は同24日に亡くなったそうで、享年59歳。亡くなった原因は不明だが、早すぎる死である印象は否めない。

 私は和歌山カレー事件について取材を重ねる中、10年ほど前、早川氏にもお会いしたことがある。少し立ち話をした程度だが、気さくで、感じのいい人だった。それだけに訃報に触れた時は少し驚いたが、それと共に思い起こされたことがある。

 タイトルでも触れている「葬り去られた鑑定書」のことだ。

もう一つあった「SPring-8によるヒ素鑑定」

 上記したように林死刑囚は第三次再審請求で、ヒ素の異同識別鑑定が不正なものだったと主張している。これは東京理科大学教授の中井泉氏が捜査段階に検察官の依頼によりSPring-8(スプリングエイト)という大型放射光施設で行ったもので、林死刑囚の冤罪説が知れ渡っていく中、この鑑定に問題があったことも次第に広く知られるようになった。

  一方、あまり知られていないが、林死刑囚の裁判では、中井氏の鑑定以外にもう1つ、SPring-8によるヒ素の異同識別鑑定が審理の俎上に載せられている。その鑑定は、第一審・和歌山地裁の裁判官が弁護側の申請を受け、職権で早川氏(当時は広島大学助教授)と大阪電気通信大学教授の谷口一雄氏に行わせたものだ。

 判例雑誌や判例データベースに掲載された林死刑囚に対する確定判決(和歌山地裁判決)では、この谷口早川鑑定は、「林死刑囚が事件前、白あり駆除業を営む実兄に譲り渡していたヒ素」や「林死刑囚の旧宅のガレージで見つかったヒ素」が、「犯行に使われた紙コップに付着したヒ素」と“同種”であると結論していたように書かれている。そして、この谷口早川鑑定が上記の中井鑑定などの正しさを補強するものであるように認定されている。しかし実際には、早川氏らはそのような鑑定結果を示す前、異なる結論を記した鑑定書を和歌山地裁に提出していたのだ。

 その2001年11月5日付け鑑定書には、こう記されている。

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