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アクアリウム

無駄に長い歩道の幅に対して
申し訳ないくらいに、はじっこを歩いていた。
梶裕一は カシミアのセーターの二の腕をさすりながら
広い土地から 吹きぬける風をたどるように
瞬きをしている。

枯葉が乾いた音を立てて横切った。
秋の気配に、憂鬱になってくる。

目標は明確なのだが
生産性のない毎日に、ふと寂しくなる
(浪人生と名付けたのは一体誰だよ まったく。
もっと、ポジティブな名前にしてくれれば、もう少し気は晴れたのに
キャンパス予備軍とか プレアカデミリアンとかさ)

誰かに文句をつけるような、口調で
独りごちながら、裕一は駅前の柏木予備校へ
足を運んだ。 学生証を係員に見せて
授業のある教室へと赴く。

教室の生徒たちは、どういう訳かトーンダウンした色調に見える
皆一様に、受験戦争での敗者として屈辱を味わったからなのか
あるいは、努力せずして、なんとなく予備校に来てしまったからなのか?

そしてきっと僕も冴えないんだろうな。と伏目がちになった頃

「おはよう おはよう ドイツ語ではグーテンモルゲンだっけ?
いやいや朝から、イッヒディーベディッヒだよ梶君 あっはっはっはぁ!」
他人の目を全く意に介さない、大声で話し掛けてくる奴がいる。
高校時代のクラスメートで、めでたく同じ敗北者
西上力亜である。この男に『リキア』なんて洒落た名前をつける
両親のセンスを疑いたくなる。もっとも力亜の性格は
完全に後天的なものではあるが。

「坊主頭の男に、アイラブユーなんて言われたって嬉しくないよ。」
僕は力亜の頭を小突いた
「ほう。流石はお医者様のご子息、ドイツ語のたしなみはおありで?」
とワザとらしく目を丸くしていた。
秋深しというのに、半袖の黒いTシャツ。
背中にはGreatful Deadと銀色の装飾文字で書かれ
その下には写実的なドクロの目から、薔薇が咲いている
よく分からないが、趣味がいいとは言えない。

医者の息子。僕にとって今まさに、その立場が重くのしかかって来ていた。
父はこの街の開業医で、いずれは僕も医者にという
全くもって前時代的な
古臭い、カビの生えた・・・とにかく堅い考えの持ち主で
とうの僕はといえば、医者になる気などはさらさら無く
いっそ平凡なサラリーマンか、魚屋さんにでも
なりたいくらいだった。

そんな心境を見透かしてからだろうか
からかっているのだろうか?ヅケヅケと人の心に土足で
侵入してくる隣の友人は、まったくもって
一番優しい言葉で表現するのであれば

変人

なのである。

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