見出し画像

長渕レゲエ史、長渕ヒップホップの実験、長渕EDMの成功(ラブソングの危機を考える13)

 ラブソングの話はどこに行ったんだ、という感じだがもう少し長渕の話を続ける。
 長渕は歌詞や発言は古風な儒教的、浪花節的なところがあるが、サウンドは常に実験を繰り返している。一般に長渕はフォーク歌手と未だに捉えられているフシがあるが、カントリー、ブルース、レゲエ、ヒップホップ、EDMまで雑食的に取り入れる、作曲家、編曲家としては柔軟なタイプだ。そこで長渕とレゲエの関係について考えてみたいのである。


 長渕剛は意外とレゲエ調の楽曲の多いアーティストだ。キャリアの初期から「碑」('81)というボブ・マーリー風の曲がある。その後、「ファイティングポーズ」('84)、「わがまま・友情Dream&Money」('86)、「He-La He-La」('87)、「友だちがいなくなっちゃった」('90)、「猿一匹、唄えば侍」('98)、「LANIKAI」('03)と、レゲエ曲については定期的に発表を続けている。「碑」はサードアルバム「Bye Bye」に収録されたものだが、純然たる和風フォーク「順子」('82)でブレイクする以前にこのような洋楽的なアプローチがあったことに驚かされる。アンサンブルは通常のロックのものだが、ベースが3拍目から入る、ギターのカッティングが裏で入る、というボブ・マーリーマナーに則ったもので今でも鑑賞に耐える。さらに3年後のアルバム「Hold Your Last Chance」('84)収録の「ファイティングポーズ」となるとアレンジは本格的なもので、タムやスネアにディレイを飛ばす、地を這うような跳ねないベースのリズムセクション、黒人風女性コーラスなど、本場に肉薄するような演奏である。「わがまま~」あたりになるとドラム抜きのアコギ、ベース、パーカッションのみのレゲエと長渕流の独創性を見せる。

 このように長渕とレゲエの関係は長い。長渕とレゲエは相性が良かったようで、「碑」の時点ですでに長渕レゲエの様式が確立している。「碑」の頃といえば長渕は歌謡曲とフォークの中間のような存在だったはずで、当時ロック業界でも最先端とされていたレゲエを取り入れたことは異例だったのではないか。
 無論、特別長渕だけがレゲエに凝っていたわけではなく、この頃、フォークやロックのミュージシャンがレゲエを取り入れる流行があったようである。70年代の初頭からサディスティックミカバンド「恋のミルキーウェイ」('73)、泉谷しげる「君の便りは南風」('73)、小室等「愛よこんにちわ」('75)、など、進取の気性のアーティストたちはこぞってレゲエを取り入れていたわけだが、79年のボブマーリー来日以降、アイドル歌謡などの歌謡曲にも取り入れられるようになる。長渕がレゲエを意識するようになったのはたぶんこの頃で、先輩にあたる吉田拓郎「ハネムーンへ」('80)、「アジアの片隅で」('80)あたりにインスパイアされたのではないかと思われる。いずれにせよ、長渕が本来的に持っている「裏切り者を許さない」といった怒りのテーマや「負け犬の美学」とレゲエのリズム(リディム?)は相性が良かったようである。「わがまま~」や「He-La He-La」などはそのあたりが相乗効果になっており「長渕レゲエ」とでも呼べるひとつの世界を確立している。
 ところでヒップホップ、ラップ表現はどうか。


 2003年発表のアルバム「Keep on Fighting」はレゲエ曲「LANIKAI」やウクレレの弾き語り(翼)なども含む、音楽的にバラエティに富んだ意欲作である。このアルバム中もっとも興味深いのはヒップホップを意識したと言われている(ウィキペディアにそう記述されている)タイトル曲「Keep on Fighting」である。まず、長渕キャリアでおそらくはじめてブレイクビーツが導入された問題作である。スクラッチ音なども聴ける(DJドラゴンの手による)そこにラップ、というよりギルスコットヘロンのようなトーキングブルースを思わせる歌が乗る。異色な楽曲である。
 まず、長渕がマニュアルプレイのドラム以外の同期もののビートに乗ること自体は別に珍しいことではない。すでに「激愛」('89)などでシンセのループで歌っている。また、「走る」('14)、「Loser」('17)でも積極的に同期のビートを使用しており、ヒップホップ調のブレイクビーツを取り入れたこと自体は問題ではない。それではなにが興味深いか?
 歌詞。歌詞か? 「Keep on Fighting」は長渕レゲエの時のような「負け犬の美学」リリックが乗る。また、2003年の時点ならドラゴンアッシュやリップスライム、キックザカンクルーの活躍などもあり「日本語のライム」というものがそろそろ世間に浸透しかけていた頃合だが、「Keep~」は一切そのようなラップのトレンドとは無縁の作詞法である。つまり、いつもの浪曲のような長渕詞がブレイクビーツにのっているという不思議な構造となっている。なんというか、一応ブレイクビーツの曲なのにクラブ等で他の国産ラップとつなげてかけることが非常に難しい、と思われる仕上がりなのである。無論、これこそが個性なのであってなにも問題ではないのだが、気にかかるのは「keep~」以降、長渕はヒップホップ調の楽曲を発表していない、ということだ。おそらく今後、還暦を迎えた長渕氏がガチガチの日本語ラップを発表するとは思えない。つまり、あとにも先にも「Keep~」1曲ということになる。ことほどさように「Keep~」は貴重な1曲なのである。


 なぜ長渕はヒップホップへの接近をやめたか?


