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竹刀の現況と安全性

長年にわたって剣道界の発展に貢献してきた英一兆氏に、竹刀の現況と安全性についてインタビュー形式で語っていただきます。

竹刀生産の現況


─── まず初めに、竹刀の生産地や原料について教えていただけますか?

 日本で流通している竹刀は年間70万本から100万本と言われていますが、ここ2、3年はコロナ禍もあり、剣道界でも稽古中止、試合中止等があって全体的に低迷していますので、現在の流通量はその半分ぐらいじゃないかな、と思います。

 竹刀の生産地、原料について言うと、主に台湾の台湾桂竹、中国の中国真竹、日本の国産真竹があり、全体の流通量の70%程が台湾桂竹です。

 台湾桂竹は、中国資本でもってインドネシアの工場で製造されています。台湾桂竹は昭和40年代からの実績があり、昔は非常に良い品質でした。しかし、山が痩せたのか何なのか詳しくは分からないけれども、現在は非常に品質が低下しています。竹の肉が薄くなってしまって竹刀としての形状が取りづらくなり、変な形の、変な断面の竹刀ができたりします。ささくれやすくなって割れやすくなって、竹刀としての性能が材質によって落ちています。その上、最近は値上げ幅もひどいですね。

─── 台湾桂竹のシェアは圧倒的ですが、現在はあまり品質が良いとは言えない、ということですね。中国真竹についてはどうでしょうか?

 中国真竹のシェアは30%程です。日本のメーカーが浙江省あたりの工場で多く製造しています。そこで竹刀製造の指導を行い、現地の職人を育てた、ということです。品質に関しては、中国真竹は肉が厚くてしっかりしています。肉が厚いと自由自在に加工できますので、竹刀としての削りは非常に良くなっていますね。

 ただ、唯一の欠点は、繊維間の密度が荒い、ということです。そのため、結局「中国真竹は弱い」という評価をされています。こういった評価を受けて、現在メーカーが竹の選定に非常に気を遣って、品質の向上を目指しています。

─── 中国で竹刀を生産している日本メーカーとは、具体的にはどちらのメーカーでしょうか?

 兵庫県姫路市にあるヒロヤさんです。剣道具業界では日本で一番売上のある会社です。ただ、竹刀に限って言えば、どうしても二番手になりますね。竹刀生産の一番手は宏達さんです。元々は中国資本の会社なのですが、日本法人は信武商事さんという社名です。いみじくも、ヒロヤさんと同じ姫路市にあります。

─── 姫路は革製品で有名ですが、剣道具メーカーの拠点も集中しているのですね。国産真竹についてはどうでしょうか?

 国産真竹は一番強く、また値段も1本15,000円程度と、一番高いです。日本は人件費も山から竹を運ぶ運搬費も高いですから、こういう値段にならざるを得ないですね。ですので、シェアも1%未満ではないでしょうか。1%未満とは言っても、全体の流通量が年間100万本とするなら、年間数千本は出ている、ということになります。

 国産真竹の産地については、現在では主に九州の竹と茨城県の日立あたりの竹が使われているようですが、日本は全国どこに行ってもいい竹の取れる山はあります。4、50年も前は「京都の真竹が一番強い」なんて言われていましたけど、1本何万円もしていましたね。

─── それほど高価な国産竹刀を、気軽に使えるものなのでしょうか?

 昔なら、それなりの剣道家でも「15,000円なんて、そんな高い竹刀、使えねーよ」となるのが普通でしたよね(笑)。ただ、今は全体的にいい竹刀が少なくなってしまいましたから、いい竹刀を求めようとするとどうしても国産真竹、というのが当たり前になっていますね。竹刀を売る業者側にしても、「いい竹刀が欲しかったら高いやつを買えばいいじゃないか」という風潮になっています。ですから、普段の練習では安い竹刀、試合用では国産竹刀、と使い分けている剣道家も多いと思います。

─── なるほど。一方で、台湾桂竹、中国真竹の竹刀の値段はどれくらいなのでしょうか?

 もちろんモノにもよりますが、比較的しっかりしている竹刀だと、一般用で台湾桂竹の竹刀は3,000円前後、中国真竹の竹刀は5,000円前後のものが多いでしょうね。

─── やはり国産真竹は際立って高いですね。ところで、竹刀を購入する際、産地をあまり気にしない方もいらっしゃると思うのですが、産地の見分け方はあるのでしょうか?

