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オナホールを買ったら人生変わった件について1 ※小説

【オナホールを買ったら人生変わった件について】

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『何も意味のない世界で➀』

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【プロローグ】


__g ジaz_ジ__ジジー_

     __ジー__ジ__ジジー_

           __ジ_ジ__ジgz___

___暗い...
瞳に映るのは、一面真っ暗な世界。
360°全ての方向から一切の光が感じられない。
静寂だけが漂っている。
ただ暗いというよりかは、『黒』もしくは『無』と捉える方がしっくりするものがあった。

___なんだここ...
まるでブラックホールを連想させられるような空間。
そんな中に今、俺はいる。

気づいた時にはここにいた。
記憶を洗いざらい探してみたが、何一つ思い当たる節がなかった。

___あれ? もしかして俺、死んだ? 
そう思うと本当にそんな気がしてくるし、辻褄が合わなくもない。
もしかしたら、最近よく目にする...なんだっけか......
あ、ほら。異世界転生というやつがこれから起こるのかもしれない。そんでもって、もしかしたらお得意のチート能力が使えて、努力無し、敵無し、不可能無しの三段拍子で無双ハーレムとやらを経験できるのかもしれない。

___いやぁ、まさかぁ
ふざけた考えを一蹴する。アニメの見過ぎだろそれは。

___あれ?
ふと、自分の身体に視線を向けた。
不思議なことに、あるべきはずの俺の身体がそこにはなかった。文字通り、肉体が無い。自分の意識だけが幽霊のように宙にふわふわ浮いている。

___だめだ、意味わからねぇ......一体、何が起きている。
まるで検討がつかない。
ヒントも無しに、いま自分が置かれている立場を理解するのは不可能に等しい。いや、この状況こそ、ある意味ヒントなのかもしれない。
それに、何もないわけじゃない。俺の意識だけは妙にはっきりしていた。
試行を巡らせる。
ありとあらゆる可能性を消去法で消していくと、一つの答えが浮かび上がった。

___あぁ、これ、夢か。
答えは案外簡単だった。
夢の中で『これは夢だ』と気づいたのはいつぶりだろう。
以前、オカルト好きの友人から『明晰夢』っていう話を聞いたことがある。夢を『夢』だと気づくことで、その夢を意図的にコントロールする事が可能だということなのだが...
明晰夢というのは、まさに、今のこの状態を指していた。

___夢をコントロールすることができる、か...
試しに、自分の身体が元に戻るように、強く念じてみる。

何も起きなかった。

___ダメか。もしかしたら、想像力が足りないのかも......
すると次の瞬間、愚かしくも天才的な発想が頭によぎった。

___そうだよ...せっかく夢を自在に操れるんだ。夢を操れるってことは、なんでもできる、そういう意味でもあるはずだ。

___ふっ...ふふふ、楽しくなってきたじゃねえか、おい。
ここには俺しかいない。そう、これから俺が何をしようとその行為を非難する人はここにはいない。

さて......


スク水を着た美少女を想像してみた。

が、やはり、何も起きない。
夢の中だろうと、現実はそんなに甘くなかった。
しかし、もし明晰夢の存在が事実ならば、一欠片ひとかけらの可能性だってあるはずだ。そんな簡単に、諦めるわけにはいかない。

それならば......。

俺がやろうとしているのは、『目の前に少女を出現させる』という無から有を生み出す行為。つまり一度、自分の中の煩悩という煩悩を全て消し去って、無の状態に入ってから、再度、己の欲望を最大限まで引き出すしかないのだ。
自分でも何言っているかわからないけど、とにかく試してみる他ない。

...

......

...........

___よし
うまくいっていると思う。瞑想とかしたこともないが、徐々に欲という欲が無くなっていった。

「ご主人様! ダメだよ、そんなことしちゃ」

おっと、危ない。
心の中の天使がひょこっと顔を出した。
いつもだったらその言葉に耳を傾けるが......
ごめん、天使さん。ちょっと黙ってて。今いいところなんだ。
ここまで来たら、もう止めることはできない。

そして、ついにその時が来る。

___今だっ! 全ての欲望を解放しろ!!

妄想力を測れるスカウターがあったら、測定不能、もといぶっ壊れる程の妄想力を発揮した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お、お兄ちゃん...ジロジロ見ないで......」

ペタッと地面に腰を落とし、恥じらいを見せながら上目遣いでこちらを覗くスク水の少女がそこにいる。
その子は女性を象徴する箇所を両手を使って隠そうとするが、その行為がよりいやらしさを増幅させていた。白くて細い腕や少し肉付きが良い太もも、特にスク水によってくっきりと現れた女性らしいくびれなどが俺の妄想力をさらに促進させる。

「恥ずかしいよぉ...」

顔を朱色に染め、前髪の隙間から覗く目は涙で滲んでいた。
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俺の妄想力は限界を迎えつつあった。依然として少女の姿は見当たらないが、手を伸ばせばすぐそこにいるような気配がした。例えそれが気のせいであっても、思いが強ければ強いほど、虚像は現実となって現われる。

妄想の中の少女が、ノイズ混じりにその姿を現した。

だが、それは一瞬の出来事で、気づいた時には跡形もなく消え去ってしまった。

___は、はははっ...!これは、これは

希望の光が見えた気がした。

___なるほど、そういうことか......

奇跡は存在する。そして神もまた...。
俺は世界の真理に気付いてしまったのかもしれない。エロに不可能はないことを。

もう一度、スク水の美少女を想像する。否、創造する。

「お兄ちゃん...ダメ......」

俺の性癖を完璧に具現化した少女は確かにそこにいる。準備は整った。

___いでよ、我が少女よ! 
そのあられもない姿を我に晒すのだっ!!

もし現実世界にいたら、ノリと勢いでル○ーシュみたいなポーズをしていたと思う。そんで、誰かに見られでもしたら『THE 変態boy☆』の称号は容易くゲットできることだろう。

___さあ、どうだっ...!!

...

