図5

建築生産マネジメント特論講義3──在来構法と工務店、その未来

本稿は、東京大学大学院にて開講された権藤智之特任准教授による講義『建築生産マネジメント特論』を、一部テキストベースで公開するものです。

前回の講義ではプレハブ住宅の技術史的展開を概観した。それは部品の互換性技術に裏打ちされた「大量生産」という夢の実現であった。戦後の住宅不足を解決し、高度な住宅のプレハブ化に成功した日本は、世界的にも稀な工業化住宅先進国といえる。

しかし、改めて日本の住宅市場を見てみれば、売り上げが一兆円を越すような巨大なハウスメーカー(プレハブ住宅メーカー)が複数社存在する一方で、大小無数の工務店が住宅市場に共存している事実に気づく。住宅の工業化は、非効率で前時代的なシステムを駆逐するはずではなかったのか? なぜ、ハウスメーカーと工務店が住宅市場に共存しているのか? 本稿では木造在来構法と工務店にフォーカスし、この素朴な疑問から日本の住宅生産のあり方を再考する。

住宅生産における工務店の登場と、その役割

左:殖産住宅の広告(殖産住宅20年史より転載)、右:住宅金融公庫仕様書(昭和26年度)

そもそも工務店とは何か。大工と混同されることがままあるが、大工が職能の一種であるのに対し、工務店は主に住宅の建設を請け負う企業である。現代の日本には創業50~60年の工務店が多いが、それには理由がある。ちょうどその頃登場した、住宅金融公庫や月賦会社などの住宅金融サービスだ。市民による戸建て住宅取得を金銭面から後押しした住宅金融、これを利用した住宅施工を請け負うためには、その契約が可能な法人格を取得する必要があったのである。

時代は高度経済成長期。大工が工務店を立ち上げ、住宅金融を利用した住宅建設を受注する。そこで育った若い大工が独立し、新たに工務店を立ち上げる──そうした時代がしばらく続いた。考えてみれば、ハウスメーカーの設計であろうが建築事務所の設計であろうが、現場で住宅を建てるのは工務店である。彼らこそ、日本の住宅生産を現場で支えてきたプレイヤーなのだ。

住宅市場に、ハウスメーカーと工務店が共存しているのはなぜか──いくつかの理由

図 住宅生産気象図(松村秀一ほか、建築生産、市ヶ谷出版社、2004年、p.46より転載)

しかしそれだけではない。数で見ると、2009年の段階で木造建築工事業の事業所の数は約68,000。そのうち年間30棟未満を施工する小規模な事業所が大半(数万)を占めていると言われている。これを示したのが上記の表だ。2002年に着工された住宅を生産主体と構法で分類したこの図は、戸建て住宅の圧倒的多数が在来構法を用いる工務店によって作られたことを表している(図上)。ハウスメーカーは、高度な工業化にもかかわらず住宅市場の20%程度しか提供していないのだ。住宅の「大量生産」は、なぜこのような中途半端な結果に至ったのだろうか。考えられる理由をいくつかあげてゆこう。

理由1:市場が大きかった。
日本の場合、人口当たりの住宅着工数が他の先進国に比べて多い。市場が十分に大きいために、ハウスメーカーがあえて市場を独占せずに済んだと考えることはできる。リーディングカンパニー(業界の主導的企業)の立場からすれば、最も重要なのは工場設備の稼働率を落とさないこと。対して市場には景気の波がある。景気が落ち込んだ時に「競合して受注を奪う相手を残しておく」ことは合理的な戦略になる。

理由2:作業工数の多い、持ち家の割合が多い。
他方、日本では注文住宅の割合が多く、またそれぞれがカスタマイズされているために、そもそも工業化が完全には行き渡らなかったと考えることもできるだろう。施工を画一化できないために、最終的には工務店の現場施工に依存している現状がある。その結果、現場で作業する工務店は必要とされ続けている。

理由3:どの住宅も、見た目がほぼ一緒。

典型的な現代住宅の外装に現れる部品(松村秀一、「住宅ができる世界」のしくみ、彰国社、1998年、p.36)