 国産真竹については気にする方は気にすると思いますが、竹刀であれば何でもいい、とにかく使えればいい、という方は産地は気にしないでしょうね。台湾だろうが中国だろうが、使えればいいじゃないか、というような感じです。

 産地の見分け方については、きちんとした小売店なら、店員さんに聞けば教えてくれます。また、Made in China とか Made in Indonesia とか、竹刀に小さなシールが貼ってあります。皆さんすぐに剝がしてしまいますけどね。ただ、Made in Taiwan はあまりありません。原料が台湾桂竹であっても、加工がインドネシアの工場であれば Made in Indonesia になりますから。中国真竹については、中国産の竹を中国の工場で加工しますから、そのまま Made in China ですね。

竹刀の傷み方


─── では、竹の産地や値段の違いによって、具体的にはどういった違いがあるのでしょうか?

 耐久性にかなりの差があります。その話の前に、まず竹刀の傷み方から説明しましょうか。竹刀の傷み方は、大きく分けて「ささくれ」と「割れ」と「矯め割れ」の3つがあります。

 何度か打つと、竹刀の表面がへこんでデコボコになります。その山になったところに強い力が掛かると山が崩れ、繊維が切れて弾けますね。これが「ささくれ」です。ささくれは竹刀削り等を使って削ればすぐに取れますが、削ると当然竹が痩せていきます。竹刀は4ピースの竹の断面が合わさるように組まれていますが、竹が痩せていくと断面に隙間ができてうまく噛み合わなくなり、打った時にペコンとなってしまいます。そうなってしまうと、もう竹刀としての用を成さない。寿命ですね。

 また、竹が痩せるとヒビ割れしやすくなり、限界を超えると繊維に沿って縦に割れます。一番危険なのは、この「割れ」です。竹刀の先の方が割れてパンッと跳ねた部分が面金を通して目に入って失明、という事故が昔からありますし、首に刺さって頸動脈を傷付けて亡くなってしまった、という例もあります。このような事故が表に出るなんてのは、氷山の一角ですね。

─── 3つ目の「矯め割れ」とはどのようなものなのでしょうか?

 「矯め割れ」は一番多い割れ方で、横に割れるものなのですが、竹刀の製造過程にその原因があります。竹刀を製造する際、まず1本の竹を6枚の尖った刃で一気に圧力を掛けて6つに割ります。次に、その1/6ピースを90度角の刃物でカットし、綺麗に断面を取ります。これを4つ、断面を合わせるように組むと、1つの竹刀になるわけです。

 そこで、初めの工程、6つに割る時に、竹が真っ直ぐに割れるかと言うと、そうではありません。「く」の字にジグザグになるんですよ。繊維がそのように走っていますからね。ですから、これを真っ直ぐに矯める(矯正する)ために、職人がゆっくりと加減しながら、矯め木と呼ばれる木片に竹を挟んで熱を加えます。しかし、現在の量産型の竹刀ではそこまでしていられないので、機械で熱した釜に通しながらバネの中に通して矯めています。こうして無理に矯めると、繊維が傷付いてしまいます。気が付かないくらい小さい傷ですけどね。そして、こうして完成した竹刀を使っていると、その繊維の傷が横に切れて、矯め割れが起こります。

竹刀の耐久性


─── 安い竹刀と高い竹刀では、これらの竹刀の傷みへの耐久性に差がある、ということですね?

 そういうことです。安い竹刀はささくれやすく、割れやすいです。もちろん高い竹刀もささくれたり割れたりしますが、そうなるまでにどれだけ持ちこたえるか、という点に差があります。仮に1本3,000円の竹刀が2回の稽古で壊れてしまったとすると、1回あたり1,500円。一方、1本5,000円の竹刀が5回の稽古で壊れたとすると、1回あたり1,000円。コストパフォーマンスを考えると、安い竹刀の方が逆に高く付くこともよくあることです。値段が高いということは、それだけ付加価値がある、ということですね。

─── では、高い竹刀であればあるほどコストパフォーマンスが良い、ということでしょうか?

 ある程度はそう言えると思いますが、必ずしもそうとは言い切れないでしょうね。例えば3,000円の台湾桂竹と5,000円の中国真竹、15,000円の国産真竹の竹刀を比較した場合に、国産真竹は台湾桂竹の5倍持つか、中国真竹の3倍持つか、と言われれば、そこまでは持たないでしょうね。

─── 大体何回ぐらい持つものなのでしょうか?

