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眠れぬ夜 羊を殺して

俺はその昔、高緯度の庭園に群れなす羊達の中にいた。
それはユートピアとでも言うべきか、アルカディアとでも言うべきな、自由の園を誰もが謳っていたんだよ。
しかし彼らが自由を歌うのは夜明け前までの間だった。日が暮れ出すとその地を離れた。夜を怖がったのではない。太陽の監視下に置かれることで自らを安心させてただけなんだ。

あのお天道様が観ている限り、この地で殺しは起こらない。トマスモアが聞いて呆れるユートピアだろう?

俺は必死に黒い羊を演じたよ。小鈴を外して太陽の都を抜け出したかったんだ。結局のところ俺は最後まで狼にはなれなかったんだがね。

太陽がより照りつけるのさ、なんせ俺の皮膚は黒いから陽光を良く吸うんだ。おまけに目立ってしょうがない。居心地の悪い場所だったぜ、俺は今や夜の側で電波に乗せてこんな詩を吐き出しているわけだ。

羊殺しの“狼”人生

俺の今が彩られるのはあの満月を見て吠えた瞬間だった、あの満月に縋る思いで吠え続けた俺は気づいてしまった。邪悪に笑う白い月の裏の正体に、やつは恒星にスポットを当てられただけの被監視者だ。表面の不完全をあぶり出された負け犬だ。
俺は途端に悔しくなった。
そして走って走って走り続けた。
狼になった俺はまるで中島敦に笑われた気がして、彼の詩集を思い出した。

なぁ、あの天に燦然と輝く狼の星を知っているか?

天狼(シリウス)
太陽をも飲み込む恒星だ
俺は吠えた
天狼に向かって吠えた
違ったんだ
俺の鳴るって
誓ったんだ
俺は成るって

ただ、焦がれたんだ

俺は支配される側でなく、支配する側になるんだよ。
アナキスト そこのけそこのけ 教祖が通る

ユートピアを解脱し
ディストピアの中でヘゲモニーを謳歌しようか
この大地に足りないのは宗教だ
俺こそが教祖だ、迷える子羊達は俺に従ってその身を羹にしてみせろ

なぁ、アナキスト、お前達が語るのは所詮太陽の下で足掻くだけ足掻こうとした畳の上の水練だろう

いつ何時でもイニシアチブを手放すな
この星でさえ太陽の存在無くして生まれることはできない。支配者がいなければいけないんだ。

この世界にはどこにだって上があって下がある
アジテーターもデマゴーグも俺に任せてお前らは自由な園で創造をしていてくれよ。
競争社会に足を踏み入れた俺は登り詰めるまでこの地を離れることはない。

そしたら今日のところは眠ろう

俺は夜の側にだけいるわけにはいかないんだ

黎明を目指してこの理想郷から

恍惚と光り輝くディストピアへ出かけるよ

答え探しの旅は済んだろう?

あいにく俺は肉食獣で夜行性だが

今はこの身体をお天道様に適応させてみよう

それじゃあ、おやすみ また明日

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