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建築生産マネジメント特論講義1──日本の住宅生産の流れ

本稿は、東京大学大学院にて開講中の権藤智之特任准教授による講義『建築生産マネジメント特論』を、一部テキストベースで公開するものです。

450万戸の住宅不足に対し、住宅供給能力は年間10万戸。1945年、終戦後の日本は空前の「住宅不足」に陥っていた。この国家的危機にどう応えるか、その試行錯誤の中から、日本の住宅産業は立ち上がったと言って良い。

建築生産マネジメント特論講義1「日本の住宅生産の流れ」では、日本における住宅産業の勃興、拡大、成熟を順にたどり、現代における住宅生産の位置どりを理解してゆく。

終戦・住宅不足・住宅供給能力不足

木造の建築が主であった日本の諸都市は、空襲により焼け野原になる。既に述べたように、推定450万戸の住宅不足に対し、住宅供給能力は年間10万戸。家を失った多くの国民に対し、いかに住宅を届けるか。住宅の大量供給に向けた研究はこうして始まった。建築家の前川國男が設計した「プレモス」はその代表である。また同じく建築家で『木造亡国論』を著した田辺平学はプレキャストコンクリートで作られた応急仮設住宅「プレコン」を設計し、「不燃都市」を掲げた。

プレコンの組み立て図。一般の大工でも施工出来るよう、軸組工法を採用していた。

大量生産の時代

1950年代に入り、いまだ住宅の完全供給には程遠かった日本は次の一手を打つ。「住宅金融公庫の設立」「公営住宅の設立」「住宅公団の設立」の、3本柱の政策である。「公営住宅」あるいは「住宅公団」を通して政府が供給する住宅は、標準プランと呼ばれる特定の間取りを持つものであった。大量生産による生産の効率化と品質向上を目指したのである。これは住宅部品に対しても同様で、仕様を公開して民間による競争を促す「KJ部品」が設定された。

住宅金融公庫の貸付には希望者が殺到。高い倍率の抽選を通過する必要があった。『住宅金融公庫十年史』より引用

他方で毛色の異なるのが住宅金融公庫である。その仕組は公庫仕様書を定め、これを満たす住宅に対して条件のよい貸付を行うものであったが、これは民間の技術力向上を目的とするものであった。結果として日本における住宅供給の実に約7割が民間事業者によってなされたことは、こうした住宅金融の重要性に目を向けさせるものだ。

住宅の多様化

68年に入り、世帯数に対する全国の住宅数はついに充足。住宅供給の目標は量から質へと転換する。民間の領域では、作れば売れる時代が終わり、マーケティングによる差別化の時代が始まった。「ミサワホームO型」や、三井ホームによる「コロニアル80」といった「商品化住宅」の登場である。

KEP方式の公団住宅。ユニット化された間仕切り家具で部屋の使い方が変えられるように計画されていた。内田祥哉『建築生産のオープンシステム』より引用

公団もこうしたニーズの多様化に対応すべく「順応型住宅」や「KEP(Kodan Experimental Project)住宅」といった、住み手の自由度の高いプランの供給を開始したが、普及には至らなかった。

多様化の先へ

80年代に差し掛かると、住宅そのものの多様化とは質的に異なるテーマが取りざたされるようになる。たとえばHOPE計画は地域に根ざした町づくりや住まいづくりという観点を住宅計画に取り込むもの。CHS(Century Housing System)は、文字通り100年長持ちする住宅を目指し、躯体に比べて耐用年数の低い内装や設備の更新性を重視する建築のあり方を求めるものであった。

CHSの考え方。4・8・15・30・60年周期で建築を構成する内装、設備等の交換を計画し、長く建築を使い続けることを目指した。内田祥哉『第10回日仏建築会議基調講演 建築生産の過去・現在・未来』より引用

大阪ガス株式会社の実験集合住宅NEXT21はその集大成とも呼べるものであろう。逆に言えばこうした一連の取り組みは、住宅政策が当初の住宅不足解消という存在理由から脱皮し、次なる目標を模索するフェイズであったと言える。しかしこうした新たな試みは、めぼしい成果をついぞ上げることはなかった。

現代の住宅生産

90年代以降、建築生産におこった根本的な変化のひとつに、極限まで進んだプレカットの合理化があげられるだろう。大工が手作業でおこなってきた手刻みの工程がほぼ機械化されたことにより、小規模な工務店であっても住宅を容易に建てることが出来るようになった。

こうした状況を背景に、今日においてハウスメーカーを凌ぐ勢いで住宅の建設を手がけるのが「パワービルダー」と呼ばれる会社である。土地付き一戸建ての販売という手法で、急速に勢力を拡大した新しいプレイヤーだ。その特徴は、自社に施工部隊を持たず、在野の工務店という外部リソースを使い倒す戦略にある。いわば木造在来工法の住宅は、技術さえあれば実現可能な「オープンソース化」された状況にあり、パワービルダーたちはこれを徹底的に活用しているのだ。

これからの住宅産業

とはいえこうした状況も、今日においては「そもそもの着工件数の減少」という根本的な問題に直面し始めている。また急速に進む大工人口の減少は、日本の住宅生産を長らく支えてきた住宅の生産基盤を蝕むものだ。今後の住宅産業の行く先が決して明るいものとは言えない中、あらたな存続のあり方を模索する必要が生じている。

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参考文献

「住宅という考え方」(松村秀一、東京大学出版会、1999年)
「ひらかれる建築」(松村秀一、ちくま新書、2016年)
「マイホーム神話の生成と臨界」(山本理奈、岩波書店、2014年)
「建築生産のオープンシステム」(内田祥哉、彰国社、1977年)
「『ものづくり』の科学史」(橋本毅彦、講談社学術文庫、2013年)
「箱の産業 プレハブ住宅技術者たちの証言」(松村秀一ほか、彰国社、2013年)
「昭和住宅物語」(藤森照信、新建築社、1990年)、プレモスについて
「HOME DELIVERY」(MOMA、2008年)

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中村健太郎

プログラマ、建築理論家。1993年和歌山県出身。2016年慶應SFC卒。専門はコンピュテーショナル・デザインの理論と実践。NPO法人モクチン企画理事。東京大学学術支援専門職員。

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