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小瓶の中の、ラメと閉じ込められる

恋人の爪を塗る。
キャップについた刷毛を、そっとすべらせる。
かたちのよい指の先にキラキラとした膜ができるその時間を、僕は結構気に入っている。

最初は全く上手くいかなかったそれも、友人に聞いたり、Youtubeの動画を見たりして、何度か練習するうちに、だんだんと思い通りに塗れるようになってきた。
刷毛で爪を擦るのではなくて、刷毛に含まれた塗料だけが爪に触れるようにして、そっと載せていくのがいい。
塗料の表面張力がギリギリ保たれるような塗り方をすると、ツヤツヤになる。
ラメがたくさん入ってるものはムラになりにくい。
高いシリーズでも、プチプラって呼ばれるようなシリーズでも、顔料によって塗りやすいものと塗りにくいものがそれぞれある。

彼女はものをねだって好意を確かめるタイプの人ではないけれど、僕は小さな小瓶に入った色を眺めるのが好きで、デートの時に、ひとりの時にも、つい買ってしまう。

もう何十色にもなっている小さな小瓶たちは、棚の片隅でそれぞれに光を集めるようにして佇んでいる。

小瓶が並ぶ光景を見るたびに、僕は小川洋子の「薬指の標本」を思い出す。
風が吹く砂浜のように記憶は日々薄らいでいくけれど、集められた小瓶は、小さな記憶を閉じ込めていて、密やかに集められた標本のようだと思う。

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