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建築生産マネジメント特論講義5──韓国の木造住宅、東アジアにおける住宅生産の展開

本稿は、東京大学大学院にて開講された権藤智之特任准教授による講義『建築生産マネジメント特論』を、一部テキストベースで公開するものです。

前回は構法システムの振る舞いを立体的に把握すべく、沖縄の戦後住宅生産史を分析した。今回は続けて、沖縄同様、木造建築生産が少ない韓国における構法システムのあり方を取り上げる。特に韓国が国を挙げて取り組む木造軸組構法の伝統住宅「韓屋(ハンオク)」振興政策の展開は、国家主導の構法システム構築の実例として注目に値する。

カバー写真:建設が進む韓屋村(観光資源ではなく、普通の住まいとしての韓屋)

韓国の住まい

ソウルの景観、2×4構法のポスター

まずは前提として、韓国の住宅建築事情を見てゆこう。韓国の住宅は、特に都市部においてはRC造のマンションが一般的である。投資目的での購入も多く、高層ビルが林立する風景は韓国の典型的な都市風景といえる。他方、すでに述べたように木造建築の数は極めて少ない。1992年のソウルオリンピック以降、欧米からのパッケージで輸入された2x4材の輸入住宅が、数少ない木造建築着工の実現パターンであった。

東アジア圏の例に漏れず、かつては木造の伝統構法を有していた韓国。それがここまで非木造の住宅生産へと展開してきたのはなぜか。背景には、第二次世界大戦、および朝鮮戦争後の深刻な森林資源の枯渇がある。高度経済成長期の韓国は、森林資源に頼らない住宅供給を、RC造の輸入と実用化によって成し遂げたのだ。

ソウルにおける都市型韓屋の保存

ソウル・北村の街並み

長くRC造の住宅建設に邁進してきた韓国だが、2000年代以降、世界的なソフトパワーの台頭を背景に、自国の伝統建築「韓屋」を保存する政策が展開されてきた。首都ソウルでは2001年から2006年にかけて伝統的な街並みの保存を目的とした整備事業が展開され、北村を中心に1200棟におよぶ韓屋の保存が実現している。この事業ではソウル市住宅局建築課に設置された「韓屋文化チーム」が中心的な役割を果たし、韓屋の修繕費用の助成を含む建築保存政策が行われた。こうした動きが発展し、2008年にはソウル市が「韓屋宣言」を発表。支援地域の拡大、支援金額の倍増といった支援規模の増大とともに、韓屋文化チームの仕事は新たに設置された「韓屋文化課」へと継承された。韓屋文化課のもとでは、韓屋密集地域の観光プログラム作成や、観光資源としての「韓屋村」の新規造成などが行われている。

新韓屋政策の登場、国土海洋部と山林庁の動き

こうした韓屋支援政策の拡大をうけて登場したのが「新韓屋政策」である。伝統建築「韓屋」が、国家政策のレベルに位置付けられたと言えよう。注目すべきは、その主題のひとつに韓屋の建築的課題の解決、および工業化がおかれていることだ。2011年に設立された国家韓屋センターで進められているのは、断熱性能の向上、価格の廉価化、プレカットの適用など、韓屋と現代的な技術を組み合わせる構法開発研究である。

韓屋のユニット化・パネル化 / 壁のパネル化モックアップ

こうした動きを主導しているのが、日本の国土交通省に相当する「国土海洋部」である。しかしなぜ、伝統建築の現代化に国家が本腰をいれるのか。

その背景のひとつが、韓国独自の文化政策である。韓国では2005年以降、韓国の伝統的な料理、ファッションなど韓国文化をブランド化する『韓スタイル』の普及を国際的に推進してきた。韓屋の研究開発を推進する『新韓屋プラン』は、その一環に位置付けられている。包括的な韓国文化普及の一端を、伝統的意匠を用いた木造軸組構法住宅・建築の開発・普及が担っているのだ。

また韓国の国内市場への応答という側面もある。2008年に行われた希望住居形態アンケートでは、42%の回答者が「韓屋を好む」と回答しており、これはマンション(29%)を上回るものであった。この結果について国土海洋部担当者は、消費者の所得向上や、韓国で『well-being』や『親環境』と呼ばれる自然素材志向の高まり、そして大量に建設されたマンションのシックハウス問題などが原因なのではと考えているという。

