『愛ちゃん』じゃねえだろ、『福原愛選手』だろ

<お前は福原愛の何なんだ>

女性アスリートをファーストネームで呼ぶ風潮が好きではない。

「愛ちゃん、決勝進出」「真央、メダルに意欲」などの表現だ。

野球のイチローやサッカーのカズに対する、敬意を込めたファーストネームと異なり、どこか、娘か妹として扱うような上から目線を感じるのがその理由。無論、浅田姉妹のどっちなのかを分かりやすくするためなどの理由はあろうが、かつて某タレントさんが「真央ちゃんは早く彼氏を作ってエッチしないと、女としての表現力が身につかない(大意)」といった趣旨のツイートで炎上したことからも垣間見えるように、女性アスリートを「お嬢ちゃん」として評するような空気を感じてしまう。

 件のタレントさんのツイートは炎上し謝罪に追い込まれたが、肌感覚として、そのタレントさんが、世間一般の感覚とそう乖離していたとも思えない。10代・20代で活躍するアスリートは多くの国民よりも年下で、長幼の序に重きを置く本邦においては年少者として上からアレコレ言われがちだ。ことに女性選手となると、スポーツ素人の年寄りが「自分の方が年を食っている」ということだけを根拠に、ウブなお嬢ちゃんに対して人生訓を語るような光景がそこかしこに見られるのだ。本来、吉田沙保里選手のように、その枠外に飛び出した「偉人」として扱われるべきなのだが……

 という、そんなモヤモヤの典型例が「愛ちゃん」である。

 オリンピックに4回も出場してメダルを獲得、本場・中国のプロリーグに単身乗り込んで10年以上トップアスリートとして活躍してきた27歳の選手に「愛ちゃん」も無いもんだとは思うが、五輪に出ても結婚しても、「愛ちゃん」は「愛ちゃん」なのである。


<日本の女子卓球がどんだけ凄いか>

 卓球の世界ランキングを見て欲しい。


卓球世界ランキング  2016年 9月度 


 ご覧の通り、国策スポーツとして国を挙げて卓球に取り組んでいる卓球王国・中国の独壇場である。シンガポールの馮天薇は中国生まれの中国育ちで21歳の時にシンガポールに帰化、ドイツのハン・インも同様、韓国の田志希も、シンガポールのユ・モンユも、オランダのリー・ジエも、オーストリアのリュウ・ジャも中国出身の帰化選手である。

 流石は卓球人民共和国、強すぎるなぁ……という中で、上位ランカーを次々と輩出してガチで挑んでいるのが日本の女子卓球だったりする。無論、ブラジル出身のサッカー選手が各国に帰化するように、優れた選手を各国が受け入れることでて競技レベルが上がっていくのは悪い話ではないが、ともかく日本の女子卓球は、サッカーで言えば「ブラジルと闘える唯一の勢力」、バスケで言えば「アメリカに勝てるかも知れない唯一の国」として、世界のトップで闘っているわけだ。

 で、この先頭に立ってきたのが福原愛であり、17歳にして単身中国に渡り、卓球王国のトップ選手たちと10年以上闘いつづけてきた歴戦の戦士なのである。もはや生きる伝説、卓球界のレジェンドとして扱われてもいいのに、五輪に出てもメダルを取っても結婚しても、「愛ちゃん」。これは一体どうしたことだ。


<もはや“さかなクン”に近い、“愛ちゃん”キャラ>

 幼稚園のころから、「天才卓球少女・愛ちゃん」「泣き虫愛ちゃん」としてメディアに引っ張りだこだった彼女は、「愛ちゃん」というキャラクターとして親しまれている。これは、東京海洋大学の宮澤正之客員准教授、が「さかなクン」として知られているのに似た現象で「人間・福原愛」「アスリート・福原愛選手」とは乖離したキャラクター「卓球少女・愛ちゃん」としての理解が世間に広まっているのだ。童顔であることが、それに拍車をかけている。

 彼女がタレントじみたキャラクター「天才卓球少女・愛ちゃん」として盛んに露出した背景には、多少なりとも家庭の事情が垣間見える。彼女の兄が卓球をはじめたことで、卓球経験者の母親は息子にかかりきりになり、それをきっかけに「卓球少女」となることを決めたという経緯からして母の愛情欲しさが原動力だと思われるし、父は経済的に困難な局面が多かったという風聞からも、まるで子役のごとくテレビやCMに出ていた「天才卓球少女・愛ちゃん」の置かれた環境が想像できる部分もある。本人が「私は母の愛情欲しさで卓球をやっていました」「父が抱える借金をテレビやCMのギャラで返済しました」などと語ってはいないので、あくまで想像と風聞でしかないが、おそらく「天才卓球少女・愛ちゃん」というキャラクターを演じていることは本人自身が分かっていたのだろう。

