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0106 冬の沖縄旅❻ 北谷を歩く-リトル・アメリカタウンの哀愁

【旅ログ】
to 在日米軍エリア北谷(ちゃたん) 知りたい方

冬の沖縄。ビーチ, 離島,琉球の歴史,戦争の歴史,グルメ。それらに加え、レイヤーの一つである沖縄に息づくアメリカ文化にふれたい。アメリカンビレッジのある北谷(ちゃたん)まで足を運ぶ。

アメリカンビレッジの岐路と哀愁

那覇中心部からは北へ約17kmバスで約1時間ゆらら到着。沖縄のほぼ中央。(車なら20分)

年始でアミューズメント施設は閉まってましたが、
観覧車がお出迎え。
アメリカンビレッジ…沖縄県北谷町美浜にあるリゾート地区。アメリカ合衆国の雰囲気を模したショッピング、エンターテイメントエリア。1997年工事開始。1998年から順次開業し2004年にほぼ完成。
wikipedia

歴史を紐解く。1981年在日米軍ハンビー飛行場敷地が返還。1988年には跡地に隣接する海岸で埋め立て地造成。開発へ舵。埋め立て地部分に建設されたのが北谷町運動公園とアメリカンビレッジ。

 アメリカの雰囲気前面。面積の半分は在日米軍施設が集中する地域の特性が生きる。2003年に間来客数は延べ830万人(その後の資料確認とれず)。

以下、年始1月2日の画像。

クリスマスの空気を残す
凝った建物が連なる。周囲のホテルもリゾート感あり。
天候は曇りでやや肌寒い日でした。
自分のサイズのサンダル選び放題の
ぞうり専門店OKICHU

 県による「2018年度観光統計実態調査」。観光客の約 16%は沖縄旅行中に美浜アメリカンビレッジ地区訪問。特に 10~20 代でリピーターも多い。

今はコロナによる打撃。ニュースをみる。沖縄唯一の観覧車を擁するショッピングスポットだが、その観覧車の取り壊しが検討されているという。

またエリア内、アメリカの雰囲気に合わないテナントがちらほら。コロナでだいぶフォームを崩してしまったのかもしれない。背に腹はかえられないのでしょう。
 
古臭くないけど、洗練から少し離れてしまった感の哀愁を感じた。かってに思うがここからが岐路。ポテンシャル充分なので、コロナ終息後に、今以上に、非日常体験に近づけてくれるビジュアルとサービスを期待。
 
(参考)
http://www.chatan.jp/choseijoho/kankou/keikaku/kankoushinkoukeikaku.files/dai2syou.pdf

アラハビーチの静寂

アメリカンビレッジから海沿いを南下すること10分足らず。アメリカンビレッジ以上にアメリカを感じたのがここアラハビーチ。

ビーチ、公園遊具、バーベキューする若者。そのほとんどがアメリカ人。ほんとに在日米軍城下町という感じ。真っ青な青空も、東シナ海に沈む夕日も見れませんでしたが、ほどよい静寂に足を止めます。

美しい造成された砂浜が続く。
音楽を楽しむ人たち。
ビーチ全景。浮遊する桟橋が伸びる。
この広々パスケットボールコートは、ベタなアメリカを想起。
みんな家族で友人で楽しんでました。
公園隣接。1840年座礁したインディアン・オーク号を
北谷の村人たちが、お世話した物語。その船が遊具のモチーフに。

北谷散歩-銭湯・カフェ・雑貨-

上記以外で立ち寄った場所。

Terme VILLA ちゅらーゆ

屋外温泉ガーデン。アメリカンビレッジ近く。そしてイオン近く。水着ゾーンと裸ゾーンに別れる。地元の家族連れでにぎわいをみせてました。リゾート感は少なく、瀬長島の龍神の湯に比べると、やや地元に愛される庶民的な雰囲気。

Chatan Cafe halihali

かわいいカフェが多い。アラハビーチそばのハリハリへ。お客さんは100%アメリカ人でした。メニューもアメリカンな感じ。ボリュームのあるフレンチトーストいただく。冬場だからか15時で閉まる店が多い印象。

Import mart アメリカンスペース

幹線道路ぞいのお店。そとのコンテナに荷物詰まってるよう。”アメリカ風”の商品でとりつくろう感じではなく、輸入品の無骨なラインナップが多い。ミリタリーバッグやアメリカのナンバープレートなど純粋ないアメリカを見られる。アメリカ人から見て、お店の内装や雰囲気について、どう思うのかも知りたいところ。

時間があれば、北部の名護ややんぱるまで足を運びたかった。時間がないなか結果選んだのが北谷。ちょうど自分の沖縄への関心をすくいあげてくれるような街。次は少し暖かい季節、晴れた日にまた伺いたいと思った。

次は、沖縄の戦争を考える編。

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