お題:鉛筆

小学校のときの話だ。小学校にはそこでしか通らないルールがたくさんある。その中でもシャープペンシルの使用禁止、鉛筆を使え、っていうのはだいたいの学校であると思う。僕もそうだった。

ある日のことだ。とっても短くなった鉛筆を頭の上に掲げ、先生は言った。「みんな注目! 田中さんはこんなに小さくなるまで鉛筆を使い続けました。偉いですね〜! みんなも田中さんを見習って、ものを大事に使いましょう!」そのときから鉛筆をめぐるゲームが始まった。

休み時間。誰かが鉛筆の尖っていない方を鉛筆削り機に突き刺しはじめた。そして鉛筆が短く、短くなるまでずっと削り続けた。最後にはさっきの田中さんの鉛筆より短くなった。

次の時間、先生はその鉛筆をほめた。「ものを大事に使うのはいいことです!」みんなが鉛筆削り機に鉛筆を突き刺しはじめた。誰かはハサミで鉛筆を切り落とし、大胆な効率化を図った。みんながそれを取り入れた。僕のクラスは「みんながものを大切につかうクラス」になった。みんなの鉛筆はみんな短かった。僕も最後に加わった。僕の鉛筆も短くなった。

どこにでも賢いヤツはいる。というか、ひとが集まると誰かが賢くなる。その賢いヤツは気づいた。削りカスと切り落とされた鉛筆で溢れたゴミ箱を見たら、先生は怒るだろうよ、って。それでみんな隠れて裏山にそれらを捨てるようになった。

僕も捨てる番だった。裏山の木のかげ、秘密の木かげ、先生たちは来ない場所だ。僕は少しどきどきしながらビニール袋に詰まった鉛筆の切れ端と削りカスを持って、小学生には険しい山道を進んだ。木のかげに来て僕は驚いた。僕の身長の半分くらいの高さにこんもりと削りカスがたまり、また鉛筆の切れ端が薪みたいに積み上げられていた。僕はなんだか悲しくなった。ビニール袋の中身をそこにぶちまけ、逃げるようにしてそそくさと帰った。

僕は次の日から「ものを大切に使わないひと」になった。鉛筆は長いし、消しゴムも四角い。みんなの鉛筆は短いし、消しゴムはもう消え去る寸前だった。先生の目が怖かった。みんなの目も怖かった。僕だけが「ものを大切に使わないひと」だったから、僕はいつか怒られてしまうだろう。でも僕はものを大切に使いたいとおもった。

先生が飽きたのか、みんなが飽きたのか、とにかくものを大切に使うブームは去り、みんなはアサガオを育てるのに夢中になった。アサガオの成長には鉛筆の削りカスがいいなんて噂が広まり、みんなはまた鉛筆削り機をゴリゴリ回し始めた。鉛筆は生贄になり、アサガオの植木鉢には削りカスが積み上げられた。

僕はもうイヤになった。アサガオを植木鉢で育てたり、鉛筆削り機を回し続けることにイヤになった。それで僕はアサガオを解放してやろう思った。あの、削りカスを捨てた秘密の木かげにアサガオを植え換えた。伸びていくツルを自慢するみんなの植木鉢とはちがって、僕の植木鉢はただ土だけが入っていた。

あるときみんなのアサガオがいっせいに枯れた。先生は「なんで削りカスなんて入れたの!」なんて叫んでいた。みんな、先生が「へぇー削りカスを入れると早く育つんだね〜」なんて言っていたのを憶えている。でも口ごたえは許されなかった。

ダンゴムシをいじめるのが流行りだしたころ、僕はふとあのアサガオはどうなったんだろうと思い出した。秘密の木かげに僕が植えたアサガオだ。僕は一人で見に行った。みんなには言いたくなかった。

ハアハアと息を切らして走った。険しい道も僕の敵じゃなかった。はやくアサガオがどうなったのかを見たかった。

その場所、秘密の木かげに来るとアサガオは咲いていた。淡い水色だった。支柱に巻き付いてアサガオは大きく育っていた。僕はそれをキレイだな、とおもった。でも、支柱なんて僕は用意したおぼえはなかった。誰が用意したんだろう。たぶん水やりとかもしてくれたのかもしれない。世の中にはものを本当に大切にするひとがいるのかもしれないとおもった。

みんながダンゴムシいじめをする横で、僕は口笛を吹いていた。僕は毎日アサガオを見に行った。ダンゴムシはいじめなかった。アサガオが枯れて、僕はダンゴムシいじめに加わった。

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kentz1

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