「部下が全員働くママになったら、私の残業時間が減った」について

 「1億総活躍」をスローガンに、女性を産業の尖兵として利用する動きが進んでいるようで。ことに「働くママ」の増加は、少子高齢化にともなう労働力不足を補い、共働きが当たり前になれば労働者一人あたりの賃金抑制や増税を進められるので、「ダンナ1人で家族を養える給料をよこせ、税金は上げるな」と主張されるよりも都合がよろしい。「働くママさん、仕事でも輝きましょうね!もちろん、お給料も貰えるから家計も大助かり!」と煽れば乗って来るんだから、そら政財界とも煽りますわいな。本気で「輝こう!」なんてことを考えてないのは、保育所不足やら伝統的子育てやらの推奨、女性管理職の割合、20年近く横ばいのまま上がらない賃金を見てりゃ分かる話で、「安く使える労働力」の対象が、男のみならず女まで拡大されたってだけの話である。

 ま、とはいえ、仕事を通じて社会に貢献し、達成感や賃金を得るのは悪い話ではない。特に己の活躍が高く評価され、その対価として受け取れる金銭が増えたり、ビジネスにおける裁量(それはつまり、働き方の自由度が上がるということだ)が増したりするのは喜ばしいことである。


 そんな中で、「働くママが活躍できる職場は、他の人にとっても居心地の良い職場である」という概念が台頭してきているようだ。これは、以前「女性が働きやすい職場は(以下同文)」と言われていたのと相似形で、実際、前近代的・封建的な社風よりも好ましいのは事実。ことに子育てと仕事における活躍を両立できるということは、介護や趣味とも両立できる余裕や、それを認める気風がある職場だということで、世の企業はそれを目指し、より良いあり方を模索していく必要があるだろう。

 ここまでは良い。

 ここまでは良いのだが、昨今やや気にかかるのが、「女性の活躍=賃労働における生産性の高さや階級」という捉え方になりつつあるような印象がある点。なんかこう、「仕事で活躍してこそ一人前」みたいな?

 あのねー、仕事なんて「家庭」「友人」「趣味」「仕事」「地域活動」など、人生を形づくる色んな要素の中の一つでしかないわけですよ。暮らすための賃金を得るべく最低限の仕事をして、仕事終わったら友人と趣味の世界で充実した時間を過ごす……みたいなのでもいいんだけど、なんか、うん、はい。


 ま、今回のエントリにおける主眼は「女性がウンヌン」ではないので、その辺は置いておきます。企業社会では出世するほど偉いとか会社に利益をもたらすヤツが偉いといった価値観があるけれど、それは自分の人生においては一要素でしかないから、あんまり視野狭窄を起こさないようにね、程度。言われんでも分かってる人が99%だろうけど。

 


 さて、今回のエントリで指摘したいのは、企業における労働者の過労死事案が久方ぶりに注目を集めて以降、SNSなどで散見される声に違和感を禁じ得ないという点。思うに、「仕事で高い成果をあげなければならない」「さりとて過労は良くない」といった価値観から出てくる発想なのだろうが、「業務改善で仕事を効率化」という幻想に逃げる人が増えているのだ。

 ツイッターでは「俺が入社した時は残業が多かったが、スクリプトを汲んで業務改善をしたら一気に問題が解決した」なる声もあったし、こちらのブログ記事も基本的に同じ論旨である。


部下が全員働くママになったら、私の残業時間が減ったという話


 これをお書きになった方は、おそらく「働くママは、無制限の残業を出来ない。しかし業務改善により仕事を効率化する力があり、生産性はあがった。だから働くママを活用できる企業体質にすべきだ」という持論をお持ちなのだろうし、先に述べたように「子どもがいても働け、労働力を供給し、ダブルインカムによる錯覚で、労働者1人あたりの賃金が抑制されていることに気づくな」は国策である。だから働くママの労働市場への参画は進む。だが、「業務改善で効率化すれば仕事が楽になる」は幻想なのだ。

 いや、この方のエントリが嘘だと言っているわけではなく、おそらくは、こうした貴重な成功体験をお持ちの方なので、学ぶべきところは多かろう。しかし「一回でいいからマルクス読んでみろ」と言いたくはなる。

 効率を増せば増すほど、労働1単位あたりの価格は安くなるのだ。

 簡単に言えば「1日かけて1枚の書類を仕上げるヤツ」と「10枚仕上げるヤツ」だったら、後者の方が資本家にとって都合のいい、安く使える奴隷である。給料は倍ぐらい貰えるかもしれないが、それにしたって労働単価は5分の1だ……ってのは超カビの生えた理屈で、流石に今の時代にそのまま適用できるものではないけれど、もっと単純に考えて「ヒマしてる奴を遊ばせておく経営者」なんて、おらんでしょ。


 生産現場が「これまで1つ作るのに8時間かかっていた物を、業務改善により4時間で作れるようになりました!」と言うなら「じゃあ8時間で2個作れ」となるし、営業マンが「12時間で平均4件の商談をしてましたが、3時間で出来るようになりました!」と言うなら「じゃあ12時間で16件の商談をしろ」となるし、件のブログ記事にあるような経理部門が「残業ゼロになりました」というなら、人数を減らすことになる。

 俗に、労働者を1人雇用するには、保険やら年金やら手当やらで給与の倍額掛かると言われるが、そう考えると合計800時間の仕事を160時間×5人でやらせるより、200時間×4人でやらせた方が経営効率が良い。1人あたり40時間分は単価1.25倍になるが、追加で1人飼っておくよりは人件費が安く済むのだ。小学生レベルの掛け算が出来れば分かる話だが、「残業ゼロ」を何人も雇うぐらいなら、1人か2人のクビを切るなり配置転換して他の仕事をやらせるなり……というのが経営側の発想である。経理が残業ゼロになれば「働くママさん経理課員をもう一人雇おう」でという発想にはならんわな。5人でやってたら「4人で充分だろ。1人削れ」が妥当な経営判断だ。

 

 携帯電話やメールやエクセルの普及で30年前に比べ業務効率は上がった。だが、我々は楽になったのだろうか?「効率的な業務を、沢山やれ」と言われているだけだろ?


 なんでか知らんけど、自分の能力に少し自信がありそうな人に限って「100の業務を10時間でやってたけど、業務改善すれば5時間で出来る!これで過重労働問題は解決だ!」と言いたがる人が多いのだが、業務量が一定だと考えている時点で現実離れしていると言わざるを得ない。効率は上げろ、労働時間は減らすな、これが基本なのだ。多くの労働者で分担するより少ない労働者で残業させた方が(サビ残は無しでキッチリ残業代を払っても)安く済む、と。だから日本は自殺者が出るほど労働量が多く、自殺者が出るほど無職が多い。分担させると経営効率が悪い。

 って考えると、解決策はシンプルですやん?


 「経営者が、気合いを入れて過重労働問題に取り組む」って精神論と、「残業代を通常労働時間より、めっちゃ割増にする」という制度論。そうすりゃあ、少人数に無理させるより追加で人を雇った方がいいよね……って話になりますわな。国が雇用の支援金を出したりすりゃさらに効果的。

 ま、他にも、子育て中は午前と午後でワークシェアリングして103万の壁やら106万の壁やら130万の壁やらを意識しつつ上手くアレコレする方式もあるけど、これはパートタイマー前提の制度なので、たぶん「バリバリ働くママさん」のイメージと違うかもね。


 いずれにせよ「業務改善で残業問題なしに!」ってのは基本的に幻想だ。

 

 だから俺はダラダラやる。カントリーマァム食いながら。裸で。

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