見出し画像

カフェで感じた自由な不自由と、家で感じた自由な不自由

ぼくは郊外に住んでいて毎日銀座まで通っている。職場でも独身の人や子供がいない夫婦だと都内の人が殆どだけれど、子供がいる世帯だと、都内に住んでいる人は3分の1ぐらいかな?といった具合。

おしゃれな都会の成分は、平日いやというほど味わえるので、週末はだいたい家に引きこもっている。それでも、やることもないのに有給をとったときなどは、なんとなく近所をぶらついてみたくなる。そんなときはカフェだ。

ぼくの住んでいる駅周辺には、コメダ珈琲、星乃珈琲、リニューアルしてちょっと居心地のよくなったマクドナルドぐらいしかない。

それでもリユーアル前のマクドナルトは、微妙な分煙で煙たかったりして居心地が悪かったし、コメダや星乃は存在していなかったので、ここ数年でかなり環境がよくなった。

昨日ひさしぶりに会社を休んでぶらぶらしていたら、駅前のイオンにドトールが入っていた。ちょっとのぞいてみたら狭いカウンターのはじっこの席が空いていたのでためしに寄ってみた。ちょっと書いては放置して、また違うのを書いて、となかなか進まないnoteの記事がすいすいと書ける。

ぼくの、親子三人暮らしの狭いアパートにも、物置部屋として放置してあった部屋を綺麗に整頓してつくったじぶんの部屋があるし、ハードウェア的にはこのドトールと同じぐらい居心地がいいはずなのだけれど、なにかが違う。

いろいろ考えて思ったのは、自由かそうでなないか。家ではいつだってフラフラと自由に席をたって、飲み物やお菓子をとりにいったり、デスクからソファに移って寝転んだりとかできる。カフェでだって席を外すことはできるけれど、荷物を盗まれたらどうしようとか、トイレがちょっと遠かったりすると、面倒になってしまう。

それに、家ではギターを弾いたりビデオゲームをしたり、ふと思い立って掃除や洗濯をしたりと、やれることが山ほどあるけれど、出先のカフェではそうもいかない。

この、ちょっとだけ不自由な感じがいい具合に集中力を高めてくれて、さらに集中できていることで気分があがってどんどん書けたり、作業が捗るのかなと思う。

※1/5ぐらいまでスラスラ書けたので家に帰ったのだけれど、残りを書くのに1日かかってしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?