......

.........


何も起きなかった。

「うわぁ、正直に引きました」

少女の代わり、心の中の天使が再び現れた。

「私のご主人様がこれって.......縄があったら首吊ってましたよ。ね、悪魔さん」

すると何故か、悪魔の方もしゃしゃり出てきやがった。

「あぁ、そうだな。まあ、とりあえず...」

2人とも俺のことを見下すような目で最後にこう言った。

「精子からやり直してください」
「精子からやり直せ」


うわあぁぁああ"あ"あ"っ!
そこまで言わなくても良いじゃないか!
俺だって、キモいって自覚してるよぉおお!!
......うわっ、なんだか生きていることすら恥ずかしくなってきた!!
誰か!! 誰か俺を殺じでぐれ!!!
今日ここであったことは墓場まで持っていこうと決心した。


...とまあ、事がうまくいかなかったことは残念だったが、仮にスク水の美少女が現れていたら、それはそれで本当にヤバかったと思う。欲望のままにどんどんエスカレートしていって、大変なことになっていたはずだ。

結局、今のところわかったことは、ここが夢の中だということと明晰夢はデタラメで糞だということ。

___でもまあ、ヒントも何も無い中で夢を夢だと気づけたのは、かなり上出来じゃないかな。


         __ジッ__ジージッ_


さて、お遊びはここまでとして。

___とりあえず起きるとするか...
といっても、具体的に何をすればいいかわからない。手始めに、一番ベタな方法取ってみる。
よく漫画とかで見かけるあれだ。

右手を頬に近づける。
が、自分の身体がないことに気づいて可笑しくなった。

___そうだ、文字通り、俺には何の手もない。
勝手に目が醒めるまで、じっと待ち続けることしか、残された手段はなかった。
することがなくなると、途端に退屈になった。


     __ジッ__g_ジッ__


___あれ...
先ほどから電子音のような耳鳴りがしていることに、今更ながら気づく。

___だからなんだってんだ。夢ならとっとと覚めてくれないか。
そう思った途端、視界にとらえていた暗闇が、前触れもなく、一瞬にして真っ白に染まった。

___な、なんだ!?
突然の事態に、面食らってしまう。
白く染まった世界は、絵に描いたように光を宿していなかったが、次第に、太陽を直視するくらい眩しくなった。

__うっ...まぶ......

眩しい光を遮ろうとした。
だけど、身体が無いんじゃどうしようもない。瞼すら閉じることができないのだ。
この状況は、もはや拷問に等しかった。

___くそっ、なんなんだよこれ!?
どうしようもできない苛立ちの中、俺はただ愚痴るしか出来なかった。
しかしそれに反応したのか、光はだんだんと弱くなっていった。

___うっ...大丈夫...か......?
やっと眩しさを感じない程度まで光の主張が収まり、安心して一息つく。
僕はもう一度、辺りを見回した。
目に映るのは、一面真っ白な世界。
初めてここに来た時とは真逆な世界だった。

___あれは...
そんな中、消えたと思っていた黒色の色相が、パチンコ玉くらいの小さな球となって、遠くの方に霞んで見えた。

___なんだ、あれ。
ぽつんと佇むその球が、わずかだがこの空間を振動させて、俺に囁いてくる。
『...ねえ......』

___なんだ?
声がボソボソとしていてはっきりと聞こえない。
耳元でふっと息を吹きかけられたみたいで、なんだかこそばゆい感覚になる。
ただ、俺に対して言葉を発っしている事だけは理解できた。

『......ねえ』

細々とした声は、依然として大きくならないので、何を言っているのかわからない。
でも、少し女性っぽい声かも。時折、女性特有の声の響きがあった気がした。まあ正直、男性なのか女性なのか、どっちでもいいんだが。

      _ジ__ッジ _ジジーーーー

      _______complete________


「ピッ」

突然、どこからか、電気機器の電源をつけたような音がした。

___え? なに、今の音。

「準備が完了しました。では、スタートします」

先ほどから聞こえる「ねえ、ねえ」という女性らしき声(?)とは別の、AI搭載のロボットがしゃべっているような声が聞こえてきた。

___スタート? いったい何を始める気だ?
するといきなり、自分の意識が先ほどの黒い球体に向かって、ものすごい力で吸い込まれる。

___なっ...!!
逆らおうにも、どうすることもできない俺は、その力の流れにただ身を委ねるしかなかった。
意識がだんだん黒い玉に近づいていく。
近づくにつれて、『ねえ、ねぇ』という声がはっきりと聞こえてきた。その声音から、声の主が少女のものだと気づくことができた。

『ねえ......ねえ...』

『......ねえ...n...し......』


「are you ready?」

機械じみた声の合図とともに意識が急激に遠のく。
ろうそくの火が、そよ風によって消えてしまうように意識が消滅しそうになった。
どうやら俺は、大きな勘違いをしていたらしい。

___これ...夢じゃっ!!


『.....ねねねねねねん...えええええええngねね...』

朦朧とした意識の中。

『ねねねんね.....ねえええ...』

自分が自分で無くなるような感覚の中。

『・ね  ね・ねねね・ねねねねねね。・・・・ねg・・・。』


『・・・・・・』


『・・・』

やっと。

やっと、少女が言っていたことが...

