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『熱海殺人事件』山本亨の木村伝兵衛

ゴツプロ!Presents 青春の会 第五回公演『熱海殺人事件』。その福岡公演を観てきた。

今回の注目は、何といっても山本亨という、自分がつかこうへい作品を見始めた頃に表舞台に立ち始めた役者が、『熱海』の主役、木村伝兵衛を演じるという点だ。山本亨はその後もつか作品や劇団☆新感線で何度も観ている大好きな俳優の一人である。

今回は、山本が60歳を超えているのをはじめ、他の出演者もこの作品のキャストとしてはだいぶ年齢が高めだ。水野刑事を演じる酒井晴江は北区つかこうへい劇団の2期生。『銀ちゃんが逝く』や『広島に原爆を落とす日』などでその姿を見ていた。

『熱海殺人事件』はご存じの通り、上演されるたびにその姿を変え、さまざまなバージョンが存在する。阿部寛の主演で知られる『モンテカルロ・イリュージョン』や木村伝兵衛が女性の『売春捜査官』など、もはや別の作品と言ってもいいぐらい異なるものもある。

今回の公演は比較的オーソドックスなバージョンを、つか作品の脚色を数多く手がけている髙橋広大が脚色。北区つかこうへい劇団出身の井上賢嗣が演出している。

さて山本亨の木村伝兵衛はどうだったのか。作品同様、木村伝兵衛も演じる人によって全く印象が異なるのであるが、今回の木村伝兵衛は、その実年齢をうまく生かし、木村伝兵衛に「老い」を語らせていた。

文字通りセリフでも直接言及しているのだが、それ以上に演技、表情によって「年老いていく木村伝兵衛」「木村伝兵衛が考える『老い』」といった、木村伝兵衛というフィルターを通して、全人類にとってある意味「死」より身近な「老」をリアルに描き出していた。

だが、それは単に「老いぼれていく」ことではない。木村伝兵衛というキャラクターを考えれば、大人しく好々爺になることも、老害となって疎まれることも想像できない。むしろ年齢を逆手に取って、何かしでかしてやろうじゃないかというガッツな姿勢こそが似つかわしい。

そんな想像をしながら観ているとどんどん楽しくなってくるし、山本亨の見せる「答え」にいちいち感心しながら観ていたら、あっという間に2時間が過ぎていた。

最近、トイレが近くなって、2時間休憩なしと言われるとちょっとひるむ。自分もリアルに老いているのだ。2時間があっという間だったおかげで事なきを得たが、おかげで久しぶりに緊張感を持って舞台を楽しむことができた。つかこうへいは舞台上で役者の真剣勝負を見せる、と言っていたそうだが、観る側にもどこか緊張感を感じさせていた。そのことをちょっと思い出した。

それにしても今回、改めて自分がこの『熱海殺人事件』が好きなのだなアと実感した。

つかこうへいの演劇界における存在は、漫画界における手塚治虫と同じだ。多くの演劇人や作品に直接・間接に影響を与えており、もしつかこうへいがいなかったら今の演劇界は全く異なる景色になっていただろうと思う。

自分がつか作品の中で最も好きなのは『飛龍伝』なのだが、『熱海』はそれを超えるというか、自分の中で好き嫌いを超越した「経典」のようになってしまっている。

自分は「観る側」でしかないから偉そうなことは言えないけど、きっと『熱海』に取り組むことは、自分がどう考えるか、自分が何をできるかを試されることになるのだろう。何をぶつけても揺るがず、倍にしてぶつけ返してくるような、それこそ木村伝兵衛のような力強さに満ちた作品だ。

つかこうへい自身の手によるさまざまなバージョンも、最近の若い俳優たちによる上演も、すべてが『熱海』で、「これは違う」ということがない。まあ映画版は「違う」と言いたくなるかもしれないけど、それですら自分は好きだ。

自分が『熱海』を最初に観たのは1993年、両国シアターXの公演だった。木村伝兵衛は池田成志である。いちばん最近見たのは、2015年の風間杜夫・平田満による紀伊国屋ホールだ。その間、阿部寛や石原良純も含め実に多くの魅力的な木村伝兵衛を観てきたが、そこに山本亨の木村伝兵衛が加わった。これからも、どんな伝兵衛に出会えるのか楽しみで仕方がない。

「青春の会」ウェブサイト

https://seishun-no-kai.jimdosite.com


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