韓スタイルホームページ

木造建築人材の育成

大工育成の教育施設

とはいえ、木造建築がほとんど作られてこなかった韓国には、当然これを支える人的リソースも構法システムも存在しない。そこで取り組まれているのが大工の育成だ。たとえばとある訓練施設では、3ヶ月(480時間)という短期間で大工を育成するコースが整備されている。もともと1997年のIMF危機をきっかけに失業対策として設立されたこの施設、現在までの卒業生は500名程度だという。設立者は1983年に木造建設施工会社を設立し、北欧で学んだ2x4構法やログハウスの設計・施工を行ってきた人物。現在では木造住宅施工、木造建築施工、ティンバー建築施工、丸太建築施工(ログハウス)、そして伝統韓屋施工のコースを提供しており、また各コースの指導者養成コースも存在する。受講料は250万ウォン(約23万円)だが、政府の支援を受けることができるので、受講生の負担は実質無料である。

受講生の成果。3ヶ月でここまでできるようになるそう

山林庁の動きと国土海洋部との違い

韓国の森林資源の回復

また森林資源の回復傾向を背景に、山林庁もまた木造建築に本腰を入れようとしている。国産材の流通センターを整備するなど、その姿勢は積極的だ。山林庁のモデルハウスをみると、金物を用いた構法の普及促進などに力を割いている様子がうかがえる。

山林庁のモデルハウス / モデルハウスに使われている金物

このように国土海洋部と山林庁の施策を見てみると、いずれもプレカットや金物構法といった構法の合理化には前向きであることがわかる。しかし国土海洋部は文化政策という動機ゆえに、韓屋の伝統建築としての印象が損なわれるような構法(集成材の使用や、衣装の改変)は認めようとしない。対して山林庁は国産材の普及を目的としているため、木造建築については集成材の利用も伝統的意匠でないことも許容するスタンスを有している。二つの国家的な主体が木造住宅を普及させようとしているわけだが、それぞれの思惑の違いによって、実際に実現される建築には大きな違いが生まれているというわけだ。

全羅南道の幸福村事業

あらためて韓屋に話をもどそう。ここまで述べたように、現代の韓国では中央官庁主導での韓屋支援政策が展開されてきている。この政策のひとつのモデルとなっているのが、韓国南西部の行政区、全羅南道において2007年に始まった「幸福村事業」だ。全羅南道の道知事はこの事業で、農村・漁村の振興および人口回復を目的に、「韓屋を含む住宅地開発」に対する支援を掲げ、2014年の人気までに200の「幸福村(住宅地)」の建設を約束した。都市部のマンションでの生活を終え、のどかな田舎でのリタイア生活を願う退職者たちの移住をターゲットとする決定である。ソウルにおける観光目的の韓屋保護・建設とは異なり、韓屋への実際の居住を想定したこの計画。補助を獲得するには、細かく定められた「韓屋」の仕様規定をクリアする必要があった。

韓屋の標準設計例

トップダウンな政策特有の融通の効かなさが垣間見えるとはいえ、一度基準をパスすれば、韓屋の建設に対する手厚い補助を受けることができる。道や市・郡の助成や、特設された低利融資の枠組み、さらには宅地開発における公共地盤整備に対する補助金が設定されたことにより、大規模な住宅地開発計画が数多く計画された。結果的に、全羅南道では年間数百棟規模の木造軸組構法住宅の供給が実現している。

幸福村の地図と、ロードサイドの韓屋

団地完成予想図と現実

韓屋の生産──制度設計とその調整

ここで実際に新築された韓屋の姿をみてゆこう。まずはじめに、道によって定められた韓屋建築推進指針を確認したい。配置計画から建材に至るまで、かなり詳細なルールが定められていることがわかる。特に柱の形状指定や、実質的な集成材の使用禁止などからは、伝統建築としての外観のあり方を堅持しようという強い姿勢がうかがえる。

韓屋の建築推進指針

次に、使用される木材についてみてみよう。大断面材にかつて用いられていたのは主にリクソウであったが、現代版韓屋ではダグラスファー(米松)が用いられている。垂木に用いられているのはカラマツだ。韓国における木材の流通をみてみると、日本とは異なり木材市場や材木店といった中間業者が少なく、伐採商→製材所→工務店という中間業者の少ないシンプルな流通網が敷かれている。またきちんと切り旬(伐採するのに適した時期)が守られているのも特徴だ。価格については、現代版韓屋で用いられるダグラスファーが2000ウォン/才であるのに対し、伝統的に用いられてきたリクソウは数万ウォン/才と大きな差がついている。また垂木に用いられるカラマツについては1700ウォン/才、20000ウォン/本程度だ。(1才=1/100石=1寸×1寸×10尺)。