はっきり。

くっきり。

明瞭に。

俺の意識の中に入ってきた。


「死ねじねしねえ!...死ね死ね氏ね!ジネッ!!っっ死ねっじねえ!!!!」

鼓膜を破るほどの奇声が、はっきりと聞こえた。

ぼろぼろと涙をこぼして、涎を垂らしながら声を上げている少女の姿が、その叫び声から想像できた。次第に、想像よりもイメージそのものが俺の目に焼き付いてくる。

少女の両手には、赤黒く変色した刃物のようなものがある。
それを俺に向けて何度も、何度も、何度も突き刺す。
刃物が腹部から抜かれるたびに不快な音が鳴って、飛び出した鮮血が彼女を汚していく。

嫌悪、憎悪、厭悪。

その時俺は、込み上げてきた恐怖に為すすべもなく呑みこまれた。

「死ぃいねぇえぇぇええっ!!」


        ピーーーーーーーーー

俺の意識は完全に途切れた。

――――――――――――――――――――――――

【第一章】

「......お...い、...~き~ろ!!」

「い...で寝ているの...まったく......」

少女の声が聞こえる。

何も見えない。

真っ暗だ。

...あぁ、僕はいま眠っているのか。
どうやら誰かが僕を起こそうとしているらしい。
しかし、いざ目を覚まそうとしても、それができなかった。
体が動かない。

僕の脳から発せられた強い生理的要求『あと5分』という言葉が電気信号となり、全神経に訴えかけている。
なるほど、そりゃ起きれないわけだ。

「んー...」

困ったような声が聞こえた。

「聞こえてないのかな」

そんなことはない。
さっきよりも、声がはっきりと聞こえてくる。
意識はすでに覚醒しているけど、寝たふりをしているだけ。
できれば、もうちょっとだけ寝ていたかった。

「しょうがないな、お兄ちゃんは」

「......すうっ」と、息を吸い込む音が聞こえたかと思ったら...


「わあっ!!!!!」

「うわっっ!!」
勢いよく上半身を起こした。

___ガッ

「...ったぁ」

鈍い音と共に、おでこから激しい痛みが襲う。
鼓膜を破るほどのうるさい声のせいで、おでこを天井におもいっきりぶつけてしまった。
ジーンと、おでこが悲鳴をあげている。

あ、やばい。
これまじで洒落にならないやつ。
え、骨とか大丈夫かな?

むことがなさそうな痛みに耐えながらも、目の前に佇む天井を睨む。
目と鼻の先に天井があるのは、僕が2段ベッドの上にいるからである。加えてこの部屋の天井は、一般的な高さよりも少しだけ低くい。他の部屋はごく普通なのだが。
子供の頃、両親がぼくたち兄妹のためにと、この2段ベッドを買ってくれた。昔ならギリギリ座れるくらいの隙間があったが(その時点でやばいと思う)、今はもうこの通り、『くの字』みたいに猫背にならないと、頭がぶつかってしまう。

頭部を天井に打ち付けるのは、これで何回目になるだろう。
両手両足の指を使って数えても足りないことにゾッとする。
鼠色の天井が赤く染まってしまうのも時間の問題かもしれない。

「あのなぁ...」

涙目になりながら、ひどい起こし方をしてくださった奴に声をかける。
僕の妹、美咲(みさき)が2段ベットの梯子のところから、ひょこっと顔を覗かせていた。

「もうちょっと、ましな起こし方があっただろう」

美咲は「やっと起きたか」と言いたげな顔をしてからこう切り出した。

「いきなりですが、お兄ちゃんに問題です。デデンッ!」 

変な効果音を加えながら、なにやら仕掛けてきた。

「今は何時でしょーか?」

どんな意図があって、そんなことを言ってきたのかわからなかったが、眠い目をこすりながら考えてみる。

時間...か......
僕はスマホの電源を付けようと腕を伸ばした。
次の瞬間、その腕はピタッと止まってしまう。
スマホへと伸びた僕の腕が、美咲に摑まれたのかと思った。

しかし、そんなことはまったくなく、これはただの『錯覚』に過ぎない。
実際に腕を摑まれてなんていない。
第三者からしたら『僕が意図的に腕を伸ばす動作をやめた』ように見えただろう。
最初はこの感覚に驚いたが、僕は既に慣れてしまった。完全に不本意だけど。

美咲の方を見ると、口を『い』の形をして、ズルはダメだと促していた。

なるほど。カンニングしてはいけないという事か。

今度はカーテンの隙間から漏れだす光に視線を向けた。
その光は、朝方に見るような色ではなかった。
となると...

