大蛇足

 主として自分用の雑記。

 例の「男だけだと入店できないレストラン」を差別問題として捉えるのは、あまり妥当ではない。一般的に、私企業には大きな裁量権が認められており、ことに個別の飲食店などは運営方針をお上にとやかく言われる筋合いではないからだ。食品衛生法とか消防法とか、そういう安全のための規制はともかく、店のコンセプトや商売方法は原則的に自由である。

 刺青の客を断るプールや温泉を筆頭に、店の雰囲気に合わない服装の客を断るレストラン(これは生得的な属性によるものではないが、店の裁量の大きさを示す典型例である)、個人経営レベルで言えば、おやっさんが「アンタみたいなヤツは客じゃねぇ!カネは要らん、帰ってくれ!」とブチ切れる事だって出来る。

 もうちょい穏当な例で言えば「大人のお客様には、お子様ランチはお出しできないんです……」と申し訳なさそうに断るデパートの食堂もあるだろうし、「申し訳ありません、本日は敬老の日にともないシルバーデイでして、65歳のお客様だけになっているのです……またの機会に、ぜひ!」と頭を下げる店もあるだろう。そりゃ店の方針なんだから仕方ないのである。

 実は、「男女」「国籍」「人種」「民族」などによる入店制限に対して、強制力をもって罰則つきの介入をするための根拠法は無い。女は同じ労働をしても賃金が安いといったような雇用に関する法令はあるが、商売における客の扱いに関しては、憲法や条例に「何人たりとも差別ダメ」「みんな、努力しようね」と精神論が書いてあるだけで、あとは事業者側の裁量次第なのだ。

 この、事業者側の裁量で行われている物として、通勤ラッシュ時における「女性専用車両」という名の、女性優先車両などがある。これは別に、「男を排除する法的根拠がある」という話でもなく、さりとて「男に『ご理解とご協力』を求めることを禁止する法的根拠がある」という話でもない。ぶっちゃけ、男でも乗っていいし、それを見た車掌が「お客様、ご理解とご協力を…」と申し出てもいい。どっちも合法である。合法vs合法の中で、社会の道義的に「痴漢被害などに悩む女性の緊急避難」を優先するか「混雑時に性別を限ったサービスをする不公平性の是正」を優先するかという価値観の違いなのだ。

 一方で、かつて小樽温泉入浴拒否問題裁判という物があった。外国人利用客のマナーの悪さに業を煮やした温泉施設が、外国人入浴禁止を打ち出したところ、訴訟を起こされたのである。原告は「外国から帰化して日本人となった、遺伝的・外見的には外国人っぽい日本人」であり、国籍を理由とした拒否ですらなく人種差別である、入浴拒否は人格権という重大な利益の侵害で、経営上の理由から差別の合理性を根拠づけることはできない、と主張。判決は「(マナーなどで問題を起こした客はともかく)外国人あるいは外国人にみえる者の入浴を一律に拒否するのは人種差別に当たる不法行為」として原告勝訴・温泉施設敗訴の内容であった。これを見ると「属性によって入店を完全に禁止すると、ガチ裁判になった時、コトの性質や理由の合理性有無によっては、差別と認定される可能性がある」と言えるわけで、要するに多くの事業者が「一律拒否ではなく、“店の裁量”として容認されるであろう程度の条件付きです」「一律禁止ではなく、“ご理解とご協力”をお願いしております」という形で、まぁ、モニョモニョさせているわけである。

 この「モニョモニョさせている」部分について、ナントカ法に抵触するから罰則を与えるべきだとか、憲法に反するから処罰すべきだとか、そういった「差別」の観点で語ると本質が見えにくくなるのではないか。事業者側もアホじゃねぇんだから、ギリOK、なんとかセーフのラインを突いているに決まっているのだ。世論の高まりにより「そういうのも違法化する新しい法律が出来ました」となれば話は別だが、現行法でOKじゃなけりゃ店も着手しないでしょうよ。