そもそもプレハブ住宅であろうが木造在来構法であろうが、どの住宅を見ても見た目に大差はない。部材ごとの工業化が推し進められ、その組み合わせによって住宅が実現するようになったために、最終的な仕上げのあり方までパターン化されている。商品の差別化が図りづらいために、工務店が手がける住宅もまた、施主にとっての選択肢であり続けている。

理由4:住宅の性能も、ほぼ一緒。
住宅の性能にも、あまり差はみられない。理由のひとつは住宅金融公庫の制度設計にある。基準を満たす住宅に融資を行う住宅金融公庫は、その施工仕様書を通して、建築基準法よりも高い性能を要求し続けてきた。結果的に住宅の性能は市場全体で向上し、生産主体の違いがどうあれ性能面での優劣はつきにくくなった。

理由5:日本のプレハブ住宅は安くない。

公庫を利用した住宅の構法別坪単価(左から在来木造、プレハブ、ツーバイフォー、その他、同書、p.131)

プレハブ住宅の高価格化が市場に住み分けをもたらした、という一面もある。当初は大量供給による安く性能のよい住宅の実現を目指していたプレハブ住宅だったが、現在では収益率を高めるため、高付加価値型、高価格型の商品としてブランディングされるのが常である。結果、比較的安価に立てられる木造軸組構法の住宅が、価格競争力を保ち続けている。

理由6:オープンな技術の進化。

大手プレハブ住宅メーカーの住宅部品オープン度(松村秀一、工業化住宅・考、学芸出版社、1987年、p.177より転載)

建築構法の観点から言えば、木造在来構法を支える技術の発達を考慮すべきだろう。例えば「プレカット」の発達は、小規模な工務店でも精度の高い木造建材を十二分に入手することを可能にした。いまや工務店は自ら仕口の「刻み」を行わずとも、プレカット工場から届けられる加工済み木材の組み合わせで建築を作ることができる。

また現在では構造計算から環境シミュレーションまで、木造在来構法に対応した様々なソフトウェアが登場している。ハウスメーカーも自社の構法に合わせた生産システムやCADシステムを自社開発してきたが、木造在来構法というオープンな技術を活用する工務店が一定数いることによって、これを支えるサービスが自生的に発生してきた格好だ。

この「技術のオープン性」という観点から見れば、かつて作った部品やシステムを保守・メンテナンスし続けなければならないハウスメーカーの方が、自らのクローズドな技術に苦しめられていると考えられるかもしれない。

ただし、木造在来構法の側に全く問題がないわけではない。「プレカット」を例にとれば、住宅の設計に直結する仕事が外部化されたことで、建材を組み合わせる比較的シンプルな仕事だけが現場に残った、という捉え方もできる。生産技術とどう付き合ってゆくかという問題は、かくも難しい。

ロールモデルとしてのジャン・プルーヴェ

ここまで、木造在来構法と工務店に注目しながら、住宅市場のあり方を概観してきた。住宅生産を下支えする主体としての工務店には、今後どのような振る舞いが求められて行くのだろうか。まずは、これからの工務店のロールモデルを、過去の建築家の実践に求めるところから始めてみたい。

マクセヴィル工場(Glass & Architecture、1996年春号、旭硝子株式会社、1996年、p.6より転載)

前回触れた剣持昤は、設計者が建築部品の生産にコミットすることを強く求めていた。そうしたあり方の例として、ジャン・プルーヴェについて少し話そう。家具デザインで有名なプルーヴェだが、実は建築部品のデザインと生産を自ら手がけていたことでも知られている。例えば世界でほぼ最初の工業化カーテンウォールの実用化といわれる「クリシー人民の家」では、ベットスプリングを組み込んだ曲面金属パネルのカーテンウォールを実現・製造した。他にも雨戸と庇を兼ねる可動パネルを備えた「モザール広場の集合住宅」など、独創的な建築 / 建築部品を自ら手がけている。

そんなプルーヴェは「建築家のオフィスの所在地が部材製造工場以外の場所にあることは考えられない」と述べている。なんと彼は、自身の独創的なアイデアを現実化するための工場を自ら有していた。その工場は「大量生産」のための工場ではなく、自らが理想とする製品を気の済むまで試行錯誤し、世の中に送り出す「少量生産」のための工房であった。剣持の理想を、「つくりたいものを柔軟につくれるシステム」を自ら組織化することで実現していたプルーヴェに、建築を生産する主体についてのロールモデルのひとつを見出だすことができるだろう。