「えぇっと、5時...くらい?」

「朝の?」

そう言いながら、美咲はずいっ、と顔を近づけてくる。

「いっ、いや。夕方のだ」

慌てて答えた僕の目の前に、スマホ画面を突き付けられる。そこには『16:44』と表示されていた。僕の予想はだいたい当たっていた。
たがそれよりも、何件かメールの通知があったことが気になった。
確認しようと思ったが、すぐさま画面はブラックアウトしてしまう。

それから美咲は「よいしょ」と言って梯子から降りていった。地面に足がつくと、両腕を上にぐっと伸ばし、思いっきり背伸びをした。

「ふぅ......さて、それじゃあ第二問」

まだ続くのか。

「今日は何曜日でしょうか」

これは簡単だった。

「水曜日」

僕は即答する。これは間違いようもない。
すると美咲は『Good』の手の形を作って、「yeah」とネイティブ口調で言った。

え、なにそれ正解なの?

___もしかしたら水曜じゃない? と思ったけど、昨日は火曜日だったわけで。
一日寝過ごさない限り、次の日が木曜日という事はないはずだ。

「それでは最後の問題です」
美咲は人差し指を立てて、話を続けた。
「高校2年の男子生徒が学校にも行かずに家でずーっとゴロゴロしています。その姿を見た妹は、非常に残念そうにしています。ひじょ〜に、ひじょ〜〜〜っに残念です」
そう言って、芝居がかったウソ泣きを披露する。
「ここで問題です。そんな幼気で可哀想な妹に対して、お兄ちゃんは何と言うべきでしょうか」

「......後でケーキ買ってあげる」

「よろしい!!」
ウソ泣きから一変して、美咲は満面の笑みを浮かべながら万歳している。
「約束だよ?」

「はいはい」

「『はい』は一回!」

「...はい」

なんだか情けなくなる。
それに、学校をさぼったことは、確かによろしくない。
まさか寝坊してしまうとは。
そもそも、今日は徹夜で学校に行こうとしていた。

なんでこうなったんだっけ?
勉強のしすぎで、集中力が切れた僕は、10分だけ横になろうとベッドの中に入った。そこまでの記憶はあったが、それ以降の記憶がなかった。

念のためにアラーム設定したはずなんだけどな...。
すぐ起きるために設定した『4:20』のアラーム。そして、もし寝過ごしてしまった時のために設定しておいた『7:15』と『7:20』のアラーム全てが見事に消えていた。
スマホの中に残っていたのは『17:51』に設定したものだけだった。

寝ぼけていて、無意識のうちに消してしまった。そんなとこだろう。
憂鬱な気分だった。
いつもと違い、今日は欠席してはいけない日なのに。

「はぁ...」

ため息をつく僕を見て、美咲はこう切り出した。

「それとお兄ちゃん。今日は高校のテストが始まる日だよね」

そう、大事な日とは期末テストのこと。
なぜ美咲がそのことを知っているのかというと、彼女も僕と同じ公立高校の生徒だからだ。

僕たちが通う学校は、ここ川里市から少し離れたところにある立冬坂という坂を登った先にある。学校周辺の地域は元々人口が少ないうえ、秘境みたいな場所に校舎が建てられてたせいで、在籍する生徒は全学年で100人も満たない(よく存続しているなと思う)。そんで生徒の人数が少ないためか、一年・二年・三年の教室がすべて2階に存在する。1階の方は職員室や会議室だったりと、教師のための部屋がいくつか確保されている。だが、それでも空き教室が3、4部屋存在するくらい、我が高校は生徒不足に悩まされていた。でもまあ、最寄りの駅から10kmも離れたところに校舎を建てた方が悪い。無人駅のせいかバスが通っていないため、駅から徒歩で通う人は滅多に存在しない。その滅多にいないと思われていた生徒が同学年に1人いたんだが、そいつが1年の夏に汗水たらしながら「校長ぶっ〇す」と言った時の顔は今でも覚えている。別に校長は何一つ悪くないと思うが。そいつは去年の1月、別の高校に転校して学校からおさらばしてしまった。正しい選択だと思う。
とまあ色々原因があって、我が高校は生徒不足に陥っている。そのため学年が違えど、ひとつ年の離れた美咲には結構な頻度でエンカウントすることがある。というより、美咲の方から会いに来るのもあるのだけど。

「これでも私は怒っているんだよ?」
先ほどの笑顔とは反対に少しだけムスッと、顔をしかめた。
「お兄ちゃんがしっかりしてくれないと私は心配です」

美咲の言うとおりだ。
テストをさぼるなんて、今時の不良だってしないだろう。

「ごめん、しっかり寝ておくべきだった。あん...」
あんなメールが来なければと、言いかけたがすんでのところで言い直す。
「...いや、なんでもない。お兄ちゃんが悪かった」

