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大噴火の中から聞こえてきた歌声は私の応援歌になった。


午後の10時過ぎ船は日の出桟橋から出港予定。乗船しデッキに出ると夜のさわやかな海風と一緒に生ぬるい船の重油の匂いがする。船のエンジン音が船底から突き上げてくる。出港だ。目的地は「三宅島」。
島に渡るのは今回で5回目だった。
1983年(昭和58年)10月に大噴火した三宅島の野鳥などの調査である。比較的大きな貨客船の「すとれちあ丸:3709トン」。
比較的大きな船ではあるが穏やかな三浦半島と千葉の海門となる東京湾内から太平洋に出ると波の角度が変わったことを全身で感じ取ることができる。特に春と秋の船は揺れた。
私は様々な調査で小さな船に乗る機会が多かったので船乗から「あんた俺たちより船酔いしな」と度々称賛?された。手漕ぎボートよりは大型ではあったがスリル満点の航海で台湾などにも渡っていた。
そんな経験から大波を乗り越えて進むすとれちあ丸の揺れで酔うようなことはなかったが大多数の方は東京湾を出てしばらくするとヘロヘロとなり、あっちこっちで手当たり次第の物にしがみつきながら嘔吐されていた。
余りにも気の毒な光景だ。「船底に行きましょう。仰向けになりましょう。楽になりますよ・・」乗務員のような声掛けは毎回だった。

夜明け前。船は阿古、錆が浜の桟橋に着く。滅多には無いことだったたがその日は暫く(2時間ほど)桟橋に着岸できなかった。桟橋に打ちつけるうねる高波。無理に接岸しようとすれば船が岸壁に激突するだろう。船は岸壁から数十メートル離れた位置で接岸のチャンスを伺っている。上下に5〜6メートルの波にもまれる。エレベターに閉じ込められて上下運動を高速でしているようだ。皆さん辛そうだ・・・辛い顔色で手すりや固定されたベンチにしがみ付いている。

嘔吐されているカップルも。気の毒だ・・・

二度と船には乗りたくないのでは無いだろうか・・・

どちらが島行きを決めたのかわからないが、気の毒な航海になって可愛そうだった。

私は最後尾で下船した。夜明け前の薄暗い空には一面の星空が輝いている。岸壁に打ちつける荒波の音と飛沫を取り込むように見事な歌声が聞こえてくる。イソヒヨドリだ。夜明け前の三宅島に到着し毎回迎えてくれるのがイソヒヨドリだった。

かのこ環境大学を開校して島に行く機会はないが、イソヒヨドリの歌声は多くの野鳥たちの中でも私にとって特別な歌声となっている。

横浜から三浦半島に移住して動植物たちと支えあって環境大学を行なっている現在であるが、振り返れば。移住セレモニーを最初にしてくれたのが「イソヒヨドリ」だった。彼は敷地内のお気に入りの場所で歓迎?の歌を歌ってくれた。

彼の歌声はこれからが本番。春には彼女も紹介してくれる。敷地内の岩陰は今年も夫婦で子育てする特別地域だ。

かのこ環境大学のイソヒヨドリ君







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