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テクノロジーと税金の未来

凄まじいスピードで発展するテクノロジーは、我々にとって福音なのか、それとも危機をもたらすのだろうか。AI、ロボット、Iot、キャッシュレス、仮想通貨。近年、新たなテクノロジーがもたらす将来的な経済・社会像が多くの論者によって語られている。ある人はテクノロジーの発展がすべてを解決していくれるかのように語る。はた、またある人は、それが人間の役割を阻害するようなものとして捉える。果たしてどちらが正しいのだろうか。そこで今回は、AIとキャッシュレス・仮想通貨を取り上げて、テクノロジーの発展がもたらす社会制度への影響がどのようなものかを考えてみたい。

AIからBIへというけれども

最近、AI(Artificial Intelligence)とBI(Basic Income)という言葉をセットでよく見るようになった。いわゆるAI・BI待望論である。AI・BI待望論のロジックは意外とシンプルだ。まずAI導入によって、既存の雇用が失われ、大量の失業者が発生する。あるいは企業がAIの導入よりも安価な賃金で労働者を雇おうとする。だが、同時にAI導入による企業の生産性向上が見込めるのであれば、その余剰分を何らかの方法で「課税」し、その財源をBIとして全国民に配る。BI導入によって、人々は労働の義務から解放され、創造的な仕事/遊びに勤しむようになる。対して既存の単純労働はAIやロボットが代替するようになる。人間とAIは、BIという絆によって、win-winの関係を築くことができるわけだ。

しかし、このロジックには色々と飛躍がある。それはAIが生み出した付加価値をどのように定義するか、そしてBIに必要な財源をどう確保するのか、すなわちAIの付加価値を具体的にどう課税し、必要な財源を確保するかという点が十分に検討されていないことである。もし十分に財源を集めることができなければ、最悪地域振興券のようなバラマキ政策に終始する可能性があるからだ。では、どう課税するのか。これが簡単なことのように見えて、意外と難しい。

そもそもAIとは何だろうか。AIが実装されたロボットのことを言うのか。それとも実体を持たないAIチャットボットサービスなのか。正当な課税には多くの人たちが納得できるロジックが必要になってくる。その場合、AIと非AIの線引きが必ず求められる。もし、線引きが曖昧だったり、極端に限定されたものであったりすると、AIの定義から外れたロボット投入、サービスの提供をすることで、多くの企業は課税を逃れようとする。昨今、軽減税率の導入にともなって、どこまでが軽減税率が適用されるか、という議論が注目を集めているが、これと同じ問題がAIにも生じてくる。

より難しいのは、AIが生み出す新たな付加価値、無形資産をどう評価するかという問題である。森信茂樹氏(中央大学法科大学院教授)は、AI課税の方法として、イスラエルのアイディアをヒントに国が無形資産の所有権の一部を保有し、その持分割合に応じて得るという方法を紹介している。つまり、AI課税ではなく、ロイヤリティで財源を集めるということである[1]。

なぜAI課税ではないのか。それはAI課税をかけることの難しさが理由となっている。結局のところ、AIの発達によって生産性が向上したとしても、個人の賃金にかけるか、配当やキャピタル段階でかけるか、法人段階でかけるかのいずれかである。森信茂樹氏が主張するように、グローバル化が進む世界において、租税回避を防ぎながら上手く課税するのは容易ではないのである。また、最近ではIT大手を対象としたデジタル課税の導入がイギリスで検討されている。これも同じように、どのようにして国際協調をしながら課税制度を作っていくかが課題となる。

東京都VS国?

地方法人課税の仕組みもAI技術の発展に追いついていない現状である。これまでは、業種に応じて、例えば従業員・事務所などの数、あるいは固定資産の価格などからスケールを測ってきた。しかしAIが普及していくとどうなるだろうか。今の仕組みでは少なくとも東京都に財源が一極集中していく状況は変わらないだろう。

そのような中で政府は、東京都と地方の財政力格差を食い止めるために、都心部の地方税収を国税化して地方部に再配分する動きを進めている。となると、AIとBIを本気でやろうとすれば、政府は東京都の財源を一方的に国税化して地方に再分配するという政治的文脈のもと、BIを導入しようとするだろう。「AIからBIへ」をスローガンに掲げたのが小池都知事だったのは皮肉でしかない。それは一見すると良いことのように見える。だが、地方の独自の財源をほとんど奪う形で再分配していくので、より強固な中央集権国家が築かれるという未来がやってくるかもしれない。