僕が素直に謝っていることに、美咲は少し驚いていた。

「あ、うん。...ま、まあ、過ぎたことだししょうがないよね」
そもそも、と美咲は言った。
「お兄ちゃんだけじゃない。起きれなかったのは、私のせいでもあるよね」

美咲はそう呟いて笑ったが......
途端に何か思い出したかのように悲しい顔をした。

その瞬間、あの日の出来事が脳裏をかすめた。
目元を真っ赤にしながら泣く美咲の姿を。

___だめだ。
美咲には思い出して欲しくない。
いつまでもそのことで苦しまないで欲しい。

「...い、いやそんなことはない。これはお兄ちゃんが悪かった。うん、全部悪い!」

何とか話を逸らさなければ。

「...き、昨日電話で彼女と電話してたらなかなか終わらなくて......それで寝るのが遅れてしまったんだ。ははは...」

もちろん僕には彼女なんて大それた人物はいない。徹夜していたと正直に言うのもインパクトが弱いと思い、今時の女子が食いつきそうなワードをちらつかせてみる。

とにかく美咲が、あの事から気を逸らしてくれればいいのだ。

しかし、それからの美咲の反応はすごかった。

「......え?」
美咲は目を見開き、面食らったような表情をした。
「お兄ちゃんって彼女いたの!?」

「え? あ、うん...」

え?
まさかそこまで食いつくとは思っていなかった。

美咲は数秒、凍ったように固まった。
ぽかんと口を開けてる様子はなかなか面白い絵面である。

「亜香里(あかり)ちゃん!? それとも、この前、一緒に下校した人??」

美咲はいつにも増して興味津々だった。
その瞳は宝物を目の前にした子供のように輝いていた。

「同級生......いや、ロリコンのお兄ちゃんなら、私のクラスの人もありえるのかな」

......ん、ん...??
あまりにもさりげなく言うものだから、見逃すところだった。実の妹にロリコンがバレているのはちょっとした事件だ。

「そうすると、加奈(かな)ちゃんとか有希(ゆき)ちゃんも可能性としてありだよね。 他には.......あ! あの子も最近お兄ちゃんとよく一緒にいるよね? 確か名前が、えっと、みな...」

美咲は『考える人』のような顎に手を当てるポーズをとって、必死になりながらも正解のない答えを探している。
長年、一緒にいるけれど、初めて知った。
美咲にはこの手の冗談は通じないらしい。

しかしまあ、咄嗟にでた出任せだったが、話を逸らすことには成功したようだ。
胸のつかえがとれた気がした。

それから僕は、1人で盛り上がる美咲を尻目に、スマホで時間を確認した。
時刻は『16:56』
メールにあったタイムリミットが、刻々と迫ってきている。そろそろ家を出る準備をしないといけない。

「あの、美咲さん?」

ぶつぶつと独り言をつぶやいていた美咲がこっちを向いた。

「もーわかんない、誰なのお兄ちゃん!」

そんな大声出さなくても。

「その、盛り上がっているところ悪いが、少しだけ部屋を出てくれないか? お兄ちゃんこれから着替えて、外に出かけにいくからさ」

「あぁうん、いいけど......」

「悪いね」

美咲は後ろ髪をひかれる思いで部屋から出ようとしたが、ドアの目前で立ち止まった。
そして振り返り、納得していない表情を僕に向ける。

「やっぱりモヤモヤする! 彼女って誰なの? お願い、それだけ教えてよ」

どうやら、気になって気になってしょうがないらしい。
そこまで真剣になるとは思ってもいなかった。
既に美咲は例の事を忘れているだろうし、そろそろネタバレしてもいいのかもしれない。
でも、美咲は怒るだろうなあ。

「ごめん。さっきの嘘」

僕の言葉に美咲はきょとんとする。

「嘘って...なにが?」

「その...彼女がいるってこと。僕には彼女なんていない。ほんとは徹夜して寝坊しただけなんだ」

頭を下げながら、ありのままを美咲に伝えた。

「......」

返事がなかった。
無言になられるのが一番恐ろしい。
美咲のためにと思って言ったことでも、彼女からしてみれば嘘をつかれたことには変わりない。
それに、この前も徹夜したことで注意されたばかりだから、きっと美咲は怒っている。
沈黙に耐えられなかった僕は、ゆっくりと視線を上げ、美咲の姿を捉えた。

「.....そっか」

しかし、その時の美咲は何故かホッとしたような表情を浮かべていた。けどそれは、長年兄である僕でしか気づけないほどの、わずかな表情の変化だった。

そして美咲は「次からは気を付けてね」と、優しく僕のことを叱った。

その姿を見て、胸が痛んだ。
あぁ、やっぱそうだよな。
あの日から全てが変わってしまったんだなと、再度、認識させられる。
もうどうあがいたって、過去には戻らない。
僕がしっかりしなければ......

「ごめん。一人でもやっていけるって言ったそばから......」

わざわざ隠していたことを言葉にして謝った。

そんな僕を見て、美咲は慌てた様子で両手を横に振った。

「い、いいよいいよ、気にしないで。さっきも言った通り、私にも非はあるから! いつもだったら毎朝、私がお兄ちゃんを起こしてるもんね」
ただ、と美咲は言う。
「私がいなくても、ちゃんと学校には行くこと! 特にテストのある日なんてもってのほか!」
僕に人差し指を立てて、わかった?と言った。

「ああ。わかった。欠席したことは、明日、諏訪すわ先生に謝りに行くよ」

謝罪の言葉を述べて、僕は身体を起こした。


___ゴッ

「っぐえ!」

またしても、天井に頭部をぶつけてしまう。
雑魚キャラが出すような変な声が出てしまった。

それを見た美咲はぷっと噴き出す。

「もう、お兄ちゃん」

安心したような表情を浮かべてから、美咲は僕の部屋を後にした。

僕の妹である美咲は、美人でとても面倒見のいいやつだ。
腰まで伸びた黒くてつややかな髪が印象的で、身長は一般女性の平均くらい。ぱっちりとした目から幼さを感じられるが、どこか大人の女性という感じもする。
加えて、誰に対しても優しく人に好かれる性格をしていたため、学校では相当モテていたと思う。

