見出し画像

「ベンチャーは成長環境」という幻想

人が成長する環境とはどのような環境だろうか、と考えると、

・学びのニーズと学習機会が多い環境
・身の丈以上のストレッチを求められる環境
・チャレンジの機会が多く転がっている環境
・自分の意思で何かを決断する機会が多い環境

などが思いつきます。

このような要素のない環境を想像すると、成長の余地としては「慣れ」としての業務品質の向上とか、チームメンバーや上司の人心掌握のコツがわかってくるといったような、局所的または一時的な職務能力の向上などでしょう。

平らな道を延々と歩いているだけでは、それなりに疲れる一方で筋肉や体力が向上するわけではないのと同じ理屈です。

ベンチャーにおける成長機会とは、未成熟企業の負の側面の裏返しでもある

さて、

「ベンチャーこそ成長環境だ」
「若いうちこそ、成長できる環境に飛び込もう」

今も昔もどこを見渡しても書いてあります。実際に、スタートアップなどと区分されそうな小さなベンチャー企業に多く見られる「未成熟な企業(と書いてしまいます)」には、冒頭に挙げたような成長機会が比較的多く存在しやすいであろうことを否定しません。

ただし、それは組織や人材の気質のような定性的な要素に加え、「色々なものが足りていない」という負の側面の裏返しであることも理解しておく必要があります。

たとえば、

・教育研修体制が弱い、専任で面倒みてくれる人がいない 
・こうすればうまくいく、の正解を誰も持っていない
・やりたいことが山積みで、いつまでも人が足りることがない
・仕事ができる人に仕事が集中するので彼らはだいたい詰まっている
・決まっているべきことが決まっておらず、曖昧なまま仕事が進んでいる

こうした事情の裏返しとして、

・早いうちから自分が教える機会が増える
・自分で考えて試行する余地が多い
・本来トッププレイヤーやマネージャーがやるようなプロジェクトがあぶれてくる
・自分に任せろ、と手を上げればその実行に関われるチャンスがある
・自分が必要なルールを考えて作って運用してフィードバックを得るチャンスも増える

のようなことが言えるのです。

機会が無造作に転がってるだけ。誰かが作ったものでもないし、それが成長機会となる保証もない。

ここでさらに重要なことは「それらの機会は数多く存在はしているかもしれないが、均等に与えられるものではないし、機会が与えられたとしても必ずしもそれは成長機会として昇華される保証はない」ということです。

たとえば、

・教育や研修の体制が整っていないから困っている
・業務時間以外で勉強するのが苦痛でしかたない
・こんな重要な仕事を新人に任せるのはおかしい
・マネージャーが忙しすぎて指示が下りてこない
・仕方なく引き受けたら責任を負わされてたまったものではない

というような人(ごく一般的な感覚の持ち主)にとっては、成長環境どころか単なる苦境です。そんな環境は全力で避け、経営資源が潤沢で就業環境として整った環境を求めていくほうが自然です。

逆に、そのように一般的な感覚では「苦境」となりそうな環境を前に、

・自分が出しゃばるチャンスが増える
・普通なら任されないような重要な仕事を早いうちから担当できる
・自分が早く教える立場に回れる
・自分が意思決定に関われるチャンスが増える

のように認識でき、それを当たり前に行動に移せる(全体からみれば稀有な)人であれば、その環境を最大限活かして自身の成長を実現できることにつなげられるでしょう。

そういう意味で、「ベンチャーは成長環境」というのは幻想であり、現実は「ベンチャーは成長環境かもしれないが、多くの人にとってはただの苦境かもしれない」とするのが正しいと思います。

「個人の成長」の観点でいえば、未成熟企業に入社するメリットは

「ジャンプアップのチャンスがあちこちに転がっている」

に尽きると考えています。

その結果としての飛躍的な成長は、それにいち早く気づき、チャンスをなんとしても掴もうとする気概と、その実現力を兼ね備えた人だけが得られる恩恵です。普通に仕事をしているだけでは、そこにチャンスが転がっていることにすら気づけません

さて、これから新たにそういう環境に飛び込もうとしている方、成長機会を自ら掴み、飛躍的な成長を実現しているビジョンは、どれくらい具体的に描けていますか?

というような話を、来週入社する新卒向けの研修にてお話しようかなと考えているところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?