むりょく

わし、なーんもできませんわ。
100m9秒台で走ることも、毎打席ホームラン打つことも、難病を治す薬を見つけることも。

時に、実現不可能なことをできない虚しさに襲われる。多くの場合無意味だ。
自分の可能性を高く評価しているわけじゃないと思いたい。どちらかというとハナから諦めているが故の虚しさだろう。

けどその考え方のせいで努力から遠ざかっていることもある。どうせ自分はできない理論だ。
正直、この性格を数十年やっているとうんざりする。両手があるのに頭が勝手に野球に向いてないと言う。両足がついているのにサッカーに向いてないと言うのだ。自分でもどうかしてると思う。
身体障害がなくたって頭がそう判断するんだからおんなじだ。むしろハンディキャップのある方達の方が前向きに見える。

両手、両足をフルに使いたい。野球をしようが、サッカーをしようが、どれだけ下手くそであれ、死にはしないのだから。

才能って言葉は言い訳にしか使われない気がする。無い人が無いことばかり注目していても始まらないのだ。
自分の手札でどう戦うか、これをもっと考えなくてはならない。100m9秒で走れなくても、終電に間に合わせるくらいのダッシュはできる。ホームランが打てなくてもバッティングセンターに行っちゃいけない理由にはならない。医者じゃなくても人に寄り添うことができるかもしれない。

無力はむしろスタート地点にある。現状を把握した今だからこそ、できることと向き合おう。

しょんべんのミルキーウェイ→→→→→→しょんうぇい。

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