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アクアリウム24

せっかく時間をかけてセットをしたのに
淑やかに降る雨のせいで、緩い天然パーマの髪の毛は
いつもよりカールしている。

父と顔を合わせないようにして、家を出ると
屋根付きバス停のベンチに座り
力亜を待った。早目に家を出たので、時間まで
だいぶ余裕がある。

アイポッド操作して、この気分と風景に合う
音楽を探した。音もなく降る雨。

ミディアムテンポのドラムに
慎ましいギターサウンドが和音を醸し出す。
静かなハイトーンボイスで歌い出すボーカル。


“昨日見た夢の話でもしようか
なげやりに目をそらす
悪夢と呼ぶにはいささか地味なんだ
冗談はやめてくれ

窓の外ではせめぎ合ってる大人達
ビートゴーズオン 今もざわついてる胸の奥

この話が終わる頃 雨に紛れ込んで夜が来る
この話が終わる頃
街はいつも通り傘をさして歩き出す

ガラスに映った透き通った君は
いつか見た夢みたい
考えてみたら誤解がすべての
始まりだった訳だ

虹の彼方へ飛び去ってく子供達
ライフゴーズオン 今も乾いた手でサヨナラする

雨が風に混じる頃 グラスの氷ただ渦をまく
この雨が上がればきっと
街はいつも通り傘を忘れ歩き出す”


これから、僕は自分でも驚くほど拙い可能性を頼りに
気になる女の子に会いに行こうとしている。
こんな音楽なんか聞いて、どうかしているのかな。
それでも、なんとなく落ち着くのはどうしてだろう。
やっぱり、隣に力亜がいてくれるからかな。

あいつは どうして 僕みたいなつまらない奴と
友達でいてくれるんだろう?

取り留めのない泡の様な思いを反芻しながら
雨を眺めていた。大型車が水を撥ね上げて横切ると同時に

突然、視界に見知らぬ男が現れたので
驚いた。 長髪に髭を生やして、なんだか怪しい。
こちらに向かって何か言っている。
無視しようと、アイポッドを聞いて気付かない振りをしていたが

しつこく話しかけてきている様子なので
渋々イヤフォンを取った。

「グランギニョールについてどう思う?」
男はそんな事を口走っていた。

「グラ・・?」

「グランギニョールだよ。」

「残酷劇のことでしょうか?」初対面でこんな会話のとっかかりなんて
一生お目にかかれなそうだ。

「そう。どちらかと言えば、現実は残酷の部類に入ると思うのだが。」
と言いながら、男は特徴的な口角の上げ方をした。

あれ?
もしかして・・・

「力亜??」

「あははははは。もう、遅いよ裕ちゃん。どう?似合う?」
両の手を腰の辺りに広げて言った。

「似合うも何も、どうしてそんな恰好なんだよ!?」

いつもは全身黒ずくめの力亜が、今日はすごい恰好で現れた。
これじゃ、まるで変装だ。坊主頭は肩まで伸びる
長髪にすっぽりと隠されている。黄色いスエットシャツの上に
紫色のインバーアランのカーディガンを羽織っている。
ダメージジーンズに、チェリーレッドのドクターマーチンブーツ。
スエットの胸にはPOSITIVE!!と緑のレタリングで
書かれている。顔には口髭。
どの角度から見てもあやしい。

これから僕は、胸を捕えて離さない美女と会うというのに。
どうしよう。こんな男を連れて歩いていたら
嫌われてしまうかもしれない。

「ちょっと、力亜。いつも通りの格好のほうがいいんだけどな。」

「たまには気分変えたくなるんだよ。黒も良いんだけどね。
今日は補色をチョイス。」

「何も、今日でなくてもいいじゃないか。」

「裕ちゃん注文が多いよ。
ランボルギーニだって黄色の予定だったんだぜ。
気に入らないなら帰るけど。」

「分かった。分かったよ。」
天気同様暗雲が立ち込めてきた、僕の気分など
どこ吹く風の力亜は、雨に歌えばをハミングしている。

冗談はやめてくれ。心の中で、さっきの歌がリフレインを始めた。

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