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靴磨き屋として

私は地元の長野県で”靴磨き屋”として活動しています。

名刺にも”靴磨き”と書いてありますし、初めてのお客様に挨拶するときは「靴磨き屋です。」と自己紹介します。

要するに革靴を磨くのが仕事と謳っているのですが、実は靴以外にもお財布やバッグ、ベルト、革ジャンetc…革製品であればメンテナンスを受け付けていますし、磨きといっても傷やシミの補修、色の染め替えなど出来ることは意外にたくさんあるんです。

何度かお話しした事のある方でも
「靴以外もやってくれるなんて知らなかった!」
「修理もお願い出来たんだ!」
と言われることがよくあります。

”靴磨き屋”というある種インパクトの強い言葉を掲げているので”靴の人”というイメージが着いているのだなと良くも悪くも思います。

「靴だけでなくレザーケアと言った方が伝わりやすいんじゃないか」
と言われる事もありますが、”靴磨き”をわざわざ掲げているのにはどんな想いがあるのか、今回はそんなお話です。



19歳の頃、私は靴の販売店でアルバイトをしていました。

子供靴の販売担当として、人生で初めて履く靴を選ぶ瞬間にも立ち会い、運動会で早く走る為の靴を子供と一緒になって選んだりもしました。子供の反応はとても素直でした。お気に入りの靴を見つけそれを履いた瞬間、本当に足が速くなったかのように心が踊っているのが分かりました。

考えてみれば大人だってそうです。大事な仕事の日には綺麗に磨いた靴で気合を入れますし、大好きな人とのデートには新しい可愛い靴を履きたくなるのです。

靴屋さんに靴を買いに来るお客さんに、機嫌の悪い人は居ませんでした。みんな新しい靴を買う時にはワクワクして、明日からの生活が楽しみになるのです。子供も大人も。

人は靴から想像以上に影響を受けている事を身にしみて実感した経験です。

20歳で革靴に魅せられ自分で靴磨きをするようになった私は、いつしか靴に携わる仕事をしたいと考えるようになって行きました。

靴の製造。販売。修理。
靴に携わる仕事として思い浮かんだのは大きくこの3つでした。

高校卒業後、地元の製造業の企業をわずか1年余りで退職したことのある私には、製造はお客様の顔が見えにくいのではないかという思いがありました。
では販売はどうだろうか、販売店でのアルバイトは楽しいものでした。お客様と一緒にワクワクしながら靴を探しているような気がして好きな仕事でしたが、販売していざ手元を離れてしまうとどこか寂しいような気がしていました。
ですが修理やメンテナンスなら直接お客様の反応を見ることが出来ますし、定期的にお客様が靴を持ってきてくだされば関係性が継続し、私はお客様と靴の人生の一端に関わり続けられるのではないかと思いました。

それが何より魅力的に感じたのです。

特に革靴は、就活や大事な商談、結婚式や入学式、卒業式など人生の大きな節目で度々重要な役割を果たします。
どんな人がどんな時にどんな靴を履いて、どんな所に行くのか。そこで何を見て何を感じ、どんな人生を送るのか。
そこにほんの少しだけ。靴を磨くことによってその人生を共有できるならどれだけ幸せだろうか。

私が靴磨き屋として一番喜びを感じるのはそんな瞬間です。
だから”靴”は特別なんです。

もちろん革という素材の特性上、ケアをしながら長い時間を共にして行くものですから靴以外の皮革製品にも同じことが言えます。
ただ、私の人生は靴によって導かれ、靴磨きによって光り始めたように感じるのです。

これからも”靴磨き屋”として誰かの人生にそっと光を添えていけるように。そんな幸せが続くように願って。

靴磨き 山岸賢治


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