見出し画像

建築生産マネジメント特論講義2──「プレハブ住宅」の展開(後編)

本稿は、東京大学大学院にて開講中の権藤智之特任准教授による講義『建築生産マネジメント特論』を、一部テキストベースで公開するものです。

前編で見てきたように、「プレハブ住宅」が成立してゆく流れとは、「大量生産」という近代的な工業生産の方法論を「住宅」へと適用しつつ、これを市場に受け入れられる「商品」へと変容させていくプロセスであった。ここで最初に概観したプレハブの思想の成立過程に立ち返ろう。そこで重要だったのは、製品を互換性のある「部品」へと分解し、これを安定的に供給するシステムを構築することであった。最後は三つの建築作品にこめられた思考を紐解くことで、住宅における「部品」の意味合いについて考えていく。

バックミンスター・フラーの「ウィチタ・ハウス」

ウィチタ・ハウス(ダイマキシオン居住装置)(「ダイマキシオンの世界」、バックミンスター・フラー+ロバート・W・マークス、鹿島出版会、2008年、p.160より転載)写真左の円筒型のケースに、一棟分のパーツを収納し、輸送することができる。右:ウィチタ・ハウスの住区の提案(Donald Albrecht etc., World War 2 and the American Dream, National Building Museum and MIT, 1995,「住宅という考え方」、p.71より転載)

最初に紹介するのはアメリカの建築家、バックミンスター・フラーによって1945年に提案された「ウィチタ・ハウス」である。航空産業のノウハウを応用して作られたこの建築は、レヴィット・タウン同様に住宅不足に対する解決策として提案された。フラーが構想したのは、この住宅を大量生産することによって価格を圧倒的に引き下げるという、T型フォードと同じ戦略である。そのために作られる建築部品は、その全てがフラーの理想とする住宅のためだけに作られるのであり、一分の無駄もなく目的に奉仕する「特注の量産品」として構想されている。


イームズ夫妻の「ケーススタディ・ハウス(№8)」

イームズ邸(ジュリウス・シュリマン撮影、「カリフォルニア・デザイン 1930-1965 モダン・リヴィングの起源」、2013年、新建築社、p.170より転載)

これに対して好対照をなすのが、同じく米国の建築家・デザイナーであるイームズ夫妻によって1949年に建てられた自邸「ケーススタディ・ハウス(№8)」である。夫妻によってセルフビルドされたこの建築は、当時ビル用に流通していた建築部品などをカタログから選び、これを組み合わせることによって実現されている。イームズハウスにおける住宅部品は、「住宅のために作られた部品」ではなく、結果的に「住宅を作っている部品」にすぎない。「生活を支えるのに必要十分な材料」とでもいうべき、おおらかな位置づけの元にあるのだ。


剣持昤の「秦邸」

秦邸(規格構成材建築への出発 剣持りょう遺稿集、1974年、p.174より転載)

ダイマキシオンハウスとケーススタディ・ハウス(№8)における、いわば両極端な住宅部品のあり方。このいずれとも異なる住宅部品観を体現しているのが、日本の建築家、剣持昤(けんもち・りょう)による秦邸である。

1967年に実現したこの住宅。その大きな特徴は、建築家として特注の住宅部品を極力用いず、市場に流通している建材を組み合わせることによって実現されていることだ。イームズ夫妻と通ずる部分もあるが、彼がユニークなのはこうした住宅設計における流通部品の積極的な利用を、建築家が職能として取るべき態度であると明言した点にある。彼は、設計にあたって建築の全てをコントロールしようとする「支配型の設計者」と、流通建材の創造的な組み合わせに徹する「選択型の設計者」という言葉を用いている。その背景には、急速に進んだ日本の工業化の渦中にあって、同時代の建築家がその進展から目を背けていった状況に対する反発があった。「大量生産」の原理が建築生産を根底から組み替えていった状況においてもなお、建築家が工業化へのコミットメントを手放さないことを、剣持は自らの実践を通して強く求めたのだ。

現代における住宅部品を考える

フラー、イームズ夫妻、剣持の住宅部品に対するスタンスを、今日において直接参照することは難しいかもしれない。しかし、あらためて「プレハブ住宅」がどの様な歴史的過程を反映しているのかを理解し、工業化が前提と化した現代における建築のあり様を掴み直す必要があるだろう。いま住宅部品は、私たちにどのような可能性を示しているだろうか。

お読みいただきありがとうございました。権藤智之研究室のHPはこちら


参考文献・図版出典

「住宅という考え方」松村秀一、東京大学出版会、1999年
「建築の生産とシステム」内田祥哉、1993年4月、住まいの図書館出版局
「『ものづくり』の科学史」橋本毅彦、講談社学術文庫、2013
「箱の産業 プレハブ住宅技術者たちの証言」松村秀一ほか、彰国社、2013年
「昭和住宅物語」藤森照信、新建築社、1990年
「HOME DELIVERY」MOMA、2008年

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?