柱・梁材。 / 割れた柱。材料的な合理性はない。 / 垂木は現地でも「タルキ」と呼ぶ。円錐型に削ることで施工手間を減らしている。

最後に韓屋の生産組織を見てみよう。韓国では大工を「木手(モクス)」と呼び、さらに職種によって呼び方が変わる。木手の一般的な給料は15万ウォン/日程度。木手はチームで行動し、リーダーは「オヤジ」と呼ばれる。オヤジの給料は25万ウォン/日程度である。

大工の養成施設

製材所で木材を加工する大工 / 工務店の倉庫

以上のように、全羅南道では行政主導の韓屋支援政策により生じた木造住宅建設需要を背景に、一連の韓屋生産システムが急速に構築されてきた。しかし問題がなかったわけではない。一連の施策の最中、一部の小規模な施工会社や大工の手抜き工事が問題化する。これに対応すべく、2010年度からは認定工務店のみに施工を許可する制度が創設された。当初は54社の工務店が「認定工務店」に選ばれたが、認定の要件は年々厳格化され、2012年度には28社にまでその数を減らしている。このようにトップダウンに施策を策定し、走りながら修正してゆく制度プランニングのあり方は、韓国の特徴的な政策進行のスタイルといえるだろう。

東アジアにおける戦後住宅生産の展開

最後に、前回の沖縄の動向、および(今回は紹介しなかったが)中国の動向をあわせて比較し、東アジアにおける住宅生産の展開を整理してみよう。伝統的な住宅生産から、戦後復興以降の展開をまとめると、次のような大きな流れが見えてくる。

かつて、沖縄、韓国、中国にはそれぞれ木造軸組構法による住宅生産の伝統があり、大工を中心とする生産システムと、利用可能な地域の木材があった。しかしいくつかの戦争、そして復興期へと踏み込んでゆくタイミングで、深刻な住宅不足、森林乱伐、都市化圧力が立ちはだかり、木造軸組構法による住宅生産は困難なものとなる。結果、木材を必要とせず、工業化・産業化の推進とあいまったRC造を中心とした住宅生産システムが、政策的な後押しや建設業の発達を背景として急速に整備されることとなった。

しばらくして住宅供給が一巡し、住宅不足の問題がおおよそ解決してくると、今度は商品住宅としての木造住宅が選択肢に入ってくる。ただしすでに木造の住宅生産システムは失われていたため、外来の2x4構法による住宅が、一部の工務店や輸入住宅を通して実現されていった。

そして現代。プレカット技術等の木造軸組構法における技術革新や、伝統への回帰志向、地域の森林の回復といった複合的な理由により、あらためて現代的な木造軸組構法へと注目が集まってきている。ここまでが三つの地域におおきく共通する構法展開の歴史だ。

ただし、木造在来構法が置かれている環境はかつてとは全く異なる。木造住宅の建設が選択可能なオプションとなった今、それぞれの地域に生まれているのは、住宅を実現できる複数の構法が競争しあうという状況だ。これはかつて、単一の構法が住宅実現の需要を独占していた状況とは根本的に異なるものである。

ゆえに木造軸組構法への回帰は、単なる揺り戻しにはならないはずだ。今後は市場経済における他の構法との絶えざる比較の中で、また地方自治体や国家の思惑の影響を受けざるを得ないものとして、複雑な環境の中での生き残りを模索してゆくことになるだろう。

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参考文献

・権藤智之、金善旭、金容善、蟹澤宏剛:「近年の韓国における木造住宅生産に関する研究 2000年代以降の木造軸組構法に関連した動向」、『日本建築学会計画系論文集』、第78巻第688号、pp.1347-1354、2013年6月
・権藤智之,蟹澤宏剛,金容善,金善旭,近年の韓国における木造住宅生産に関する研究-全羅南道・幸福村プロジェクトの木造住宅施工業者に注目して-,住宅総合研究財団研究論文集No.40,一般財団法人住総研,pp.165-176,2014年3月
・HEAD研究会での講演資料(https://www.dropbox.com/s/g2dmwtjksgf79qk/GLOCAL%20TIMBER%20STUDIES.pdf


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