 それは剣士にもよりますし、稽古の激しさにもよりますので一概には言えませんが、国産真竹はかなりの稽古量で2ヶ月、と言われています。週2回稽古をするとすれば、15回程はもつ、という計算になります。中国真竹はその半分ぐらいでしょうね。持ちは半分とは言っても、値段は国産真竹の半分以下でしょうから、コストパフォーマンスは悪くない、と言えます。

 こう考えると、必ずしも国産真竹のコストパフォーマンスが良いとは言い切れないのですが、そこはプライドや自己満足の世界ですよね。「俺は国産真竹使ってんだ」っていう(笑)。七段の先生ともなれば、中国の竹はまあ使わないですよね。

─── では、インターネットで売られているような格安竹刀の耐久性はどうでしょうか?

 1本1,500円程度で売られている格安竹刀もありますね。実際に10本セット15,000円の竹刀と1本15,000円の国産真竹とで比較した知人がいます。結果、国産真竹1本の方が持った、ということです。格安竹刀の半分は、胴をしっかりとパーンと打つと1回で割れてしまったと。

 特に中学生や高校生は、1本5,000円ぐらいの竹刀よりも格安竹刀10本の方がいい、という人もいます。割れたピースを他のピースと組み替えたりして使っていると1年ぐらい持つ、そっちの方がいいじゃないか、と言うんですよね。

 これに対して私が言いたいことは、コストパフォーマンスが良ければ何でも良い、ということではなくて、壊れることは恐いことだ、安全性を考えてください、ということです。

竹刀の安全性


─── 先ほど竹刀の割れによる事故のお話もありましたが、安全性について考えることはとても重要ですね。

 その通りです。竹刀の安全性を考えると、すぐに割れてしまうような竹刀は避けるべきです。また、竹刀をしばらく使っていると、もうこれは使い切ったな、と思えるところがあるんですよ。

─── それは、割れがなくても、ということでしょうか?

 割れがなくても、です。例えば、ささくれが何度も出て、何度も削って、竹が痩せちゃったと。これはもうアウトですね。ささくれを削るにしても、2、3回が限度だと思います。それ以上に何度も削るというのは危険に繋がります。そうして薄くなった竹ほど割れやすい。まだ割れていないから、まだ持つから、と言ってろくに手入れもせずに使い続けるのは、大変危険で恐いことです。

 数年前に七段の先生が八段の先生の目を潰してしまった事故がありましたが、こういったことが一番の原因だったのではないでしょうか。こうした事故を受けて、「竹刀の手入れはきちんとしましょう。竹を組み替えたような操作をした竹刀は試合でも昇段審査でも使ってはいけません」ということになりました。

─── 最近よく目にする「SSPシール」も、安全な竹刀の普及を目指したものですよね?

 そうですね。SSPシールは全日本武道具協同組合が推進している事業で、組合が認めた重量や強度等の規格を備えた竹刀に貼付する、というものです。その規格というのは、初めは組合が寸法規格だけを作ったんですけども、重量規格については全日本剣道連盟が作ったんですよ。39一般男子用は全長120cmまで、重量510g以上、38一般女子用は全長117cmまで、420g以上、という具合にですね。

─── SSPシールの規格は、どういった基準で定められたのでしょうか?

 それは、既存の竹刀メーカーが作っている竹刀は一応基準を満たしている、という認定の元に定められた、ということです。ただ、寸法や重量には数値基準はありますが、竹刀の強度や耐久性についての基準はないんですよ。ですから、強度を調査するために破壊試験や材質試験等はやっていません。寸法や重量を満たしていても竹刀の強度が弱ければ悲惨な事故に繋がることもあるわけですから、私個人的にはそこまでするべきだと考えています。

─── そもそもSSPシールはどのような経緯で作られるに至ったのでしょうか?

 それはですね、昭和50年代だったか60年代だったか、あるメーカーから先がものすごく細い竹刀が発売されたんですね。そして、細い先が面の物見に入っちゃった。それが大問題になりましてね。そこで、組合の方からメーカーに厳重に抗議すると共に、規格を作ろうという流れになり、面金の幅や竹刀の寸法の規格が作られたわけです。これがきっかけでSSPシール事業が立ち上がりました。

竹刀規格の多様化


─── 先ほど寸法規格、重量規格のお話がありましたが、柄の太さの違うもの等、様々な種類の竹刀が売られていますよね?

 そうですね。特に大学生・一般用の39サイズの竹刀には種類が多いですね。柄の太さで言うと、男子用は柄の直径が25mmから始まって30mmまであります。女子用はもう少し細いですけれども。また、柄短と言って、柄の短いものもありますね。柄短の28mmとか、そういう風に表現します。様々な規定やルールの縛りもありますが、そういった種類がすごく増えています。

─── 増えているということは、昔はそれほど種類がなかった、ということでしょうか?