 こうして「人間・福原愛」でも「アスリート・福原愛選手」でもない、お茶の間の人気者「天才卓球少女・愛ちゃん」が誕生したわけだが、日本全国のお茶の間の人気者・愛ちゃん、すなわち仮面をかぶってキャラクターを演じることから離れ、「アスリート・福原愛選手」として思う存分に汗を流せる環境が日本国外にしかなかったからこそ、彼女は中国において不退転の決意でアスリートとして成長を続けられたのだろう。


<アスリート・福原愛選手と、人間・福原愛>

 卓球人民共和国でトップ選手たちに揉まれ、オリンピック出場も重ねるうちに、彼女はアスリート・福原愛選手としての側面を強くしていった。一部メディアでは、キャラクターとしての愛ちゃんよりも、アスリートとしての福原愛選手という呼称を優先するようになったし、実際、日本代表を引っ張るエースとして活躍を重ねたのだから、そりゃ世間の認識も徐々に変わって当然である。

 一方で、なにやら中国語の先生が東北(中国の東北部・かつての満州あたり)の出身だったためか、中国においては「日本から来た、東北訛りの子」として純朴なイメージを与えアイドル的な人気となったが、これは「天才卓球少女・愛ちゃん」ほどキャラクター的ではないというか、「アスリート・福原愛選手の個性」として愛されたということだろう。

 また、五輪で中国チームに負けた際、中国メディアがインタビューで励ましてくれたらしいのだが、そこで「さっきまで中国チームの応援してたくせにぃ~!」と冗談っぽく恨み言を繰り出して中国人も「萌えぇえええ!」とさせるなど、愛嬌のある選手として好意的に受け入れられているとのこと。

 もちろん日本のお茶の間では、いまだ子役じみたキャラクターとしての「天才卓球少女・愛ちゃん」という認識が支配的ではあるものの、少なくとも卓球界において、セリエAのような海外リーグで活躍する日本のエースとして敬意を払われ、アスリート・福原愛選手の評価は盤石の物となった。

 あとは、人間・福原愛としての人生だ。


<クソイケメン・江宏傑>

 福原愛と結婚することが発表された江宏傑は、台湾の卓球選手である。福原愛と同じ27歳で、卓球台湾チームの代表に選ばれるなど活躍中。台湾のメガバンク・合作金庫銀行の卓球隊所属なので、日本で言えば「みずほ銀行卓球部」のような堅い企業の実業団チームに所属する、なんというか、身辺が綺麗な好青年のようだ。よく知らんけど、多分そう。

 これがまた、江宏傑の風貌が身長180cmの短髪系さわやかイケメンであることも相俟って、交際発表の時点で、中国では「福原の言葉が少し台湾訛りになってる!」「おのれ江宏傑め、台湾も中国の一部だというのに…」等、ネット民の怨嗟の声が渦巻いていたらしいのだが、爽やかイケメンへの爆発して欲しさは、いずこの国のネット界も同じである。

 結婚発表会見で二人が語ったところによれば、プロポーズはリオ五輪後。新居の鍵を渡し「この家の主人になって欲しい」という物だった。どうも、新居は台南市永康区という、観光地としても有名なエリアにあるらしいのだが、江宏傑はチェコの実業団リーグで活動するためドイツのデュッセルドルフに拠点を構えているらしく、アスリート・福原愛選手と、アスリート・江宏傑選手は今後、日本・台湾・中国・ドイツ・チェコを渡り歩く国際的な生活となりそうである。

 いずれにしても、「俺の妻になってくれ」でも「俺について来い」でも「味噌汁つくってくれ」でもなく、家の主人になってくれという言葉は、これからも変わらずアスリート・福原愛選手が国際的に活躍していくことを尊重した上での言葉であろう。指輪が卓球のラリーを表現するペアリングとなっている事からもそれは推しはかれるのだが、SNSなどで若干話題になったのが「妻に専念」という福原愛の発言。