両親がいない僕たちはいつも協力して生活をしていた。美咲は毎朝、僕のことを起こしに来てくれて、二人で朝食を作り、一緒にいただきますの挨拶をした。
皿を洗い終わったら制服に着替え、両親の遺影に線香をあげてから一緒に登校した。
学校が終わると校門で待ち合わせをし、時には手をつなぎながら家までの道のりを歩いた。

――――――――――――――――—

「お兄ちゃん!」

夕暮れの中、先を走っていた美咲は振り返り、はにかんだ笑顔を僕に向けた。

「たまにはアイス買ってよ」

小学校の子供たちが集まるような駄菓子屋で、美咲にアイスを買ってやった。
駄菓子屋の前に1つポツンと置かれてある古びた青いベンチに二人腰掛ける。
田んぼの水に反射した夕日が楕円の形を崩しながらゆらゆらと揺れている。遠くからは線路を走る電車の音と、セミ達の鳴き声が聞こえてきた。

「はい」

美咲はそういうと、真っ二つに分かれたダブルソーダの片方を僕に差し出した。

「ん、ありがと」

アイスを食べ終わると駄菓子屋の店主にさよならの挨拶をして、また手をつなぎながら家までの道を歩いた。
そんな至ってありふれた日々を僕と美咲は過ごしていた。


だけど、美咲は4日前、突如として亡くなってしまった。
そして、どういうわけか幽霊となって僕の前に現れた。

「ねぇ...お兄ちゃん......」

目の前に現れた美咲はにっこりしていたが、その表情はどこかぎこちなく、ポトポトと涙をこぼしていた。

「私、死んじゃった」

―――――――――――――――――――――――

外着に着替えてから忘れ物がないか確認する。

「ところでお兄ちゃん。これからどこ行くの」

玄関前で靴を履こうとしている僕に、美咲は声をかけた。

「ちょっと出かけるだけだよ」

正直な話も気が引けるので適当に流す。

「散歩......ってわけでじゃないけど、そこら辺をぶらつく予定」

「それを散歩って言わないっけ?」
くすくすと美咲は笑う。

そうだなと、苦笑いしながらも玄関の戸を開ける。静かに吹いた生温い風が僕の前髪を揺らした。
夏の真っただ中。
時刻は5時過ぎ。
夕方の空はきれいな夕焼け色に染まっていた。
数匹のカラスたちが電線の上でうるさく鳴いている。

僕たち兄妹はこんな夕暮れの日によく買い物に出かけたものだ。
夕食を買いに行くだけと言っているのに、美咲が大量のお菓子を持ってきて、そのたびに僕がそのお菓子を何度も棚に片づけていた。
レジで会計をしていると、3つほど余分にお菓子があることに気づき、美咲はニヤリと笑っていた。
......そんなやり取りさえもうできないのか。

玄関の方に振り向く。美咲はすぐそこにいるのだが、家の中はまるで人の気配を感じさせなかった。

『ああ、今この家は留守なんだな』

僕以外の人が見たらきっとそう思うだろう。しかし例外である僕には可笑しなことに妹の姿が映って見える。

「あのさ、お兄ちゃん。散歩って言ってるけど」

美咲は少しためらってから言った。

「ほんとは、違うんでしょ?」

「......」

意表を突かれ、僕は黙ってしまう。
どうやら、何か感づいたらしい。

「お兄ちゃんのその優しさだけで私は十分だよ」

どこか悲しそうな声だった。
その言葉を聞いて僕はなんて返事をしようか迷ってしまった。

「ぼくは......」


―――――――――――――――


____美咲が幽霊になって現れた時。
滅多に見せない妹の泣く姿を見て、僕は無意識に抱きしめようとした。
だが、伸ばした腕は何事もないように美咲の身体をすり抜けた。

「え...」

振り返る。
僕の瞳は、美咲の姿をくっきりと映し出している。もう一度、手を伸ばしてみた。
しかし、その指先はむなしく空を切るだけだった。
頭が真っ白になった。
呼吸することも忘れて、震える手を凝視した。
喉に溜まった唾を飲み込む。

「まじ、か」

体中から変な汗が滲んでくる。
理解できてしまった。
理解してはいけないことを理解してしまった。

どうすればいいのかわからず、とにかく警察に電話しようと、震える手をスマホへ伸ばす。
すると突然、全身が岩のように固くなり、身体を動かすことができなくなった。

「...ごめん。私のことはいいの」

僕の口が勝手に動いて、言葉を発した。
またしても摩訶不思議な出来事に対して思考がフリーズしてしまう。

「うん。お兄ちゃんには......わけがわからないよね」

どうやら僕は美咲の言葉を発しているらしい。
僕の身体は依然として硬直したままだ。眼球も微動だにして動かせないけど、ついさっき視界の中に捉えていた美咲の姿がそこには存在していなかった。

ここでやっと、僕の身に起きていることが理解できた。おそらく美咲が僕の身体を乗っ取っているのだ。フィクションの世界だけの出来事が現実の世界にも影響を及ぼした。

「ごめんね...ごめんね......」

僕の瞳から涙が溢れてきた。
美咲は僕の両手を使って、こぼれる涙をぬぐっていたけれど、収まる気配はなかった。自分が自分でないような感覚がすこぶる気持ち悪かったが、今はただ、たった一人の妹に好きなだけ泣かせてあげたかった。


時間が経ち、美咲が泣き疲れた頃には、僕の身体の拘束は解け、思い通りに身体を動かすことができた。僕たち2人は目元を真っ赤にさせながら2段ベッドに背中を預けて座った。
美咲の方に視線を向ける。
美咲は体育座りの格好で腕の中に顔を隠していた。すると、弱々しい声で「お兄ちゃん」と言った。