 試論、長渕さんはそもそも16ビートが苦手な人なのではないか?


 もともと長渕さんはフォークから出発し、84年あたりからブルース・スプリングスティーン風8ビートのロックンロールに接近した。レゲエもまた、8ビートが変形したようなリズムである。長渕さんは8ビートの身体の歌手なのではないか。彼の長いキャリアを振り返っても16ビートの曲は少ない。「Keep~」以外なら「激愛」ぐらいしか思いつかない。もしかすると、長渕さんの歌う「抑圧」や「負け」の心情というのは黒人などの有色人種への差別、公民権運動(左翼的な心情)につながるものでなくて、WASPの白人の下層階層、つまりホワイトトラッシュ(トランプ支持層のボリュームゾーン)の心情とつながっているのではないか? そう考えると時に「民族主義者か?」と揶揄されることもある長渕さんの日本人アイデンティティー発言などもサウンドとの辻褄があうことになる。


 無論、これはナイーブな論点であり、「長渕は右翼っぽいから公民権運動のような左翼運動に端を発するヒップホップとは相性が悪いのだ」などと短絡的にまとめることは危険だ。しかし、近年の楽曲「Close Your Eyes」、「日本に生まれた」、「富士の国」などに見られる日本人アイデンティティを見つめる路線から16ビートは除外されている。長渕さんにとって「祖国」とは8ビートとともにあるのではないか? であればその感覚は彼が80年代にさんざん参考にしたであろうブルーススプリングスティーンの姿勢に近いことになる。また、長渕ファンの多くも長渕の発する「日本人としての誇りと8ビートのセット」という思想を共有しているように思える。
 そう考えると、「しあわせになろうよ'04」におけるZeebra、般若の客演のなんともいえない食い合わせの悪さ、富士山ライブにおける般若、輪入道のゲストライブの決して長渕ファンから歓迎されたとはいえないパフォーマンス(注1)も原因があったことになる。


 もうひとつ考えられるのは長渕さんが単純に16ビートが苦手説だ。アルバムのヴァージョンではわかりにくいが、2004年桜島ライブ音源の「Keep~」を聴くとリズムに乗り切れているとは言い難い、あぶなっかしい箇所がある。2コーラス目のブレイクビーツと歌(ラップ)のみになる箇所、「どかんと一発退屈な空、羽根はばたかせて やけのやんぱちこの世は地獄とひらきなってみようぜ~」の部分である。長渕さんは乗ってくると本来の譜割りよりも前のめりになってくるのだ。黒人ぽいノリとはよく言われるようにビートより多少、後のめりになるくらい、引きずるようにノった方がルーズな感じになる。ビズ・マーキーやKRS-ONE、ビギーに見られる歌唱法である。しかし長渕さんは前に行くクセがある。あまりラップ向きとはいえないリズム感の人なのである。
 しかし、「Loser」('17)ではEDMを完全に自家薬籠中のものにしており、「長渕EDM」と名づけても良いくらい相性がよい。最新のサウンドの上で音楽業界批判の歌が乗る、という近年の長渕さんらしい世界である。やはりこの人には8ビート(4つ打ち)があっているようだ。


 「Keep~」の面白いところは「歌謡曲のフィールドからヒップホップに接近する時、QUEENのWe Will Rock You(ドン、パッ、ドンドンパッ)のビートを使いがち」を踏襲しているところだ。ドラゴンアッシュ「I Love HIPHOP」('98)も歌謡センスの強いロックバンドがヒップホップに接近した楽曲だが、長渕さんもこれを踏襲している。おそらく16ビートが苦手な人でも大丈夫なビートということなのであろう。


 また、「長渕レゲエ」が聴きたい。「長渕レゲエ」は「負けの美学路線」のみではない。「LANIKAI」はハワイのビーチで息子さんたちと寛いでいる、という長渕さんには珍しい陽性のアプローチだ。本当を言えば「陽性のラップ」を聴きたいが、これはムリだろう。

 結果、前回約束した「歌い方が悪声に変化するCGP歌手」と「決して変化しないCGP歌わない歌手」の違いの話は次回となる。

注1・・・富士山オールナイトライブ当時のツイッターなどの感想には「ガラの悪そうなラッパーがでてきて安倍政権批判みたいなこと言ってた。せっかくみんな長渕さんの歌を聴きにきたのに「クソ野郎」とか下品なラップはやめてほしい」といった苦言が様々投下された。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?