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安曇野パーマカルチャー塾農業実習レポート

素晴らしいレポートです
■農業実習
○時間
・いつもは7:00スタートだが、今回は6:00スタート。5分前の5:55までにかまど前に集合。昨日のけんじぃ「6時は早くない。農家は夏4時から仕事をしている」。みんな普通に起きて集合する。
→6:00スタートでもやればなんてことはない。「あれ?時間って何だっけ?」と思う。
「日常は時計の時間で過ごしている。そのため思考も時計の時間の枠組みになっている」と、これを書きながら思う。時間の概念が無意識レベルに刷り込まれている。時計の時間でなく、地球と体の時間で動く。どちらがいい悪いではない。常識となっている枠組みに気づく、そして常識をずらしてみる。分かっていたことだけど、改めて体で実感する。そんなところから2日目が始まる。

○大鎌での草への刃の当て方
・草刈りの葉の当て方。押すように切ろうとすると鈍角。刃をスライドすると、刃が鋭角になり、草が切れる。刺身包丁も同じ。

○シャンティクティの野菜が生きている
・「これは何?」「ごぼう」。「これは?」「そば」。けんじぃが質問し答える。

・ごぼう、そば、なつめぐさ、かぼちゃ、ズッキーニなど、畑で植物が生を謳歌している。ズッキーニの茎や葉っぱは、とっても大きく太い。

見るからに元気に生きていると感じる。

○作物の手入れ、花合わせ
・野菜の大きな花が咲いている。花は雄花、雌花がある。花が咲くのは概ね午前10時まで。この間に虫などによって受粉できないといけない。花が少ないところは人間が手を貸し、5~10時の間に受粉させる。雄花を採り花びらを外し、花粉をめしべにつける。人工授粉は「花合わせ」ともいう。けんじぃ「いいでしょ、『花合わせ』という言葉」。

・トマトの芽の摘み方。
・つるは、らせん状に巻くものと、這い上がるように伸びるものがある。

○畑でのけんじぃの話
・教科書に書いてあることは間違っていることも多い。自分(けんじぃ)の話すことも間違っていることもある。真実は自分自身が見つけること。
・自分で「体験」しながら学ぶと良い。「失敗」するから学ぶ。全部うまくいくと学ばない。そのため、全部うまくいくことは必ずしもいいことではない。
・どういうやり方がいいということはない。
・靴を履くが、本来、裸足で気が通っていた方が良い。しかし靴は足を保護してくれる。一面だけを見て、いい悪いは言えない。
・10年に1度、虫が大発生する事もある。剪定や人間が手を加えた人工的な畑だと、生育が同じため全て被害に合う。剪定をしない自然に近い状態だと弱い枝がかれて剪定をしたと同じになる事がある、多様な種類、多様な状態の作物があり、弱い葉は食べられ、強い葉は残る。本来、何もしないのがいいのだろう。
・葉は、日陰をつくるなど互いにお支え合っている。日陰になると草が生えにくい。刈り過ぎると良くない。刈り過ぎないようにすると、お互いに支え合う。
・とは言え、畑は食害もある。畑に鹿が来て大変。鹿が食べる。食べるのは上のアタマの部分。アタマの部分を食べられると作物は上に伸びられないため、横から伸びる。人間もアタマの部分を摘心する。鹿が上を食べるのはありがたいとも言える。

・害虫、益虫と言うが、これはある観点から捉えた見方。害虫、益虫に限らず、果たして、何が良くて何が悪いのか。そもそもいい悪いがあるのか。
・かぼちゃは、人間にとっては大きさなどから1株4つ程採れるのが良いため、生育を見てツルの先を切る。これは人間の都合。かぼちゃにとっては、たくさん実をつけた方がいい、大きくなった方がいいなど、株ごとにそれぞれ異なるかもしれない。かぼちゃにとっては、果たしてツルを切ることがいいことなのか。人間にとって都合のいいことが、必ずしも自然や植物にとっていいこととは限らない。

・問題児が大事。問題児と思っていたものが、ある時に大切な役割を果たす。皆と同じことをしていると、皆と同じことしかできない。
問題児を生かすこと。
問題児が時代をつくり、世界を切り拓く。
初めは1人だったものが仲間が増え、そしていつの日かメジャーになる。

クレイジーな人たちがいる アップル不屈のCM
https://note.mu/kenjiusui/n/n0aadaf9a6745

・あれかこれかは相対界の次元。「第3の道」があるのではないか。無抵抗不服従というガンジーや福岡正信は神の領域。

・人間が手を加えるのは、自然の許す範囲を超えてはいけない。

・お金は関係性を分断する。お金のために働くのか、生きがいや居場所のために働くのか。

・お米1粒が3,000倍になる。

・ゆあさ、泣く。

安曇野パーマカルチャー塾 Yさんのレポート
https://www.facebook.com/100001859068579/posts/2862735800465027?sfns=mo

→植物をメタファーとして、真理を学ぶ。

→これまで何回も聞いてきたこと。その意味が、これまでの講座の体験を通じ、少しずつ体での理解につながっていく。今後も、塾が終わった後も、きっと学びが深まっていくだろう。

→おそらく、事実があるだけで、いいも悪いもない。どのような基準で何を判断しているか。まず、本人が認識しない無意識レベルに刷り込まれている常識や基準に気づくこと。
これが大事だと改めて思う。

○畑の手入れ
・「それぞれ自分の場所を手入れして」。上の話の後、今回、何をどう手入れするか具体的な指示はない。これまで学んできたことを元に、自分達が植えた場所の手入れをする。「この辺の草は刈った方がいいかな」「この辺は少しだけ刈って草を残そう。」「これは雑草?」「雑草というものはないよ」など。

→草、虫、土などと対話しながら作業をしている。自分自身が草になった感覚。何々の作物を育てる、雑草を取るという感覚ではない。
とは言え、入り口に立った段階。
これからさらに世界が拡がっていくだろう。

○にんじんの種をまく
・にんじんの種を撒く。まず、けんじぃが見本を見せて説明する。草を刈ってどけて、表土を1㎝ほど取る。草刈り鎌で根切りをして平らに整える 種を手のひらに取り、上からパラパラと土に撒く。鋸鎌の刃の後ろの部分で土をトントン叩く。次に足で上から押さえる。足で押さえると種と土が付き、下から水分が上がる。こうすると発芽率が2割上がる。5日に一度風が吹き、10日に一度雨が降る。刈った草を土の上に乗せる。

→「乗せる草はこのくらいかな」「ここは土がたくさん見えているな」「ここは草が多くて芽が出にくそう」。種や土の声を聞きながら草を置いていく。植物、土、動物、エネルギーのようなものと対話している感覚。

→今回のシャンティクティでの畑作業は1時間。それでも濃密な時間。時間って何?。
ここでもそんなことを感じる。
講座は気づきの宝庫。


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