「ん、どうした」

「あのね、私が死んじゃった事、誰にも言わないでくれるかな」

「......どうして?」

「理由はないよ」

「ないのかよ」

「うん、理由はない。......いや、あるかも」

「どっちだよ」

美咲は顔をあげて、えへへっと笑った。

「うそだよ、なんでもない」

「なんでもないのか」

「そうだよ、何でもない。」
だからね、と美咲は言った。
「お兄ちゃんにはいつも通り過ごしてほしいな」

さすがに我慢できなかった。

「そんな! そんなの、無理だろ......」

妹の身に何かあったとして、何もしない兄がどこにいるのだろうか。

「だよね、お兄ちゃんは優しいもんね」

「...親がいないんだから当たり前だろ」

「うん、わかってる。でもね、それでも。お兄ちゃんは私のヒーローなんだよ」

「ヒーロー?」

不意に強い風が吹いた。
窓のカーテンが大きく揺れる。
そこから差し込む夕日の光が、僕の部屋を淡いオレンジ色に染めあげていた。

美咲はよいしょと言って腰を上げる。
それから僕の目を見て、訴えかけるように懇願した。

「だからお願い。お兄ちゃんは私のことなんか気にしないで、自分の好きなように生きてほしい。私がそばで見守ってあげるから」

その表情は真剣そのものだった。
今思えば、美咲のお願いとあれば叶えてあげる他、選択肢はなかったのかもしれない。悩んだ挙句、僕は答えを出した。

「......ああ、わかったよ」

「ありがとう、お兄ちゃん」

美咲はよかったと呟いて、優しく微笑んだ。


―――――――――――――――――――――――


「お兄ちゃん?」

その言葉に我を取り戻した。

「......え」

「いきなりぼーっとしないでよ」

「...あ、ごめん。ちょっと考え事をしてて」

「もう。たまに抜けてるときあるよね」

美咲はくすくす笑った。
そして、何かを納得したように「わかった。私は家で待ってる」と言った。

踵を返した美咲の後ろ姿を眺めながら、僕は「ごめん」と、誰にも聞こえない声でぼやく。
きっと美咲は気づいているんだ。
後ろめたさを感じながらも僕は家を飛び出した。

家から10分ほど歩いた。

「場所はどっちだっけか」

右ポケットから取り出した小さな地図には3つの×印とその近くに特定の時間が書かれてある。昨晩、眠い目をこすりながら作った地図。もちろん、あんなインチキめいたメールさえ来なければ、遅刻もせず学校のテストを受けていたことだろう。

「おーい!また明日なー!」

サッカーボールを手にした1人の少年が僕の前を通り過ぎた。その少年がやってきた方向には、服を泥で汚したもう一人の少年が腕を大きく横に振っている。

「明日は学校遅刻するなよー!」

「わーってるって!じゃあなー」

一瞬、自分に言われたのかと思って苦笑いする。
少年たちは別れ言葉を最後に、どこかに向かって走っていった。おそらく少年の帰りを待つ家族のもとに帰って行ったのだろう。
2人の少年が見えなくなってから、もう一度地図を見直した。
目的の場所は歩いて30分くらいのところ。地図を右ポケットにしまい直す。

「よし。行くか」

目的地に向かって、一歩足を踏み出した。


―――――――――――――――――――――――


美咲は4日前、僕の知らないところで死んでしまった。

不思議なことに、どのテレビ番組でもこの事件については一切報道されていなかった。もちろん、新聞やネットの情報も含めてだ。美咲自身もなんで死んでしまったかわからなくて記憶が無いらしい。死んだ原因がわからない。そういう点から考えると、突然の事故に巻き込まれたという説が浮かび上がる。しかし、だとしたら目撃情報だってあっていいはずだ。ここが田舎だということもあって人目が少ないにしても、何ひとつ情報がないという事があるのだろうか。それとも、偶然ではなく意図的に殺されたか。
ひどい話だ。
それなのに美咲は自分のことは気にしないでと言っていた。
正直そんなのは無理な話だった。
美咲がいる前では、それこそいつも通りに振る舞っているが、陰では血眼になって事件の真相を突き止めようとした。だが、めぼしい情報ものは一切掴むことができなかった。
だが、それとは別にここ3日でわかったことが少しだけある。どうやら僕が寝ている間、幽霊である美咲の存在は消滅しているらしい。このことは美咲本人から聞いたことだ。僕の眠気が浅くなるのと同時に、この世界に現れるのだという。また幽霊も眠たくなることがあり、存在が消えている時とは別で睡眠をとらなくてはいけないと言っていた。現に今も2段ベッドの下でぐっすりと眠っている。
こういう時こそネットでいろんなサイトを見て回るのだが、やはり目当てのものは何も見つからなかった。

椅子の背もたれに体を預け腕を大きく上に伸ばす。

「はぁ...」

ノートPCを閉じて、別の作業に取り掛かる。
本棚から数冊教科書を取り出し、新品のノートに暗記すべきところを書き込んでいった。
本当はこんなことしてる場合じゃない。
しかし、明日は期末テストがある。
『いつも通り過ごす』と約束したからには、やはり美咲の前では演技をしなければならない。
今まで通りの点数と言わないまでも、せめて学年の平均くらいは取るべきだろう。
渋々始めた勉強だったが、タイミングが良かったのかすんなりと集中することができた。

