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赤ワインと2千円の話

クルクルと

むかし、ある仕事で一緒だった小さな代理店のオジさんが、

「よーし!今回がんばってもらったから、美味いワイン呑みに連れてってやる!」

と納品後に気前良く声をかけてくれたことがある。僕は「美味いワイン」という言葉に香るそこはかとない高級感に期待を膨らませた。打ち上げ当日、待ち合わせ場所に行ってみるとオジさんは魚民の前で僕に向かって手を振っていた。オジさんは魚民で980円くらいのボトル(赤)を入れてくれた。

「人間ってのはな、その人なりの尺度ってもんが大事なんだ。忘れんなよ。ガハハ」

と、グラスをクルクルやりながらオジさんは豪快に笑って言った。僕もクルクルやりながら笑った。
そうか、その人なりの尺度か。
赤ワインは美味しかった。

大丈夫、君は悪くない

赤ワインのクルクルから遡ること4年前。

社会人1年目の頃、当時僕は花屋で仕事をしていた。
そこは老舗の花屋で、店舗で生花や園芸の販売、それと都内にある複数の施設でブライダルの装花等を展開している会社だった。僕は管理部門に配属され、車で毎日色々なところに花を配達する仕事を担当していた。
ある日、大きな企業から花束の注文が入りそれを届けることになった。注文書の記載は「送別用」。退職する人へ贈られる花束だった。そういった配達にも慣れはじめた頃だったが、いつもと違う点があった。
大体の場合、花束を渡すまで贈られる本人に見られないようにするため、注文書には「受付で担当者を呼び出してください」と赤字で注意事項が書いてある。でも、なぜかその注文には記載が無かった。

ビルに到着し、大きな花束を持って受付に向かった。注文書に記載のある担当者宛に届けにきたことを受付の人に告げると内線で確認をしてくれたが、

「このまま直接フロアまでお届けください。」

と返された。

「この花束は送別用なのでたぶん担当者の方を呼び出してもらった方がいいと思うんですけど...?」

と伝えたにも関わらず、

「確認をとったので大丈夫ですよ。」

とまた言われてしまった。
いや〜大丈夫かな〜...と不安になりながら、該当のフロアまでエレベータで上がり、デスクにたくさんの人が座っているフロアへ恐る恐る入っていくやいなや、注文主と見られる女性が鬼のような表情で僕に近づいてきた。
僕は腕をつかまれ、フロアの外に引きずり出されてしまった。
ああ終わった...、と目を閉じた。

結果的に注文主の女性から猛烈なクレームが会社に入った。それは、
「花束を本人に見られてしまった。」
「送別の花をみんないる場所に直接持ってくるなんて非常識極まりない。」
といった内容で、懸念していたことそのままだった。
その日の夜、会社の常務、課長に会議室に呼び出された。

常務も課長も、まったく怒りはしなかった。
ふたりとも目の前の椅子に座ってひとしきり僕からの報告を聞き終えると、今回の原因は注文を受けた時の事務手続きの行き違いにあった、と教えてくれた。
課長からは、現場で怒り狂う発注主の女性に「お代は結構です」と僕が勝手に判断して帰ってきたことについて、

「やっぱり代金はもらわないとダメだよ」

とやさしく注意を受けた。
常務には、

「うん、うん、大丈夫、君は悪くないよ。君はね、ちゃんと君の仕事をしたんだから問題ない。うん。」

と肩をぽんぽんと叩かれた。
その瞬間、僕はボロボロと泣いてしまった。

丁寧に仕事をしていたつもりだったから本当は悔しかった。それと同時にクレームを受けたことで胃がキリキリするくらい申し訳ない気持ちになっていた。常務に「君は悪くない」と言われて、その緊張のようなものが溶けて体の力が抜けたせいか、不覚にも涙が抑えられなくなってしまった。課長はびっくりしたようで、

「お前そんな泣くことないだろう」

と言って、そっと会議室を出ていった。常務は椅子から立って、「うん、うん」と言ってまた肩をぽんぽんと叩いてくれた。
常務はどこか落ち着かない様子だったが、思いたったように突然財布から千円札を2枚取り出して僕の手に握らせてきた。

「うん、いいかい。これでね、肉まんでも買ってさ。まだ何人か作業場に残ってるからみんなで食べなさい。うん。ね。もう大丈夫だから。」

そう言って常務は部屋を出ていった。2千円。肉まん。大丈夫。

大丈夫。

優しさの尺度

代理店のオジさんも常務も、なんとなくどこか似ているところがあったように思う。それは何でもスマートにやりこなすような胡散臭い器用さとは真逆の、どこか人間臭い不器用さと、押し付けがましくないその人たちなりの尺度。もう10年以上前の出来事だけど、何故かいまだに強く記憶に残っている。
もしかしたら、代理店のオジさんは盛大に打ち上げするには金欠だっただけかもしれないし、常務は若い社員の慰め方がイマイチわからずなんとなく咄嗟にお金出しちゃっただけかもしれない。ただ今となっては本当のことなんてどうでもいい。
若造だった僕に、ちょっと不器用な大人たちが垣間見せてくれた優しさの尺度が嬉しかったのだと思う。

おわり

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ワオ!
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Kensuke Hosoya | 細谷謙介

Director | UIUX | TSUMIKI INC. https://tsumikiinc.com / Photography | https://www.instagram.com/kensukehosoya

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