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自分で自分の才能を潰す。これやっちゃ絶対にダメ!

ピアノが上手い少年がいた。彼は中学生のときにピアノに出会い、それに魅力された。彼はピアノが大好きだ。大好きだからこそメキメキと上達した。

高校に進学すると、彼の才能はさらに開花。コンクールで良い成績を収めたり、ロックバンドで活動したりした。ロックバンドを結成する場合、ギター、ベース、ドラムは集まりやすいが、ピアノやキーボードは人材不足だ。彼は様々なバンドから声がかかった。

ロックにピアノが加わることで音に厚みが増し、躍動感のあるサウンドへ変貌する。彼の演奏はバンド仲間からも大好評だった。

彼は日に日に自信をつけていった。そして、プロのピアニストになることを夢見るようになっていった。


しかし、、、

大学生になったころ、彼は夢を諦めた。

彼のピアノは多くの人々を魅了していたが、上には上がいる。彼からしてみれば、あり得ないくらいに上手いピアニストがごろごろいたのだ。

「みんな上手いな~。そりゃそうだよな。あいつらは幼稚園のころかピアノをやってたんだもんな。そりゃ上手いわけだよ。俺は中学から始めたからな。始めたのが遅いよ」

彼はそう思い始めて、自分の才能に限界を感じていた。
(正式に言うと、自ら限界を作っていたことになるが・・・)

そして、ピアノをやめた。

「ピアノで就職できるわけではないし、将来のために他にやるべきことがある」

彼は自分に言い聞かせた。

彼はそれ以来、ピアノを弾いていない。

     *   *   *

この話は創作だが、似たような状況に直面した人が沢山いたのではないかと思う。

今回の話の中心はピアノだったが、たとえば、大好きだったギターをやめたり、大好きなマンガを描くのをやめたり、大好きな英会話をやめたりした人がいたかもしれない。

本人たちは、どれだけ好きなことでも将来に役立たないと判断して、自分の未来のために他の道を選ぶのだと思う。そして、良い会社に就職するために努力をするのだろう。

もちろん、それは悪いことではない。確実な道を選ぶことにより、失敗せずに安定した人生を歩もうとする。自分で決断したのだからいいじゃないか。

しかし、ここで伝えたいことは、そういうことではない。いくら自分で役に立たないことだと思ったとしても、それが本当に好きならば、やめるべきではないと思うんだ。それを仕事にしようと言っているのではない。仕事にするかどうか、役立つかどうかは関係なく、シンプルに考えて本当に好きなことは続けるべきだと思うんだ。それをもし嫌いになったのならやめてもいい。でも、それが本当に好きなら、役に立たないと自分に言い聞かせてやめるのは本当にもったいないと感じるんだよね。

本当に好きなことは、努力なしで没頭できる。それが才能だ。息を吸うように行動できる力。気合を入れずに自然体でできるから才能なんだよ。

だから、本当に好きなことをやめるのは、自分で自分の才能を潰すのと同じなんだよね。

         *

先ほどのピアノの話に戻るが、彼はプロにならないならやらない方がいいと思ったのかもしれない。でも、プロになるだけがピアノのすべてではない。評論家になったり、人に教えたり、ピアノをもっと人に広める活動をしたり、色々な方法がある。

仕事を持ちながら、何らかの形でピアノに関わることで、人生がワクワクするんじゃないかな。ピアノで食べていけるかどうかは関係なく、好きなことは続けるべきだよ。

         *

実は、僕はこのような考えが20代前半まであった。「常識の波に飲まれてもしょうがない」「やりたいと思ったことは気にしないでやればいい」。そう考えていた。

しかし、少しずづピアノの彼と同じような思考になっていったんだよね。「大人になったらわがままはできない」「必ずメリットのある仕事に就かないと。たとえその仕事が嫌いでも我慢するものだ」と考え始めた。だから「ただ好きなだけでは、それをするのは時間の無駄だ」と自分に言い聞かせて、ブレーキをかけていた。

見事に社会の波に飲まれたよ😅

でも、5年ほど前から自己啓発の勉強を始めて色々と気づいた。20代前半までの自分の考えが間違っていたわけじゃなかったってことにね。

今振り返ると、本当にもったいないことをしたと感じる。ただ、今からでも遅くない。本当にやりたいことをやる決意をしている。そして、しっかりと行動している。

未来のためにも、自分自身が本当に好きなことをやり続けようよ!



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