『アはアーケードのア』 第20回『ドンキーコング』(1981年 任天堂)

“ジャンプ”の概念を取り入れた最初期のゲーム

 ジャンプを駆使して、さまざまなトラップを抜けてゴールを目指し、コングにさらわれたレディを救い出せ――任天堂・宮本茂さんの最初期のディレクション作品にして、マリオ初登場作品であり、ジャンプアクションものの源流の一つといえるゲーム、それが『ドンキーコング』です。

 ジャンプアクションというシステムは、黎明期のゲームが生んだ最大の発明の一つです。重力の概念と相まって、“ジャンプ”そのものに既にゲーム性のベースが内包されているといってもよく、攻略性を構築する上で汎用性や応用性が高く、数多の名作を生み出してきた仕組みといえます。

 『ドンキーコング』とほぼ同時期に、やはりジャンプを使った『ジャンプバグ ~ワーゲンの不思議な冒険への旅~』という作品があり、こちらも大変印象に残るゲームでした。2作の根本的な違いの一つは「高いところから落下したら死ぬか否か」です。

 『ジャンプバグ』は世界の仕組みが『ドンキーコング』に比べて大らかで、プレイヤーのワーゲンは空中制御もできるし、どんな高いところから落ちても壊れたりしません。それに対し、『ドンキーコング』は落下死の要素があり、サイドビューらしさがより強く打ち出されています。

 とはいえ、実際に落下による死を強く意識させられるのは、ほぼステージ3(ファミコン版でいうステージ2)に限られるのですが、『スぺランカー』ほどではないにせよ、ちょっとの段差から落ちても死んでしまうため、当時としてはけっこうな緊張感があったように思います。

たった4つのステージでドラマ性を表現

 『ドンキーコング』の全4ステージの中で、どれが一番ユニークかでいうと、やはりステージ1だと思います。フィールドになだらかな傾きがあって、マリオがジグザグのスロープを駆け上がっていくビジュアルは、当時とても新鮮に映りました。最初のステージにふさわしい独自性がありました。

 よく見ればそこまでなだらかな坂になってるわけではなく、横2chr単位の水平なブロックが高さをずらして配置されているのですが、当時その動きがとても滑らかに感じ、心地よかったのを覚えています。

 また、『ドンキーコング』において、大変優れている点の一つが、そのストーリーとゲーム目的の見せ方です。マリオのスタートポジションは最下段で、最上段にコングが待ち構えており、隣りでレディが“HELP!”と叫んでいる。そこへ行けばよいということが明白です。

 オープニングで、コングがレディをさらってハシゴを登っていく効果的なデモが入ることで、ストーリーやゲーム目的の説明が補強されていますが、最悪、それがなくても伝わるぐらい、ゲーム画面のレイアウトがよくできています。

 この考え方は、宮本茂さんの後のゲームにも受け継がれていて、『スーパーマリオブラザーズ』でも「とにかく右へ進めばゴールにたどり着く」というつくりがわかりやすく優れている、ということはしばしば指摘されてきましたが、『ドンキーコング』はその明快さにおいてはさらに優れていたと思います。

 そして、『ドンキーコング』でもっとも特筆すべき点は、それが“場面転換”の存在によって成り立っているゲームだということです。ステージごとに舞台がガラリと変わってギミックが総入れ替えに近くなる。場面が動くことでドラマ性も垣間見える。これは当時としてはまだ比較的珍しいつくり方でした。

 対照的な例を挙げると、同時期のナムコの有名な開発者・岩谷徹さんの場合、『パックマン』『キューティQ』『リブルラブル』のように「舞台がほぼ展開しないゲーム」ばかりです。氏の影響かは分かりませんが、ナムコはもう少し後期になっても、こうした場面転換の概念の薄いゲームが多かったように思います。

 ステージごとにギミックが総入れ替えになると、つくり込むべき要素が増えて、個々の完成度を上げるのが大変になります。その後、どんどん各社のノウハウが貯まってからはそういうつくりが当たり前になりましたが、当時はいろいろ詰め込もうとしてうまく行かなかったゲームの方が多かった気がします。

 だから、当時のナムコのつくり方は、完成度を重視する上である意味正しかったといえるのですが、いち早く場面の多彩さを重視したゲームを、高い完成度で世に送り出した宮本茂さんの力と先見の明は、やはり稀有なものだったと思うのです。この考え方が『スーパーマリオブラザーズ』に引き継がれるわけです。

『スーパーマリオブラザーズ』の偉大な習作という見方

 『ドンキーコング』を今見直すと、ギミックがあまり活きてない箇所も少しだけ見受けられます。たとえば、反撃アイテムのハンマーを持ったまま階を上がることはできません。『スーパーマリオブラザーズ』のスターのような、どんどん進んで距離を稼ぐ爽快プレイができず、その場で敵を待っていないといけない。

 もちろん、『ドンキーコング』でハンマーを持ったまま階を上がれたら、ほとんどゲームにならないのですが、『スーパーマリオブラザーズ』はそれができる上でゲームとして成立させているわけですから、確実に仕組みとして改善されています。より技量が反映されるフィーチャーになっている。

 ほかにも、ステージ2のベルトコンベアのようなギミックも、本来はさまざまなレベルデザインのなかで多彩に展開させてこそ活きる仕掛けなのですが、ごく一部の場所で使われているだけで、「ちょっと移動しにくいな」と思っているうちに、すぐ駆け抜けることができてしまいます。

 ゲームの舞台が小さすぎて(展開が少なすぎて)、ほとんどのギミックが“顔見せ”しただけで終了してしまうのです(周回プレイで活かされてはいますが)。もちろん、当時にしてこれだけコンパクトに要素を詰め込んだこと自体が驚異的なわけで、この「もったいない」感も今だからいえるのですが。

 目新しい視点ではありませんが、『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『マリオブラザーズ』のアイデアを合わせると、ほぼ『スーパーマリオブラザーズ』になります(ジャンプ、様々なトラップ、ゴールを目指す、ヒロインの救出、無敵攻撃、ツタ、下から床を突く、カメなどの敵、ルイージ等)。

 『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『マリオブラザーズ』のアイデア、そしてやり切れなかったことがすべて『スーパーマリオブラザーズ』で活かされているわけで、そういう意味で、これら3作は『スーパーマリオブラザーズ』の偉大な習作、プロトタイプだったともいえると思います。 了

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