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飢えの果ての名声『天才作家の妻 -40年目の真実-』

「作家は絶えず書き続けていないと飢えてしまう」

『天才作家の妻 -40年目の真実-』という映画を観たので、それについて。

これはメグ・ウォリッツァーという方の書いた『THE WIFE』という小説が原作の物語だ。

天才作家と評され、傑作を世に送り出し続けてきたジョゼフ・キャッスルマンとその夫妻のもとに、一本の電話が掛かってくる。
「ノーベル文学賞があなたに決まりました」
ふたりはベッドの上で飛びあがって喜び、友人やこども達も大いに湧いた。だが、そこには大きな秘密がある、という物語。

その秘密はなんとなく想像がつくだろう。でもこの作品のキモはなぜか、その秘密の箱の中にはない。
「これは怒りの物語である」と一口に言うことはできるけど、そう単純でもないのが、この物語のすごいところだ。

もちろん、世の中に単純な事情なんてものはほとんどない。だが、舞台が"ノーベル文学賞"という、世界的に名声と注目の集まるとこにまで及ぶと話はちょっと変わってくる。
その複雑さを、主演のグレン・クローズは表情で見せ、ジョナサン・プライスは声で表現する。
この2人の掛け合いがほんとうに素晴らしい。どうにも消化しきれない、溶けない憤りのような感情をふたりは抱えていて
それがいつまでもいつまでも、心の底に錨を下ろしている状態なのだ。

それがふたりの掛け合いの中に意地悪く顔を出してきている。そしてそんなふたり分の憤りの象徴として登場しているのが、息子デビッドだ。
デビッドとのやり取りは、そのままふたりの「憤りと向き合う姿勢」そのものだった。

この表現力に、ぼくは「こりゃとんでもないな」と素直に感じた。
さすが名優と一言で済ませるのはどうにも申し訳ないので、「これが名優か……!!」という感想を残しておきたい。あんまり変わらないか。

さてもうひとつ、忘れてはいけないのが助演のクリスチャン・スレーターの存在。
彼が演じるナサニエルという男は、なんとかこのキャッスルマン夫妻の秘密を暴いてやろうと、家族をかき乱してくる伝記作家だ。
ジョゼフは彼を疎ましく思い雑に扱うが、ジョーンは恨まれたら何をされるかわからないからと、彼を巧みにかわす。

このやりとりも必見だけど、とくに良いなと思ったのは、彼の距離感だ。

ナサニエルはジョゼフ、ジョーン、そしてふたりの息子デビッドにも近づき、イヤな質問や誘導を仕掛けてくる。このとき、彼が話す距離はかなり近い。
重要な部分を冗談交じりに言うときなんかは、より一層顔を相手に近づける。

そうやって確実に相手に自分の言葉を聞かせ、ついでに相手の微妙な変化も逃さずつかもうとしているのだ。
ここに、正義感ではなく「評価されている人間の鼻を明かしてやりたい」という、彼独特の感情や性格が表れている。
出番は比較的少ないが、上手い。

「作家は絶えず書き続けていないと飢えてしまう」

物語の中で、冒頭にも書いたこのセリフがとても重要な意味をもっている。

継続はたしかに、何においても重要だ。夫妻はたしかに、それぞれあることを続けている。
それがふたりの運命を大きく分けているのだけど、後の名声を確かなものにもしているのだ。

これから観る人にはぜひその点に着目してもらえると、この物語の面白さが染み渡るんじゃないかと感じる。
あっと言う間に2時間が過ぎる、とても良い映画だった。

ものっそい喜びます。より一層身を引きしめて毎日をエンジョイします。