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アクアリウム32

この時、牧村は片耳で厚揚げが取り乱している声を聞いていた。

「あれ?あれ?どういう事これ!」

視線だけ、厚揚げに合わせた。
(どうした?)

「牧さん、牧さん。この力亜って子も同じように読めないのよ。
過去も未来も、全く読めないわ。それにこの子…何者?」

ザーーー
限りなく直線で雨が降り始めていた。
傘の先端から滴る雫は、もう糸のようになっている。

僕は導かれるように、スズカケの木へと近づいて行った。
近づかなくても分かった。やっぱり彼女だ。
彼女がまた、僕の目の前にいる。

いつも饒舌な力亜は、何も言ってくれない。
無言で二人は、彼女の後ろに立っていた。

かすかな違和感。あれ?
彼女は傘をさしていないのに、全く濡れていない。
湿った風が、吹き抜けると、髪の毛が動きに合わせてしなっている。
先に動いたのは、力亜だった。彼女の肩にそっと左手を乗せた。

彼女は立ちながら、ゆっくりと振り向くと
両の眼をこれ以上ない大きさに見開き、吸い込んだ息と
反比例するような、ごく小さな声を上げた

「神様…。」
それから、気絶するように膝を折ったので
力亜が抱きとめて言った。

「変装していないと、こうなっちゃうんだよ。」

僕は混乱しっぱなしだった。
声が出ないはずの彼女から、言葉が聞こえ
力亜と彼女の間に何らかの関係があったようだし
なにより「神様」と聞こえたからだ。

力亜を見た。
彼は見たことないような、神妙な顔をしている。

「ど、どういうこ・・?」言い切らないうちに
力亜は言葉の先を手で制し、申し訳なさそうな顔で
話し始めた。

「アナグラムなんだ。」

「アナグラム?どういうことだよ。」

「そうさ、裕ちゃん。俺の名前を言ってみなよ。」

「は?何言ってるんだよ。力亜だろ。」

「違う。フルネームで言ってみな。」

「何言ってるの?」

「いいから、言ってみなよ。」

「西上力亜」

「そうさ。アナグラムなんだ。並べ替えるとわかってしまう。」
もう力亜は諦めたように、眉間に皺を寄せて言った。
僕はその意味がまだ分からない。混乱する頭で考えた。

 ニシガミ リキア 
 
 ニシガミ アリキ

 シニガミ アリキ

 死神 ありき


僕はますます混乱した。「死神ありき」冗談だろ?
どういう意味なんだ。

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