 今ほどはなかったですね。柄が太い、細い、というのは昔からありましたが、ミリ単位で刻むようになったのはここ10年ぐらいではないでしょうか。

 昔の選択肢のなかった時代には、竹刀とはこういうもんだ、ということで持たされていたわけですけれども、選択肢が増えれば増えるほど、「俺はやっぱりこれがいいんだな」と気付くものですよね。例えばバランスにも個人それぞれに好みがあって、真ん中に重心がある方が同じ目方でも軽く感じる、先重の方が跳んだ時にパーンと入りやすい、といった具合ですね。

─── 消費者のニーズに合わせてメーカー側が対応してきた、ということなのでしょうか?

 そうですね。昔から職人さんに自分の好みを伝えて作ってもらう注文竹刀というのはありましたが、職人さんが少なくなったということもあり、量産メーカーが個人の細分化したニーズに対応して種類を増やしてきた、ということでしょうね。

 また、ちょうど平成に入ったぐらいの頃だったと思いますが、全日本剣道連盟が、竹刀を構えた時に鍔に右手を付けなければならない、という規定を作りました。私は馬鹿な規定だと思うのですがね。この規定によってどうなるかと言うと、例えば背が低くて肘が短い人が構えた時に、右手が鍔元に届かないんですよ。だから、どうしても手を伸ばして不自然な構えになってしまう。そこで、柄短やら柄太やら、様々な竹刀が出てきました。そういった竹刀は元々は注文竹刀だったのですが、この規定によって必要とする人がどんどん出てきた、ということです。39竹刀の規格が増えたのはこの規定が原因でしょうね。

─── ルールが変わって竹刀の種類が増えた、ということですね。

 そうですね。こうして種類は増えてきましたが、一方で、材質を強くしよう、という努力はこれまであまりしてきませんでした。竹は自然のものですから、使い続ければ傷んできますし、割れるのは当たり前だ、とメーカーは言うんですね。

 こんな話があります。お子さんが剣道をしているお母さんがある剣道屋に来て、「またうちの子が竹刀を割っちゃったんですよ」と。たまたまそこに居合わせた八段の先生が言うには、「お母さん。子供はね、竹刀を割れば割るほど上達するんだから。そう思えば竹刀代なんて安いもんだから、一生懸命竹刀を買って応援してあげなさい」と(笑)。劣悪な竹刀の質に対して目を向けようともしない、ということですよ。

竹刀の新時代の幕開け


─── 竹は自然のものだから、質を改善することはできない、ということでしょうか?

 一昔前まではそういう認識でした。自然のものだから、当然同じ竹刀でも品質にばらつきがありますしね。しかし、割れて当たり前、という世界から脱却しなければならないですよ。

 そこで近年、竹の材質の強化を図った「ソリッドバイオ竹刀」というものが開発されました。熱を入れて炭化させて中の成分を均一にし、繊維の隙間を埋める、というものです。ただし、先ほど少し触れましたが、科学的に強度を測定したりはしていないようです。ですから、果たして本当に強くなったかどうかは個人の体感によるでしょうね。

 また、つい数年前ですが、「テクノ竹刀」というものが開発されました。竹の繊維構造に特殊加工を施して柔軟にすることによって、衝撃を吸収・分散する機能を改善する、というものです。テクノ竹刀は私の知る限り唯一科学的な強度検査が行われた竹刀で、比較破壊試験の結果、国産真竹よりもはるかに上回る耐久性が科学的に立証されました。

─── 竹刀もようやく科学の時代に突入した、ということですね。さて、ここまで竹刀について様々お伺いしてきましたが、最後に一言お願いします。

 一口に竹刀と言っても、竹の原料の違いから規格の違いまで実に様々なものがあり、どういったものを選択するか、というのが難しくなってきました。そこで、安ければいいだろう、と考える方もいらっしゃるでしょう。しかし、常に第一に安全性を考えていただきたいのです。安くて割れやすい竹刀は、それだけ凄惨な事故が起こる可能性が高くなってしまう、ということです。多少値の張る竹刀であっても、割れにくい竹刀はそれだけ安全で長持ちしますし、結果的にコストパフォーマンスが良い、ということもあります。

 剣道は技術の向上だけでなく、精神的な成長や人間性の形成にも大きく貢献する素晴らしい武道です。これまで以上に安全性を重視していただき、剣道を通じて深い学びと成長を追求していただきたい、と切に願っております。

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