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イタリア靴

20歳の記念に誰よりもいい靴を履きたかった。
いい靴が何かも判らない、だからとにかく東京に向かった。2016年夏のこと。

そもそもなんでいい靴を履きたいと思ったのか今となってはそれも憶えていないが、『足元をみる』だとか『靴を見ればその人がわかる』だとかそんなような言葉はいくらでも耳にする機会があって、青年はそのまま影響を受けたのだと思う。

伊勢丹メンズ館地下一階、初めて足を踏み入れる大人な世界だった。
ずらりと並んだ革靴の数々、予算5万円を入れたお財布をポケットに感じながらまずは眺めて歩いた。
金額以外にどんな差があるのかは正直分からなかったが、予算のおかげで候補は自ずと絞られたので助かった。

勇気を出して店員さんに声をかける。
成人式で履きたいこと、今までちゃんとした革靴は買ったことがないこと、何がいいのか分からないこと、予算は5万円だということ、自分の地元の成人式は夏にやること、だからこの時期に成人式用の靴を探していること。
情報を伝えさらに候補を絞ってもらった。

成人式と伝えた事もあり店員さんは黒のストレートチップをお勧めしてくれた。現代において最もフォーマルとされる革靴の王道デザインだ。
ただ、あまりにもシンプルなデザインがつまらなく感じた。これでは成人式に履いていっても誰にも気づいてもらえないような気がする。
それは望むところではなかったので、結局は自分で選ぶことにした。

最終的にはイタリアの『フランチェスコ・ベニーニョ』というブランドの”ブラインドブローグ”というデザインの靴に決定した。色は茶色、派手な穴飾りは無いもののストレートチップと比較するとフォーマル度は数段下がるデザインだ。
後にイギリスに語学留学もするほどのイギリス好きになる青年が一番最初に選んだのは意外にもイタリア靴だった。

青年には靴を決める前から決めていた事が一つあった。
それは、ケア用品も一緒に購入する事。
これもどこで仕入れた価値観なのかは不明だが、20歳で買った靴を40、50代になっても履けていたら最高にかっこいいと思い、自分でケア出来るようになりたいと考えた。
今度は先ほどの店員さんの言う事を素直に聞き、シューツリーやクリーム、ブラシなど数点を購入。
結果として予算は軽く超えることになったが、大いに満足したのだった。

この靴がこの先きっと素敵な場所に連れていってくれる。そう思うとなんだかとても愛おしくて、何度もその手に吸い付くような革の感触を確かめずにはいられなかった。

人生で初めての革靴。当然なんの知識もなかった。
今となってはマイサイズよりも少しだけ大きかったと分かるその靴は、8年前よりも深く輝いている。
40歳まで後12年、50歳まで22年。
これからも一層輝き、なお青年を導いてくれる事だろう。


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