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あの頃僕ら、泣いてばかりいた

今週はだんだんと春めいてきます、というアナウンサーの言う通り日差しが暖かくなってきたし朝ベッドから出るのも億劫じゃなくなってきた。
でもまだ夜は寒くて外を歩いていると出している指がかじかむ。あんなにコンプレックスだった、ぱん、と脂肪がはった指にシワが目立ちはじめてきた。最近笑うと目尻のシワが気になりはじめ、化粧をしても歳を隠せなくなってきた。すっぴんのまま鏡をみると本当に愕然とする。よく何歳かわからない、とか30代には見えない、童顔だ、と言われる私だけど鏡の中にいる自分はどうみても「おばさん」でひどく落ち込む。

目元用の美容液をすりこむ指先に念のようなものをこめながゆっくりと白いクリームを伸ばしていく。頼むぞ、という期待をこめて。

いつか友人がいっていた「顔をあんまり触るのはよくない。皮膚を伸ばしたりマッサージしないほうが本当はいいらしい」という言葉を頭の隅に置きながら誕生日にもらったカッサで顎をなぞる。どちらが正しくても、それがわかるのは数年後だ。どうせ垂れた頬を見ながら「あの時かっさなんかするんじゃなかった」「あぁ、あんまり顔を触らなきゃよかった」とは思わないだろう。ただただ「年をとった」と思うだけだ。今は自分が納得する事をする。カッサで老廃物を流す、とか、ブローの前にきちんと櫛で頭皮をマッサージする、とかアイクリームを丁寧に塗り込む、とかそういうこと。


あんなに出していた胸元も、いまじゃ布に覆われていないと不安で、あんなに大好きではいていた10センチヒールもいまじゃ特別な時にしか出番がなくなって、落とさなくても平気だった化粧も家に帰ったら1番に拭き取りをする。シャワーの栓をひねり、お湯にかわるまでの間に指輪とピアスをはずし、喜ぶ犬を片手で触りながら、服を脱いでいく。毎日のルーティン。

蒸気で暖かくなったお風呂場にはいる。42度のお湯もその友人が言うには肌や髪にはよくなかった。確か、シャワーを直接顔にあてるのもダメだったはずだ。「38度ぐらいがいいんだよ」と言われたっけ。ぬるいよ、と答えた気がする。いつからだろう。お湯の温度は42度が適温だなんて思い込んだのは。熱いお湯を直接顔にあててクレンジングを流す。外気で冷え切った肌のせいで、いつもよりシャワーが熱く感じる。

いつからだろう、家に帰ってご飯を食べたりテレビを見る前に絶対にお風呂にはいらないと落ち着かなくなったのは。いつからだろう、目尻にシワができはじめたのは。いつからだろう。冷蔵庫に2本、牛乳のストックがないと落ち着かなくなったのは。

シンクに食器がそのままなのも嫌だ。玄関に靴が出てると気持ち悪くなった。そのくせ、2人暮らししてた時にあんなに気になっていたトイレの蓋はたまに開けっ放しになっている。

口を開くと「あれがいやだ」「これがいやだ」「これはこうじゃないと」「あれが変だ」「私は絶対にあんなふうになりたくない」なんて。こだわり、じゃないんだ。ただの見栄だったんだ。窮屈だな。窮屈だったろうな。

最近1人の時間に自分で自分のことを考えすぎてほとほと自分のことが嫌いになってしまった。ルーティンに見せかけた変なこだわりに気づいたのもこの「自分の時間」を持ったからだ。
いや、違うな、嫌いになれるぐらいに好きでもなかった。

私はいつだって自分に自信がなくて、見栄っぱりで、無駄なこだわりが多くて、おまけに可愛くない。それに最近拍車がかかった。フラれた事でもっとそれは加速した。
「やっぱり」となる反面「なんで」と疑問に思うこともたくさんあった。
その「なんで」と「やっぱり」をどうにかなくしていかないと、私はいつまでたってもいろんなことに納得できないまま孤独な大人になる気がする。

学生時代に何かを成し遂げたこともない、親が喜ぶような仕事の成果をあげたこともない、なんならずっと迷惑をかけてきた。わがままで勝手ですぐ怒る、付き合っては別れての繰り返しで誰かにきちんと愛されていたことも過去になってしまった。姉に話したいことがたくさんあるのにお正月に衝突してからまだ謝れていない。たまに、私が死んだらあれが最後の言葉になるのか、それだけは避けたいなと考える。


今まで起きた悲しいことが全部自分のせいかもしれないと思って、そうやって自分のことを考え始めて、嫌な過去をわざわざ自らえぐり出して眠れなくなる。自分のダメな部分の輪郭がうんと濃くなって「ぁあ!こりゃダメなわけだ」と笑ってしまう。 全部嫌になる夜がきて、朝の日差しでその輪郭がぼやけて見えなくなる。そんな毎日をここ最近過ごしている。 

冷蔵庫に牛乳がないことを恐れるよりもっと考えるべきことがあるはずなんだ。

目を瞑り、また友人の言葉を思い出す「泣いたときに、目をこするとそれもシワの原因になるからだめ」
私は指の腹でゆっくりと優しく自分の涙をはらう。

悲しい話じゃないのよ、ともう1人の自分が言う。悲しい話じゃないのよ、大事なことを知るための確認作業なの、と。

はやく姉にごめんなさいと連絡をとろう。
玄関に靴が散らかっていても、トイレの蓋が閉まっていなくてもそんなことは生きる上で大した問題ではない。
シワができても受け入れて、少し太ったくらいで責めない。
夜中にアイスを食べてもいいし
たまには欲求に忠実になったっていいはずだ。
老いていくだけなんだ、だから人と比べたり、羨んだりしている時間はない。

多くは望まない、近しい人たちにとって良い人間になりたいだけなんだ。 それから、自分を好きに。

悲しい話じゃないのよ、と彼女は言う。
昔の自分が愚かなのは、仕方のないことなのよ。ただ明日も愚かだったらそれは神様もいい顔をしないわ、と。


追記  私は、私以外の何者にもなれない。





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kerry

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コメント1件

書籍化希望です。そのくらいけりやんさんの書く文章が好きです!毎回コメントすみません。
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