通貨テクノロジーと税金

テクノロジーの発展と税制の関係を考えるとき、仮想通貨とキャッシュレス化の影響も見逃せない。昨今、西粟倉村が自治体初のICOを発行することを検討している。自治体が株式会社のようになるイメージに近い。現状は地方自治体が仮想通貨を取り扱うためには、様々な法規制の制限がある。しかし、今後は法規制の整備が進む可能性は高いといえる。

もし西粟倉村のケースが成功事例になれば、ふるさと納税が規制されつつある昨今、自治体ICOは全国的に普及していくことだろう。多くの自治体が住民からの地方税収ではなく、居住地外からいかに出資を募るかに躍起になるだろう。

自治体が別の地域にいる人や企業から自由に資金調達をすることが可能になれば、新しいコミュニティ経済圏が出現する、というのは遠い未来の話でもなさそうだ。それは、一つのコミュニティや地理的空間に囚われない複層的な経済圏・コミュニティであり、将来、○○県○○市○○区在住、○○会社に勤務している○○といった自己紹介は陳腐なものになるだろう。最近は「関係人口」という「移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々」のあり方が注目を集めている。例えば「ふるさと納税」のように、居住していなくても、返礼品のやり取りを通じて地域の人々と多様に関わることができる。これからは「関係人口」のあり方をより強化するような形で、そこから金銭的な利益を得ていく関係性も現れてくるだろう。自治体ICOはまさにその先例となるだろう。

自治体のライバルが企業?

遠くない未来、多くの人々にとって自治体と企業の境界線が曖昧になっていくかもしれない。それは企業やコミュニティが新しい経済圏を作るからだけではない。国や自治体自身が税金や公的なサービスのあり方を自ら再定義し、民間企業の形に接近しているからである。「Tポイント」のようなポイント経済圏をみれば分かる通り、日本国内において、大企業が独自通貨による経済圏を構築する土壌は既に形成されつつある。自治体の方も自治体ポイントや地域通貨を積極的に発行し、その経済圏に相乗りしてくケースも現れるだろう。

自治体、企業、それ以外の様々な経済主体が共同体と経済圏を構築し、参加者を増やすために競い合っていくようになれば、地方税を取る存在意義は揺らぐようになる。もちろん税金はなくならないし、唯一税金が取れる「円」という法定通貨は残り続ける。だが、多くの人々にとって身近だった地方税は、強制的に徴収され、地方自治体という巨大なコミュニティを支えるための通貨として相対化されていく。同様に、国が取る税金も信頼性を失っていくかもしれない。国に頼らずともコミュニティで生きていける人たちが多く現れるからだ。そうすると、BIを支えるために税金が何故必要なのか、という論理の根本が崩れ、政治的コンセンサスがますます取りづらくなっていく。テクノロジーの発展が、BIを導入するための政治的コンセンサスを阻むのである。

必要なのはロジック

テクノロジーの発展に今の税制が追いついていないことは明らかだ。にもかかわらず、テクノロジーの発展と社会制度の関係の話になると、なぜか楽観的になる人が多いように見える。テクノロジー楽観主義者にとっての税金とは、とりあえず財源が集まればいいツールでしかないかもしれない。だが、テクノロジーの発展はすべての社会制度の問題を自動的に解決するわけではない。たとえテクノロジーの発展がコスト効率化を進めていったとしても、他に多くの問題が残されるからだ。このままテクノロジーの発展に沿わないで社会制度が維持されていくとすれば、社会制度の公平性・効率性が著しく低下していく。これによって税金に対する政治的な正当性は一層弱まっていき、再分配のための合意も得られなくなっていく。それは市場社会から取り残された人々を、より孤立させることにもなるし、将来不安が高まれば民間市場の活力さえも奪っていくだろう。まだ見ぬテクノロジーの発展を見通して、どのようなロジックを立てるかが、これからの社会をアップデートしていくための鍵となる。

[1] 森信茂樹(2017)「連載コラム「税の交差点」第5回:AI(人工知能)と資産課税」

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