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飲食業、自分でやるしかないと思った。

最近全く更新をしていなかったのですが、久々に時間があるので、更新します。

今、タイのバンコクにいます。

三ヶ月間、知人のお店、sushiyoshiのお手伝いをすることに。

鮨しんというお店を修行経験なくやっていたので、雇われという形で働くのは今回が初です。

やはり雇われだと、自由にできない部分が多かったりするのですが、全てが新鮮でそれを楽しんでいたりもします。

同時に、契約を三ヶ月にしておいて良かったなと思ってます。

このままでは色々ともたない。

1. 時間的な拘束

家族や友達と過ごす時間が本当にない。

休みは週一で、疲れて寝てたら終わってしまう。

マッサージに行くのですら面倒臭いと思ってしまう。

これって鬱の始まり?!と思うほどである。

2. 経営側との考え方のギャップ

自分で店をやっていた時と違い、明確な売り上げ目標もない為、経営者側は稼げるだけ稼ごうとします。

現場で働く料理人たち、サービスマンたちは、お客さんが増えれば増えるほど労働が増えるけれど、対価は変わらないという状況になります。

意外にこれに気づかなかったりする。

これでビジネスサイドと現場サイドの溝が生まれてたりするんだなとか思いました。

そして割とささいなことがたまりたまるとストレスになったりするんだと思います。お互いに、こちらの立場も考えろという思考になってしまう。

とっても不健全な関係です。

3. これらによる精神的に、そして体力的な限界

タイに来てから、体調不良に2回なっています。

契約時に8時間労働と言われ、休憩含めて10時間の拘束ということだったけれど、料理人の人手不足もあり、契約は絵に描いた餅。

先日、逆流性食道炎になってしまいとてもつらい時間を過ごしました。

家族や友達と過ごす時間が本当にありません。

4. 自分でやるしかないと思った。

これらから、このように思いました。

まず、経営者側、そしてヘッドシェフは夢を追っていること。

そして雇われる側は、私生活、家族との時間を大事にしていることを考えないといけないと思いました。

これは自分が両方の立場を経験し、しかも自営を先に経験した稀有な存在である為に強く気づいたことでもあると思います。

どちらか一方では案外気づかない。雇われ→自営という順番でも難しいかもしれない。

現在の職場は、タイ特有で、ビジネスサイドの人間は誰も現場を経験したことがなく、雇われ側も誰もビジネスを経験したことがない為、本当に気づかないのだと思います。


日本だとオーナーシェフが多いのでその辺りは気づいている人もいるけれど、自己正当化する為にも勘違いしてしまう人が多かったりします。つまり、今の自分の立ち場(雇用主)にいれるのは、修行時代(被雇用者)の経験がある為であり、それは誰もが通るべき道だ、という思考です。


僕は幸運なことに、先に自営を経験し、それから雇われをしているので、色々なことがフラットに見れているように思います。少し俯瞰して自分を見ている感じです。


そして、自分でやるしかないと思ったのは、自営で一人でやるという意味ではありません。

チームを結成しているからこそ生み出せる素晴らしさを現在の職場で学んでいたりもします。

でも、両方の目線に立って考えられる人って案外少ない。

飲食業に携わってからこの辺りの違和感が今回雇われの身になって色々わかってきました。

そして、「働き方改革」が飲食業の人たちにとって他人事で終わらないようにしたいと強く思います。

その為のロールモデルを作ることができなければ、発言権もありません。

5. 自分"が"やるしかない

書いているうちに、タイトルはこっちなのかもしれないと思いました。

謎の使命感。

でも、”If not me, Who?” ってのが行動の強い動機、そして継続力になることはご存知の通りなので、タイでお店を作れるようにこれから動いていきたいと思っています。


業態計画、資金計画、場所探し、人探し、わかりやすい事業計画、収支計画、そして何より働く人が幸せになれるような仕組みづくりとやることがありすぎますが、チャレンジングなことになりそうです。


ワクワクしてきました!

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kent.nobuta

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