見出し画像

義足はずるいか -両足義足アスリートの公平な身長の決め方-

全米選手権,ドバイでの世界選手権のアメリカ代表選手を決める大会である.今年一人の義足アスリートが参加することが認められていた.その選手の名前はBlake Leeper.両足下腿が義足.2012年にオリンピックに出場したオスカーピストリウス選手と同じクラス.彼は順調に予選,準決勝と危なげなく進み,決勝では44.42でゴールし,5位に入賞.世界選手権へ4x400のリレーでのメンバーとして出場するチャンスを残した.

彼の活躍を賞賛する声が耐えない一方で,義足の競技への使用に関する議論は実は数年前から始まっている.オスカーピストリウス選手が裁判を起こしたときにも焦点になった義足が有利であるかという議論と義足の長さの妥当性に関する議論だ.米陸連は彼の全米選手権の出場を許したが,国際陸連の正式な意思決定はまだされていないようだ.しかし,NBCは,国際陸連は'義足が優位ではないという根拠を示すことやMASH(Maximum Allowable Stand Height)よりも身長が低くなければ,彼は参加できない' というコメントを報道している.

https://olympics.nbcsports.com/2019/07/27/blake-leeper-paralympian-double-amputee-nationals/

片足義足の選手は健足を基準に義足の長さを調整するが,両足が義足の選手の場合,身長を自由に変えることができる.足が長いほうが基本的には歩幅が伸び,速く走れるのではという直感的な考えを持つ人は多い.義足の有利不利を議論する機会は増えたが,では両足義足の人の身長はどのように決めるのが公平なのだろうか.

そこで,MASH(Maximum Allowable Stand Height)という考え方が出てくる.MASHとは言葉の通り,許される最大の身長だ.両足が義足の選手は両方の足がないため,体の他の部位の長さから身長を推定する.実はこのMASH,2018年から計算方法の変更が行われた.そのため,新しいクラスも新設されたり,これまで作られた世界記録が白紙に戻された選手もいた.

(Wold Para Athletics, Classification Rules and Regulations P.101より)
2017年末までのMASH
以下の2つの手法より身長を推定
1. 尺骨(Ulna)の長さから予想
 (Wold Para Athletics, Classification Rules and Regulations P.102の表を参照 )


2. 胸骨の真ん中から腕の先までの長さ(Demi-span)を使用
男: Height in cm. = (1.40 x demi-span (cm)) + 57.8
女: Height in cm. = (1.35 x demi-span (cm)) + 60.1

この両方の平均+2.5%がMASH

2018年以降のMASH

sitting height(座高),thight(大腿長),upper arm(上腕),fore arm(前腕)の長さから推定
男: Max. height = -5.272 + (0.998 x sitting height) + (0.855 x thigh) + (0.882 x upper arm) + (0.820 x forearm) + 1.91
女: Max. height = -0.126 + (1.022 x sitting height) + (0.698 x thigh) + (0.899 x upper arm) + (0.779 x forearm) + 1.73

各部位の正式な計測の仕方はIPCの公式チャンネルで動画が公開されています.

私の体で計算したところ,昔の方法では187cm,,新しい方法では180cmだった.私が両足下腿のパラアスリートだったら7cmも身長を低くしなければならないことになる.ちなみに本当の身長は183cmです.N=1だけではなんとも言えない上に,人種によって身体のプロポーションが異なり,一概に言えることはないが,パラアスリートの様子からすると,新しいルールになって身長を小さくしなければならなくなった選手が多い印象.詳細な計算結果は見当たらなかったが,Blake Leeper選手の身長はこのMASHよりも高いのではという指摘がされているようだ.見た目は確かに足が異常に長いように見える.

ちなみに,幅跳びのマルクスレーム選手はドイツ選手権に出場し優勝したが,オープン参加として扱われ,国の代表としての選出はされなかった.ちなみに彼は片足下腿義足選手なのでBlake Leeperとも違う状況.
https://www.espn.com/olympics/trackandfield/story/_/id/13316580/amputee-long-jumper-markus-rehm-wins-german-national-competition-again

これまで義足が有利か不利かという議論もさながら,公平な身長とはという議論も重要だ.Blake Leeper選手は素晴らしいアスリートで44.42は日本記録(44.78)を上回る好タイムである.さらに,バンニーキルク選手の世界記録が43.03であり,距離から考えると100m走より健常と義足の差は小さいと言える(9.58 vs 10.57).ただ手放しで喜ぶ人ばかりのではなく,パラアスリートでアメリカ代表のJarryd Wallace始め,数名のトップパラアスリートを中心にTwitterで義足の長さに関して指摘をしており,彼の達成をアスリートとして賞賛しながらも,パラとオリを分けるべきだという論理を展開している.https://togetter.com/li/1383086

もちろんBlake Leeper選手もMASHのことは知った上で,義足の長さを決めている.その上で,オリンピックへの出場を目指しているのだ.
https://www.washingtonpost.com/sports/olympics/paralympic-sprinter-blake-leeper-turns-in-a-landmark-win-at-us-outdoor-track-nationals/2019/07/27/48f8cec4-b021-11e9-bc5c-e73b603e7f38_story.html?utm_term=.47d6eaf60c71

世論は一緒くたに,義足アスリートが速くなってきて健常アスリートを超えるのではという美談やエンターテイメントとして消化されるばかりだが,実は議論すべき様々な課題があり,その上で"美談"や"エンターテイメント"が成り立っていることをしっかりと認識しなければならない.


参考文献
-2017 Classification Rules and Regulations :https://www.paralympic.org/sites/default/files/document/170405082103127_2017_03_13_WPA+Classification+Rules+and+Regulations_update.pdf
*新しいバージョンのものもあったが,古いMashと新しいMashの計算方法が記されているのは2017年のものであった

-Canda, A. (2009). Stature estimation from body segment lengths in young adults: Application to people with physical disabilities. Journal of Anthropology, 28(2): 71-82)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?