現代に生きるぼくたちはみな、「永遠の初心者」
『〈インターネット〉の次に来るもの』という本を読みました。
きっかけは、下記のけんすうさんのツイートです。
その場ですぐにポチったのですが(なので購入日は約3ヶ月前の4月21日)、なんせ本が長かった。。。
全416ページ!!!
ただ、伊達に長いのではなく、その分たくさんの示唆に富む話があったので、これから何回かのnoteに分けて書いていきます!
ということで第1回のテーマは『我々は永遠の初心者』。
新しいテクノロジーは際限なくアップグレードを要求するので、、あなたはずっと初心者のままだ。(中略)
陳腐化のサイクルがどんどん早くなり(中略)、別のものに取って代わられるまでにそれを修得するだけの時間はなくなり、あなたは永遠に初心者のままとなる。
これは本中にあった文章です。
テクノロジーの進歩のスピードが早くなったことにより、ぼくたちがそのテクノロジーを理解して使いこなせるようになる前に、新しいテクノロジーが出てくるということを言っています。
『永遠の初心者』は、なかなかのパワーワードだなと思いました。
そして、我々が永遠の初心者であるという事実は、ある1つの側面をもたらします。
止まることのないアップグレード(中略)の持つ一つの側面は、われわれの心に穴を空けていくことだと素直に認識すべきかもしれない。
たとえば、ぼくたちの世代はすごいせっかちで、ちょっとでも読み込みに時間がかかればイラッとしますが、インターネット黎明期の回線スピードは、いまぼくたちがイラッとしているときの、何十倍何百倍も遅かったはずです。
つまり、再び本中の表現を借りるならば『新しいものを発明するたびにそれが新しい渇望を呼び起こし』ている状態というわけです。
これ、一瞬『えっ、それってもったいなくない!?』と思うひともいるかもしれません。
『常に動き続けるものは、もはや動きとして気づかない』という言葉も本中にあるのですが、テクノロジーの進歩がぼくたちにとって当たり前になりすぎて、『おお!こんなこともできるようになったのか!』という喜びよりも『ええ、こんなふうにならないのかなあ』という渇望ばかりが生まれます。
ただ実は、筆者はこの現象について、ものすごく肯定的な態度をとっています。
なぜならば『この不満足こそ、われわれの創造性や成長のきっかけ』となるからです。
『ユートピアに解決すべき問題はないが、チャンスもない』とも述べています。
つまり、ぼくたちの心にポッカリと空いた穴を埋めていこうとする過程そのものが(決して埋まることはないんですが)、ぼくたちの次なる創造性や成長につながるということことですね。
ということできょうは、テクノロジーの進歩のスピードが上がったことによって、ぼくたちは『永遠の初心者』にならざるを得ないということ。
そして、その進歩の恩恵を感じるより、そこから新たに生じる不満のほうをぼくたちは感じやすいが、実はそれは次なるステップのきっかけになるよねという話でした。
不満足万歳!!!
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