マイ・フューネラレル・ミックス3

 全員の焼香が終わって、聖苑の職員が「お別れの時」を宣言した。あずみとまだハタチそこそこの息子の文陽(ふみはる)の手によって、棺の中に沢山の花束とレコードバッグが入れられた。蓋を閉めた棺は火葬炉の中に入っていく。火葬には約二時間がかかる。その間に参列者には会館の上にある部屋で食事が振るまわれる。食事の間、昨夜と同じように「マイ・フューネラル・ミックス」がプレイされた。ただし、今日はごく小さな音量で。それでも、クリプッシュのスピーカーの近くに座っていた大久保には、そのミックスに礼文の持つ、とびきりのレア・ヴァイナルが使われているのはすぐに分かった。中には一枚、数万から数十万の値がつくものもあるかもしれない。
 残された礼文のレコード・コレクションは一体、何枚あるのだろう? ヴィンスとともに懐石料理をつつきながら、大久保はそれを考えた。十万枚を越えた、という話を聞いたのは、もう何十年も前のことだ。妻のあずみには、コレクションの価値は分かるまい。彼女はそれをどう処分するのだろうか?
 昔の大久保ならば、そこで目の色を変えたところだが、彼ももうショップの現場を離れて久しい。それにトラベラーズ・グループのメイン・ビジネスは、とっくの昔に中古盤ではなくなっている。今ではレコード店よりも、服屋やカフェの方がはるかに収益は大きかった。
 あずみからは、そのうち、相談があるだろう。思えば、遺産相続で彼女はこれからトラベラーズ・グループの大株主にもなるのだ。
 そんな考えを巡らしつつ、大久保はヴィンスに、この「マイ・フューネラル・ミックス」に使われたレア・ヴァイナルはすべて棺に入れられてしまったそうだ、と囁いた。ヴィンスは「オー・マイ・ゴッド!」と小さな声で言って、首を横に振った。

 砧聖苑のパンフレットには書いていない秘密は、棺が火葬炉に入っていくのを遺族が見送った後にあった。
 棺を乗せたトレイラーは扉の奥にある火葬炉に向けて滑りこんでいく。が、扉が閉まった瞬間に、実は棺は停止するのだ。そのまま棺を乗せたトレイラーは昇降機で二階の別室に昇っていく。その別室には作業員が待っている。作業員は棺を開けて、中を点検する。プラスチック製品など、分別すべき物品が入れられていないかどうか。
 この小説の主人公である蓮田武生は、二年前にその作業員になった。この分別作業は公にはされていないため、作業員もおおっぴらには募集されない。武生は株式会社フジコーという会社の社員で、ここに派遣されている形だ。本当は正社員でもなく、大学時代のアルバイトの延長で契約社員になったに過ぎないのだが。
 武生にこの仕事を紹介したのは、大学時代の友人の萩原だが、彼はすでに辞めてしまっている。武生はそこそこの時給と、必ず定時に終わるところに惹かれて、もう三年もここにいる。

 武生は昇降機で昇ってくる今日、最初の棺を見た。お洒落なペイントのされた棺だ。蓋を開けて、死者と対面するのも、もうとっくの昔に何の感情も引き起こさなくなった。棺の中を点検して、分別すべき物を取り出す。取り出したプラスチック製品などは、その場でゴミ箱行き。別室で粉砕されてから、砧聖苑の隣にあるゴミ焼却場に送られる。
 しかし、その棺の中のゴミは大物だった。分厚いレコードバッグをふたつ取り出した武生は、中身を覗いて、すぐにそれが分別すべきゴミだと悟った。だが、二袋のレコードバッグは、分別ゴミ用のカートには入りきらない。武生は同僚の柳場に、このゴミは自分が手で粉砕機の部屋まで持って行く、と告げた。

 二袋のレコードバッグを両手に下げた武生は部屋を出ると、粉砕機の部屋とは反対方向に進んで、階段を駆け下った。バッグの中身が武生には、ほぼ検討がついていた。武生はDJだった。このバッグにはかなり貴重なヴァイナルが詰まっている。
 分別したゴミの中から貴重品をくすねたりすることは、この職場ではもちろん厳禁だった。普段は棺から取り出すと、その場で分別ゴミ用のカートに放り込まねばならないので、そんなチャンスもない。しかし、このレコードバッグを粉砕してしまうのは、それもいけないことではないのか。遺族の望み通りに、棺と一緒に燃やされないのなら、自分が預かるべきだ。武生はそんな理由をつけながら、裏庭でバッグの隠し場所を探した。そして、聖苑の出入り口付近の花壇の裏側に、バッグを放り込むことにした。つつじの薮に隠れたバッグは、たぶん、今日の夕方までは誰にも見つからないだろう。

 階段を駆け昇って、作業室に戻ると、柳場は何も気づいていないようで、入れ替わりにトイレに立った。武生はホッとしつつも、今頃になって、心臓がばくばくしているのを感じた。なんで、こんなに危ない橋を渡ろうとしているのか、自分でも分からなくなった。バレれば、その場でクビだ。
 植物柄のイラストが描かれた棺は、もう火葬炉に入れられていた。武生は大丈夫だ、と気を鎮めながら、次の棺を待った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?