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横浜中華街の裏メニュー

昭和な時代には、中華街での食事には独特の方法があった。
それは「料理毎に店を変える」という豪快な方法で、焼き物を食べたら別の店へ行き、そこで揚げ物を食べたらまた別の店へ行き、ご飯物を食べたら別の店へ行って、デザートを食べる・・という知識と経験に加えて、それぞれの店で常連として認識されている必要がある食べ方だった。
 
横浜中華街では、その店でしか食べられない(他の店では再現できない)看板料理が必ずあって、それ以外はどこでも同じクオリティ(決して低くないが)の味わいになるので、看板料理だけを繋いで最高のコースを提供できる人が中華街通であり尊敬の対象にもなっていた。
 
だが、そんな技が使える人は一握り。
なので、中華街全域では無いにしろ、ある程度の数の飲食店から常連と認識され人には、その店の「裏メニュー」の提供が受けられる特典があった。
 
中華料理は、そもそも限定された調理方法による料理では無い。
その店でジックリと食べる場合には、その日に入荷している食材を聞いて、店と相談の上で料理方法を決めるべきもので、その料理方法を知らない人のためにメニューがあるようなものだった。
 
だから「裏メニュー」はお仕着せなメニューに無い料理であり、時には賄いで出されるような物もあって「食を店と一緒に楽しむ」といった気持ちも大事だった。

この料理、ごく普通に見えてメニューには載っていない麺料理だ。
中華街の本通りにある「善隣門」のすぐそばにある「楽園」の物で、メニューには叉焼麺も雲呑麺もあるけど、その両方が入った麺料理は載っていないのだ。
 
「雲呑麺に叉焼を乗せて欲しい」と頼んで作ってもらったものだけど、古くからある料理店では当たり前に対応してくれて、その代わり代金は店が勝手に決め客はそのコストに対して文句を言わないのもお約束。
 
注文をスマホでお願いします・・・な店では、メニューに無い料理を受け付けないのは理解できるけど、それでは中華料理を楽しむ上では大きな損失で、「今日は、良い魚が入ってます」と店からオファーがあったら、揚げとか蒸しとか焼きとかの調理法を伝えてそこから先は店に委ねる様な、余裕ある楽しみ方ができないつまらなさに気付かないと、勿体ない。

知らないと食べられない料理という意味でも「裏メニュー」はあるが、このカレーライスは「同發本館」にあるメニューに載らない料理で、「排骨カレー」とオーダーすれば、当たり前に出てくる隠れた人気料理なのだ。
(排骨が乗らない「カレーライス」も同様にメニューには載っていない)
 
この料理は、賄い料理としてスタッフが食べていたのを常連が見て所望し、いつしかメニューに載らないまま、定番料理になってしまったもの。
豚肉とタマネギを炒め、スープにカレー粉を溶いて混ぜた簡易な料理なのだが、これが妙に郷愁を誘う素朴な美味さで、ランチタイムに常連が全員カレーを食べていた・・なんて光景が記憶にある。
 
このカレーの人気があって他の店でもカレーを出す店が数軒あるが、いつの間にか表メニューに載る料理になっていた。(北京飯店や保昌などが有名)
ちなみに「同發本館」では、一見客でもカレーや排骨カレーをオーダーすると、当たり前に出てくるから面白い。

今、一番人気で行列必至な店になってしまった「南粤美食」は、広東料理を主体にした営業をしているが、香港から食材を直接輸入するなどの工夫をして、今や香港の人気店より美味い雲呑麺が食べられる希有な存在になった。
 
今ほどの人気が無かった頃はよく通っていて、蝦子(エビの卵)撈麺が食べたいと話したら、コース料理用に蝦子があるから作ろうか?って乗ってくれてできたのが写真の一杯だった。
撈麺とは汁無し麺の事で、蝦子を上にまぶして食べる蝦子撈麺は香港の粥麺専家では人気の料理、ただ蝦子はむせるのでスープが付いてくるのもお決まりだった。
 
で、2019年に香港に行った時、蝦子撈麺を食べまくろうと思ったら見当たらなくて驚いた。蝦子が収穫できなかったのが高価になったかはわからないけど、写真の様な蝦子撈麺を食べる事ができなくて悲しかった事を思い出す。
 
ちなみにこの蝦子撈麺はふざけるなって価格になったけど、蝦子がふんだんに使われていたのもあって、今まで食べた中で一番の美味しさだった。
 
オーダー式飲茶(2時間制食べ放題)で人気があった「招福門」が、5月21日付で閉店し、食べ放題の中ではマトモな部類にあった大箱店が消えてしまうほど現在の横浜中華街の飲食店は危機的状況にある。
 
中華街で北京ダックを食べた〜と言えるからと食べ歩き用の北京ダックを食べたり小籠包本来の楽しみ方とは違う焼き小籠包を道で立ち食いしているのは、中華料理の楽しみ方を知らない&高価な料理は食べたくない(食べられない?)観光客が殆どで、昔から中華街に通う人達は未だに裏メニューを楽しんでいるだろう。
 
コロナ禍で失った様々なものを取り返しつつある今、中華料理の楽しみ方や間口の広さを伝えていかないと、遊園地の様な見た目だけの中華街になってしまいそうで恐い。
 
と、こんな記事を書いていたら、同發の排骨カレーが食べたくなってしまった。
ウィークデイを狙って久々に食べに行こうかな。

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