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「地頭が良い」とは「抽象度を上げた思考ができること」だと思う

ここ最近、自分自身が採用活動や育成プログラム作成に関わることが増えてきている中で、「地頭が良い」とはどういうことか考える機会が多く、あらためてまとめてみようと思い筆をとりました。

高偏差値=地頭が良い ではない

東大京大、早慶の学生。SPIスコアがとても高い人。
基本的にそれらの人々は記憶力が高く、計算が早く、ロジカルシンキングもできる傾向があります。受験勉強で必要な能力と一致するわけですから当然そうなるでしょう。

一方で、面接の場などでそれらの人々と話をしてみても、話が噛み合わない、柔軟性に欠ける、アイデアが出てこない。「なんだか地頭が良くない…」と感じる人も中には相当数存在するわけです。

「地頭が良い」という言葉は、実に便利なマジックワードです。
「(いわゆる)勉強ができる」とはまた別の軸での頭の良さ。(もちろん高偏差値群の方が「地頭が良い」人が多い傾向はありますが、その相関度合いは単純な記憶力や計算力に比べると相当低いように感じます)

新卒採用、第二新卒でのポテンシャル採用の場でも「地頭が良い人を採りたい」という声はよく聞きますが、その一方で「地頭が良い」とは具体的にどういうことなのか明確に説明できる人は少ないのではないかと思います。
機転が利く、頭の回転が早い、話が上手い、、、色々ありますが、どれも表面的で、「定義」というよりも地頭が良い「結果」にすぎないように思えます。
もちろん、「これが正解」というものは無く、人によって定義は違うと思いますが、私なりに妥当かなと思えるひとつの結論に至りました。

それは、「抽象度を上げた思考ができる」ということです。

具体と抽象

人は、すべての意思決定に際して、メリットとデメリットを天秤にかけて判断します。そして、そのメリットもデメリットも、「似たケース」ではどうだったのかを元に想像し「見積もる」というプロセスが発生します。

例えば、下記の状況を想像してみてください。

・会社員として働いている自分には、本当は別のやりたい仕事がある
・その実現のためには会社を辞めて2年ほど海外留学する必要がある
・海外留学したからといってその後新しい仕事に就けるかは分からずリスクがある

どのように判断するべきか、意思決定のために色々と調べ、考えます。
海外留学の費用はどれくらいかかるのか、新しい仕事に就ける確率はどれほどのものなのか、自分の今の仕事はどれだけ手放すべきではない貴重なものなのか、などなど…
いくらググったり人に話を聞いたりしてみても、今回の自分のケースと全く同一の事例は無いので、「似たケース」を参考に「今回のケース」に当てはめるという行動を行うわけです。

この「似たケース」の抽出と、「似たケース」と「今回のケース」との差分をどうアジャストするかの能力が、「地頭の良い」人は抜群に優れています。

より具体的な個別の状況を「具体」。それを一般化した状況を「抽象」として、その両者を「適切」に行き来しながら思考を広げ、深めていくことができる、それが「地頭が良い」人ではないかと思います。

逆に言った方がわかりやすいかもしれません。
地頭が悪い人は、下記の傾向があります。

抽象度を上げて考えられない:適当に見積もれない/アイデアが出てこない/手が動かない(似たケースを引っ張ってこれない)
逆に、抽象度を上げすぎてしまう:「それとこれとは別の話じゃない?」と突っ込まれる一般論を語ってしまう(それこそ抽象度を最大に上げると「美味いものは美味い」みたいなトートロジーや「人はどうせ誰でも死ぬ」みたいな何も得られない話になってしまうわけで、抽象度上げすぎも問題)
抽象と具体のギャップを正確に判断できない:「似たケース」と「今回のケース」は多少は違うところがあるのにそれに気づかず暴走して失敗する。要するに「似たケース」のどこが似ているのか・似てないのか、似ている部分は本質的か、が見えてない

「抽象的な思考」ができる人とできない人の違い、いかがでしょうか。

成長スピードに生まれる決定的な差

なお、この抽象度を上げた思考ができるかどうかは、あらゆる「判断」「意思決定」の質を左右するだけではなく、その本人の成長スピードを大きく変えることにもつながっています。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があります。

自分の経験を元にしか考えられない人は愚か者。賢い人は、自分の事例だけでなく幅広い事例を元にして考える、という話です。
当然、自分自身の経験は自分にとって特別なものであることは間違いないですが、とはいえ n=1 のごく限られたサンプルにすぎないのでそれを過信せずに判断のための母数を増やすことが重要というこの言葉には説得力があります。

ただ、より重要な論点として、「抽象度を上げた思考」ができない人は「歴史」から学ぶことがそもそもできません

抽象度を上げた思考ができれば、
友人の結婚がうまくいかなかった理由を聞いて「自分もこの部分は当てはまるから見直さないとな」と反省したり、
一部のYoutuberが儲かっているという話を聞いて、その理由を考えて自分の生き方や仕事への向き合い方の変化へのきっかけにしたり、
それこそガチ歴史の話題、たとえばローマ帝国が滅びた原因を聞いて「これは自分の会社の戦略にも同じことが言えるな」と思ったり。

抽象度を上げて物事を捉えて考えられる人は、一見関係なさそうな世の中のあらゆることから学びを得ることができるので、加速度的に差がついていくことになりますね。

 * * *

こうした「抽象度を上げた思考」を出来るようになるための第一歩は、まずは このことに自覚的になる ところからではないでしょうか。

私もまだまだ未熟者ですが、日々精進したいと思います。

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けんけん

web業界でBtoCサービスを作ってきたプロデューサー・ディレクター。特許持ち/グッドデザイン賞・米アプリアワード受賞歴あり/社会論・仕事論・人生論の思索がメイン。たまに旅について呟きます。 twitterはこちら → https://twitter.com/kenxxxken1

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