カマシ・ワシントン『ジ・エピック』

 カマシ・ジョンソンの『ジ・エピック』はCD三枚組、2時間54分にも及ぶジャズ・アルバムだ。フライング・ロータス率いるブレインフィーダーからのソロ・デビュー作。ケンドリック・ラマーの新作でアレンジャーを務めたこともあって、ヒップホップやビート・ミュージックのリスナーからも注目される一作になっているが、アルバム自体はむしろ伝統性を強く湛えた内容だ。音像的には極めてオーソドックス。新しいビートや新しいハーモニーがふんだんという訳でもない。しかし、この34歳のサックス奏者が渾身の力を振り絞った作品は、恐ろしくソウルフルだ。

 冒頭からうねるのは、ホーンにストリングス、さらにはコーラス・セクションをも加えたビッグ・バンドの演奏だ。主要メンバーはカマシの旧い友人達だという。メロディーが明確で、60〜70年代のソウル・ジャズ、ラテン・ジャズに通ずるグルーヴ感を持つ曲が多いので、とっつきやすい。カマシ自身がハードなブロウも聴かせる瞬間も、常に全体のアレンジが意識されていて、音楽の持つ祝祭的な機能性は失われない。

 クラシカルなストリングスやコーラスの導入は、ダニー・ハザウェイの1973年の名作『エクステンション・オブ・ア・マン』を思わせたりもするが、ただし、ハザウェイのそれが孤独な天才の作品だったのに対して、『ジ・エピック』は歓喜を分かちあうコミュニティーの存在を感じさせる。そして、それは多分に西海岸的な感覚と言っていいだろう。

 ロスアンジェルス出身のカマシ・ジョンソンは父親も管楽器奏者であり、少年時代から地域のジャズ・サークルの中で育った。父親は西海岸のジャズ・シーンで教育者的な存在として知られたピアニストのホレス・タプスコットとも親交があったようだ。と聞くと、このアルバムでカマシが組織したビッグ・バンドは、タプスコットが1970年代に率いていたパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラの現代版にも思えてくる。タプスコットのパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラは、カルロス・ニーニョのビルド・アン・アークにも影響を与えたとされるから、現代の西海岸まで脈々とする何かを残しているのかもしれない。

 思えば、東海岸のジャズは音楽学校から生まれる傾向が強い。気鋭のミュージシャン達は特定の音楽学校出身者で占められ、エリートの競争や派閥性といったものを感じさせる部分もある。対して、西海岸のジャズはもっと緩い地域的なコミュニティーに根差しているように思える。それゆえにジャンル的な横断性もある。スーサイダル・テンデンシーズにもフライング・ロータスにも、そして、カマシのビッグ・バンドにも貢献する高速ベーシスト、サンダーキャットは象徴的な存在だろう。

 そんなコミュニティー・ミュージックとしてのジャズ。そこにある愛と誇りがこのアルバムでは綴られていく。演奏は熱いが、しかし、とても優しい音楽にも感じられる。だからこそ、僕はその三時間近い聴取体験を僕は何度も繰り返してしまう。


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