見出し画像

三谷幸喜『笑の大学』昭和を描いた平成の傑作が令和に蘇る

三谷幸喜作品の中でも、特に評価の高い『笑の大学』。それが24年ぶりに上演されるとのことでPARCO劇場へ。

本作品は1996年に青山円形劇場で初演、98年にPARCO劇場で再演。自分はこの再演を劇場で観ている。確か、初演の映像がテレビで放送され、それを観て「これは面白い」とチケットを確保したのだった。この初演の評判はすこぶる高く、読売演劇大賞最優秀作品賞も受賞している。

その再演の映像も何度か放送されているが、このほどデジタルリマスター版のブルーレイも発売になった。

日本が太平洋戦争に突入しようとしていた1940年の東京を舞台に、喜劇を上演しようとする作家・椿と、その検閲を担当する警視庁との役人・向坂とが丁々発止のやりとりを繰り広げる二人芝居。初演・再演の西村雅彦(当時)と近藤芳正の研ぎ澄まされた演技がぶつかり合って、強烈な笑いと感動を生み出す。それがこの作品だ。

今回、舞台上で火花を散らすのは、椿役の瀬戸康史と向坂役の内野聖陽。二人とも演技巧者で、存在感も抜群のいい役者だ。これは多くの人が観たいと思うはずで、チケットも激戦だったが何とか手にすることができた。

どうしても初演・再演の2人と比べてしまうのは仕方がない。瀬戸版の椿は、近藤椿と比べてやや若く見えるが、その態度にはどこか泰然自若としているというか、ふてぶてしい、とまで言ってもいいような落ち着きが垣間見える。近藤椿が常に必死さ、ひたむきさを感じさせたのとは対照的だと感じた。

一方、西村版の向坂は、出てきたときからどうにもつかみどころがなく、次第に心を開き始めてからも、つかみどころがないままその才能(?)を開花させていくわけだが、内野向坂は、もう舞台に出たときから「ああ、この人には敵わないな」と思わせる圧倒的な強者のムードを漂わせる。ところが、物語中盤から、隠しきれない人の好さがあふれ出し、どうにも憎めないチャーミングな存在になっていく。

その落差が、椿が最初から最後まで安定したトーンを維持している分、より強調されて感じられるのだ。

面白い。2人の演技が、互いにその印象を増幅させ、共鳴現象を生み出している。またひとつ、芝居の醍醐味を味わった気がした。

演出面では、初演・再演が山田和也の手によるものだったのに対し、今回は三谷幸喜自身が演出。だが「変わった」という印象は想像以上に薄く、BGMと、映画版でもそうだったようにラストシーンが違う程度。確かに、伊丹十三が「これは古典だ」と評したほど完成度の高い脚本だけに、あまり動かしようはないのかもしれない。ディテールがどう変わったか、もう1度観て確認したくなる。

しかしこうなると、もっと違う組み合わせでもこの作品を観たい、という欲望に駆られるのも人情というもの。次の上演は24年後と言わず、隔年ぐらいでお願いしたいものだ。

「笑の大学」公式サイト


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?