数時間経った頃、突然スマホの着信音が鳴った。

「ん」

画面を開くと、メールが1通届いていた。
メールの送り主は、幼馴染の亜香里あかりからで、『風邪は大丈夫?』とのことだった。
そう、僕は今、風邪を引き起こしたというていで、3日前から学校を休んでいる。美咲の死に対して気持ちの整理がつかなかったからだ。
もちろんこの事は誰にも言っていない。
学校側や友人からは2人仲良く風邪になったという事になっている。
いつかバレてしまうのは明らかだったが、その時までは美咲の言うとおりにしようと思った。
今では幽霊として僕の前にいるけれど、それがいつまでも続くとは思っていない。
よくある話じゃないか、幽霊になった人はいつか成仏して消えていくと。
美咲もそうなりそうで気が気でなかった。

メールをもう一度見返し、文字を入力した。
「明日には学校いけるかも。心配かけてわるかった」と文章を綴り、返信のメールを送る。
すると、メールを送ったタイミングで、また誰かからメールが送られてきた。

「今度はだれだ?」

メールの履歴にはいろんな人からのメールがあったが、一番上に表示されていた送り主の名前は初めて見るものだった。

「デビル?」

英語で『devil』とそこには書かれていた。

つまり、悪魔ってことか?

雄介からのイタズラメールを除けば、久しぶりにこんなメールをもらった気がする。もらったっていう表現もおかしいと思うが。

もしかしてこれもあいつが送ってきたもか?

興味本位でメールの内容を確認すると、そこには思っていたよりも奇妙なことが書かれてあった。


「【hint】
201607181751/33°43'34.2"N 133°32'02.3"E
201607191237/33°44'07.9"N 133°31'54.8"E
201607202010/33°45'14.1"N 133°35'41.5"E」


......ヒント?

おそらくそのままの意味でとらえていいだろう。
しかし、だ。
他のことに関しては、一見しただけではわけがわからん。

このまま削除してもよかったが、あることが頭に浮かんで来た。

もしかすると、このヒントって...

「美咲の死について...なのか?」

スマホ画面の文字列を見返してみる。

...

......

...........あれ。あ、もしかしたら。

『/』より後ろの部分はどこかで見たことがある羅列だった。見たことがあるだけでそれ以上の情報は得られそうになかった。

早速スマホを開き、偉大なるグーグル先生に頼んでみる。
手始めに、一番上の羅列をコピペしてみた。
すると、どこかの道路が検索結果として出てきた。

「これ、近所の道路だ」

僕の家から歩いて30分くらいの場所だった。何の変哲もないただの道路。周りには生い茂った草や木がたくさん生えていた気がする。人通りが少なく、僕も通ったことがない道路だった。

なんでこんな場所を?

残り2つも、僕の家からわりかし近い場所を示していた。

......あっ。
最初の数字の羅列の意味が急に分かった。
どこかの場所ときたら、きっとこの数字は日付を表している。一番上の方から確認してみる。
つまり、『201607181751』ていうのが『2016/07/18/1751』という風になるはずだ。きっと最後の『1751』は『17:51』の時間を示しているのだ。

......

「はぁ」

で、ここの場所に来いと?
解いてみればあっけないものだったが、ちょっとの暇つぶしにはなった。
しかし結局のところ、いったいこれが何を示すのかはわからないままだ。
冷静に考えれば、これが美咲の死に関係あるかどうかもわからない。
前みたいに、雄介から送られた、ただのイタズラメールなだけかもしれない。

一番近い日付は、翌日の夕方を示していた。
明日のテストが終わってからでも十分に時間はある。
それならば先に手を付けないといけないのはテスト勉強の方だ。
シャーペンを右手に、ノートに字を書き始める。
時刻は『00:45』を指していた。
時計の針が夜中特有の静かさの中で、規則的に音を奏でていた。

時間を忘れて勉強に集中していると、再び着信音が鳴った。

......またメールか。

時刻を確認する。
時計の針は『02:51』を指していた。
結構時間が経っていた。
勉強の疲れがたまっていたので背伸びをする。ずいぶん長いこと同じ姿勢をとっていたから、背伸びするだけでもだいぶスッキリした。

果たして、スマホに表示されていたメールの送り主は...

「悪魔、ねぇ」

こんなメールを送る人物は余程の暇な奴に違いない。
スマホのパスワードを解いてメールの確認をする。
今度は何も文字は書かれていなく、一枚の画像が添付されてあるだけだ。

いったいなんなんだ?

添付された画像を開いた。


「......」

言葉がでなかった。

目の焦点が合わなくなる。

にじみ出てきた冷汗が背中を伝う。

「なんで...なんだ? これは」

そこには、幼いころの僕と美咲、そして両親が写っていた。
僕たちの家を背景に僕と美咲は肩を合わせながらカメラに向かってピースをしていて、両親はその脇に立ちながら微笑んでいる。そんな写真だ。
今もこの部屋に同じ写真が飾られてある。
大切に、大切にしてきたものだ。
しかし、僕の持っているそれと違うところがあった。
美咲以外の僕と両親の顔に、意図的と思えるような赤い×印が刻まれてあった。


――――――――――――――――――――――

続きはこちらです。

2話<https://note.com/ketsuago3sei/n/n78f7967f96bd


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