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コーホート戦略を遺族年金に速やかに


勿凝学問426

先月の年金部会で遺族年金・加給年金が議論される(第6回社会保障審議会年金部会2023年7月28日)。先日、東京くらし方会議の事務局(東京都産業労働局)との打ち合わせの際に、そのあたりの話を例として、コーホートで政策を変えるくらいの意識の大切さを説明したので、彼らに年金部会で話したことの意図を紹介するためにまとめてみる。

あの日の発言は、『ちょっと気になる「働き方」の話』の中の次の文章がベースにあった。

ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』では,性差別がホモサピエンスのどの世界でも一般的であったことが延々と述べられ,それが20 世紀に入って急激に見直されている様子が次のように語られています.

「過去一世紀の間に,社会的・文化的性別の役割は,途方もなく変革を経験した.今日,しだいに多くの社会が,男性と女性に同等の法的地位や政治的権利,経済的機会を与えるばかりでなく,性別と性行動の最も根本的な概念を完全に考え直してもいる.……息をのむような早さで物事が進んでいる. (『サピエンス全史』上巻,200頁)」

『サピエンス全史』では,250 万年前にアフリカでホモサピエンスが生まれたところから始まりますが,そのタイムスパンでみると,私たちが今目の前で観察している現象は,極めて特異な歴史の屈折点であるのだろうと思われます.

『ちょっと気になる「働き方」の話』59頁

 ちなみに250万年を24時間に例えると、一世紀100年前は23時59分57秒ほどとなる。ただし日本の場合は、男女雇用機会均等法が成立したのは約40年前、この法律が改正され、女性差別禁止について実効性を持つようになったのは四半世紀前にすぎない。今という同時代を生きている人たちは、若い人たちと50、60歳代の人たちの間で人生の機会が大きく異なっている。ゆえに、政策をコーホート間で変えざるを得なくなる。

時間軸を持ったコーホート戦略

遺族年金・加給年金が議論された日の発言は、次。

○権丈委員 今日の議題は、昔は仕方なかったとしても、今の若い人たちから見ると、もう全く笑いの出るような話で、改革は当たり前なのですけれども、改革の最大の障害は、世の中の関心の薄さゆえに、制度を動かしてくれる政治家がいないところにあると思っています。
 その辺りは、どれだけ効果があるか分からないけれども、この年金部会で繰り返し大いに議論して盛り上げていくと同時に、年金局は、雇均局とか男女共同参画局にも、あまりおかしな方向を向いていないで、こっちのほうを向いてくれと声をかけて、協力を求めていくことが大事ではないかと思っています。
 将来的には、遺族年金の男女平等化、そして有期化、子供のところははじめから有期ですが、配偶者の有期化。
 そして、有期なのだから、今ある支給停止、失権規定という実にうっとうしいルールは全部なくす。
 加えて、繰り下げ受給に物すごい悪影響を与えている加給年金というのは、女性の特老厚の年齢の引上げとともに、この制度の矛盾が、これから加速していくわけですね。加給年金の改革は、時間との戦いでもあります。問題は、どのように改革していくかに絞られていると思っている。
 昨年末の全世代型社会保障構築会議の報告書のキーワードの1つに、時間軸というのがあります。この言葉は、第2回の会議での(2022年3月9日)、「政策を考える際には、コーホートでビヘイビアが全く変わるのだから、時間軸を持って考える必要がある。例えば、遺族年金は、現在、受給している人たちに影響を与えることなく、将来のコーホートに最適な制度に向けて、20年ぐらいかければ、移行を完成することができる」という発言の中で出てきます。
 要するに、時間軸をもって20年かければ、不利益変更という批判をかわしながら、20年後のコーホートに最適な制度に移行することができる事例として、遺族年金の話を私はしているわけです。
 遺族年金について言えば、共働きというのは一種の所得保障のための保険制度になっているわけで、共働きが増えていくと民間の生命保険需要が減っていくし、遺族年金への需要も小さくなります。
 共働き世帯にとって遺族年金は終身である必要はなく、子供は別ですけれども、ほかにもある様々な理由から、今や配偶者の遺族年金は有期であることが重要になってきている。
 有期であれば、家族形成の判断にわずらわしい影響を与えている今のルールをなくして、配偶者にも子供にも、家族形成に中立である制度に変えることは簡単にできるし、この段階で有期になったところで所得制限もなくしていく。社会保険の中で、あそこに妙な所得制限が入っているんですね。
 もっとも、この国は労働市場での男女差が今もあるから、これが遺族年金改革の足を引っ張っている側面はある。だから私が長く言っていることは、20年後の改革の遺族年金の完成形を年金サイドから労働市場に先に示す。そして、労働市場の改革を促す。
 この方法は、2000年改革の支給開始年齢の引上げのときにやったわけですけれども、年金が労働市場の改革を促していく方法を取っていくこと、要するに20年後の完成形を先に示すこと自体が重要になる。
 幸い前回の年金改革では、与野党共同提出の修正案が共産党を除いた与野党賛成で成立しているので、年金周りの政治は大分静かに鎮まってきているということで、もしかすると、年金局が持っているエネルギーを、この問題に割くことができるかもしれない。ただ、政治力学的には、改革の牽引者がいないという難易度の高い領域の話なので難しい。だけれども、意味のある仕事なので、その時間軸を持ったコーホート戦略で労働市場の改革を促しながら、今の若い人たちから見れば、全くばかばかしい制度の改革を成功させることを、年金局の人たちに強く期待していますということで、終えたいと思います。
 以上です。

すでに新しい時代ははじまっている

参考までに『もっと気になる社会保障』26-27頁より

変化は意識にも表れてきている

次は『もっと気になる「働き方」の話』からである(57-59頁)。

権丈英子『ちょっと気になる「働き方」の話』

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