 問題は「差別」ではなく「疎外」なのだ。


 女は来るなと銘打ってはいないが、事実上、男専用の店や施設は腐るほどある。典型例で言えば性風俗店や、女性スタッフによる接待を伴なう飲食店。別に女性入店禁止とは言ってないけど「事実上」男専用だったりする。

 もちろん、男は来るなと銘打ってはいないが、事実上、女専用の店や施設もある。ホストクラブから女性用下着店、あるいは化粧品店だって「事実上」女専用と認識されている場所は少なくない。

 これらは、件のイタリアンと違って性別による入店拒否を明言していない。明言していないが「事実上」そうなっているわけで、明確な差別的扱いに対する世間の目が厳しくなった(結構なことだ!)時代背景を受けて、明確ではない空気のようなもので「いや、アンタを入店させないって規則があるわけじゃないが……わかるだろ?空気読めよ」が温存もしくは蔓延しているのだ。

 それが一概に悪いとは言わない。アニメ専門店にはニワカが近寄りがたい空気があるし、デスメタルのライブ会場には素人が入りにくい雰囲気があるし、一流ホテルの喫茶室には貧乏人を寄せ付けないオーラがあるもので、「ダメとは言わないが、空気読めよ」で社会における円滑な住み分けが形成されている部分もある。だが、自分が空気を読まされる側、空気を読まされた上に排除される側になると、不満を感じるのも事実だ。

 つまり差別ではなく疎外。仲間外れにされた、ハブられた、冷淡に扱われた、そうした「見えにくくなった差別“的”扱い」がムカつくのだ。

 これはハッキリ言って、「女子供は、すっこんでろ!」な空気が支配的な“一般的な場所(飲み屋とか)”の方が世の中には多く、「男は邪魔だから来るな!」な空気は、比較的、もともと男に需要のない“特殊な場所(たとえば下着売り場とか化粧品店とか)”であることが多いように思う。根拠は霊感。

 ゆえに、もはや女性差別に関わる話は「制度上、明言している差別」よりも「漠然とした、疎外の空気」「見えにくくなった“空気よめ”的な扱い」との戦いになっているし、男性への差別として語られる事例は「いや合法だけど、ハブられたり、ぞんざいに扱われると気分悪いよね」という水準の話だったりする。

 インターネッツにおいては、よく「オタク差別にあたるのでは」という事象も指摘されるのだが、あれも多くの場合は、制度上の差別や、明言された差別ではなく、「なんか馬鹿にされてムカつく」「どんだけオタに冷淡なんだ貴様ら」という疎外感・仲間はずれ感・軽んじられてる感が問題なのであって、疎外こそが問題なのにコトの焦点を「差別」という語に集約させるのは、あまり適切とは思えない。いわゆる「キモくて金のないおっさん」等は制度的に差別されているわけではなく、社会から軽んじられていると感じてしまう「疎外」こそが真の敵だし、なんか馬鹿にされててムカつくという感情を日々増幅させてしまうのだ(これ、結構深刻だと思っている。制度や法じゃ改善できないんだもの)。


 まあ、ともかく、政治闘争みたいな文脈で語ってばかりいると、相手をブチのめすために「差別だ」というマジックワードを使いたくなるものだが、もはや多くの差別は見えにくい形、漠然とした空気みたいな「疎外=仲間はずれ・軽んじられてる感」に姿を変えちゃってるので、いまや政治闘争ですら効果のない、漠然とした空気を変えていくにはどうするか、という局面なんだよなー、という雑感。

 だもんで、今回のイタリアンに関しちゃ、きょうび珍しいぐらいハッキリ主張してるなと感じはするものの、あんまりムカつきはしないというか、軽んじられてるって感は、あまり無い。どっちかというと「キャバ嬢なども含め、歌舞伎町の女はカネを持ってるから吸い上げろ」とか「もはや男の客だけじゃ街に落ちるカネは増えない、女も呼び寄せろ」みたいな、結構ハードな商魂を感じるんよ。

 ま、そんな漠然としたメモです。はい。

 


 


 

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

12
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。