工務店の強みを考える

振り返って工務店について考えてみよう。プレカットが工務店による住宅の実現を後押ししていることは既に述べたが、実は初期のプレカット工場には工務店自身によって建てられたものも多い。自ら住宅を作る工務店が、自分たちの設計の自由度を高めるために工房を組織したのだ。ここにプルーヴェに似た思考の跡を見出すことは、あながち間違いではないだろう。相羽建設による「木造ドミノ」、あるいは北海道の武部建設による「古材風建材の製作」などはその具体的な現れだ。いずれも自社工房での試行錯誤を通して、「ハウスメーカーでは手が出せないこと」を実現した好例である。

また工務店が小規模な組織であり、トップダウンでスピーディに物事を決められるという性質も関係しているだろう。大企業と化したハウスメーカーに対し、社長の一存でR&D(技術開発)に集中できる身軽さは、工務店の大きな強みだ。ただし、住宅市場が縮小する中で、こうした独自の住宅生産の実現のためには、自社内でR&Dを担当するための人材をこれまで以上に確保する必要が出てくる。たとえば、これまでプロジェクト単位での請負契約で仕事をする慣習であった大工や職人たちを雇用することなどが考えられる。

来るべき工務店の未来

以上を踏まえた上で、工務店のこれからについての考察をまとめたい。

ここまで見てきたように、ハウスメーカーの住宅であろうが設計事務所の住宅であろうが、最終的に現場でこれを建てているのは工務店である。さらにプレカットやCADなど、在来木造構法を支える技術が成熟したいま、工務店がハウスメーカーと遜色ない性能の住宅を作ることすら可能である。日本において住宅は、誰が作ってもあまり差が出ない財といえるだろう。この特殊な市場において、工務店にはハウスメーカーに比して組織が小さいということそれ自体を強みとし、独自の住宅づくりを手がけてゆく可能性が開かれている。

ただし同時に、工務店を取り巻く状況には大きな変化が訪れつつある。特に今後の住宅市場の縮小、および急速に進む職人不足の影響は大きい。それらは拡大しか経験してこなかった市場の質的な転換であると同時に、安価な住宅生産を支えてきたオープンな技術体系が維持できなくなってゆくことを意味する。工務店は大工を自ら雇うなど、必要なコストを支払って独自の生産システムを組織・維持してゆく必要に迫られるはずだ。

結局のところ、市場の変化に伴う生産システムの更新は避けられない。縮小局面に入る住宅市場の中で、(1) 需要の残るエリアに絞り、受注から施工までワンストップで実現するか、(2) 独自技術による差別化により、対象エリアの拡大を実現するか━━工務店経営の方向性は大きく二極化してゆくのではないか。いずれにせよ、独自性を持った住宅の提案と、これを実現する生産システムの再組織化を同時に達成し、独自の住宅づくりを実践する必要がある。

Toolbox (https://www.r-toolbox.jp/)

今日では建材通販サイトの「toolbox」に代表されるように、少量生産される独自性の強い建築部品を、インターネットを通して容易に調達できるようになりつつある。プルーヴェのような、とは行かないまでも、小規模な生産システムから独自の住宅を生み出していくためのコストは下がってきていると言えるだろう。先に挙げた相羽建設や武部建設のような先例もある。

現代の日本において、剣持の唱えた「選択型の設計者」に近い位置にいるのは、工務店かもしれない。

参考文献

松村秀一、「住宅ができる世界」のしくみ、彰国社、1998年
松村先生、建築とモノ世界をつなぐ、彰国社、2005年
藤澤好一、「工務店の戦後史」、『住宅保証だより』、財団法人住宅保証機構、2005年7月号から2006年6月号に渡って連載
建設省住宅局木造住宅振興室監修、「木造住宅産業 その未来戦略」、彰国社、1997年
権藤智之、在来構法住宅にどう向き合うか、特集「造」と「材」、建築討論(インターネット)、2018年、日本建築学会

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?