 さぁ、ようやく主題に辿り着いたぞ……


<福原愛の“しばらくは妻に専念”の真意とは>

 ジェンダー的な観点無しでも、どこかの男が「これからは夫に専念します」と言いだしたら、「え?具体的に何やるの?」と聞き返したくなるものである。そりゃそうだ、普通は仕事もやり、友人とも付き合い、やれ社会活動だ地域イベントだ、いろいろこなしつつ「夫でもある」という話なのだから。いわんや「妻」をや。

 そんなわけで福原愛の「しばらくは“妻”に専念します」という言葉に対し、違和感を表明する人が散見される。簡単に言っちゃえば、なんか変なツッコミを入れるツイートとかが結構あったりする。

 これが、そこらの女性の発言だったら「いやぁ、“妻”に専念するってのは違和感があるな。結婚生活は送りつつ、普通にキャリア重ねればいいんじゃない?」とでも言えばいいが、あまりにも険しい半生を送ってきた福原愛の発言は、そんな次元じゃない気がするのだ。

 家族から、メディアから、お茶の間から、演じることを求められた「天才卓球少女・愛ちゃん」というキャラクターではなく、中国のトップリーグで、オリンピックで、日の丸を背負って、血眼で白球を追いかけた「アスリート・福原愛選手」でもなく、これから彼女が生きようとしているのは「人間・福原愛」としての人生だ。もうテレビの前で悪態をついたって、ラケット叩き割ったっていい。いや、そんなことやらないとは思うけど、もし「キャラクターとしての卓球少女・愛ちゃん」「アスリート・福原愛選手」でなくなったとしても、彼女は「人間・福原愛」として生きて行けばいい。今後も卓球選手として活躍してくれなんてのは観客が勝手に言ってるだけで、義務でも何でもない。現役として活躍したいと思えばすればいいし、やめようと思うならやめればいい。江宏傑と一種に暮らしたいと思えば一緒に暮らし、別々の拠点で活動したいと思えばそうすればいいし、別れたくなったら別れればいい。好きなように生きればいいのだ。

 

 てなわけで、これは妻がどうした夫がどうしたという話ではなく、「キャラとしてでもアスリートとしてでもなく、人間として、好きなことをやりたいようにやります宣言」って感じじゃねえの……と、個人的にはそう受け止めております。

 大体よー、結婚会見で「子どもが生まれたら卓球選手に?」という質問に対して、二人とも「いや、好きなようにさせます」と答えてることからも、大体わかるじゃんよ。トップアスリートはガキのころから血ヘド吐くような特訓を延々と続けなきゃいけない茨の道を歩んでんだから、キャリア続けろと言われても、結婚するだのしないだの関係なく「あと2年……つらいな、もう限界かな」と常に極限まで追い込まれてんだよ。外野が「妻に専念だなんておかしい。もっと競技をすべきだ」とか言うのはね、ワタミで働き続けろと命令するような話ですよ。人間・福原愛として好きに生きて何が悪いのか。

 ま、すごく身も蓋もないことを言えば、選手としての契約や活動拠点の問題も含め、今の時点ではどうなるか見えないのでいったんリセットして落ち着いてから考えます、ということだと思うんですけどね。たとえば江宏傑が合作銀行ではなくミキハウスあたりのチームに所属したら状況は変わるだろうし、福原愛がドイツのリーグで活動することになったら欧州を拠点にするだろうし。「よくわかんねえから、とりあえず今は、人間・福原愛として自由にやります。でも卓球をやめるつもりはありません。これからも頑張ります」。充分だ。

 選手としても人間としても、100点満点の回答ですよ。

 

 てなわけで、言葉尻だけを捉えてジェンダー論ブチあげなくてもいいんじゃねえの……と思いました。以上です。



 今回は、はてなっぽく水掛け論をやるのが目的のアレです。

 俺もお前も福原愛じゃないんだから、どうせ真意なんてわからん。

 あ、本人は「軸を固めて」と言ってるので、妻に専念とかいうのは、よくわからん意訳であり、それもなんだかアレです。


おしまい。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

30

岡田ぱみゅぱみゅZ女子組

人生が見えない

あなたと社会と世界の『未来』を変えるイイ話

かつて私たちの夢見た豊かな暮らしは、もはや待つだけでは手に入らない。独立自存により『自由』を得て、自分を取り巻く世界の『未来』を変えるための道は、おのずから動く者にのみ開かれる。そのヒントは先達の教えに、世界の歴史に、同業者や異業種の成功事例に――あるいは地下鉄の壁や長屋の...
2つ のマガジンに含まれています

コメント7件

さらりと凄い事が書いてあるw
岡田さんは、ツイッターの世界でも有名ですよね?よく炎上されているので名前とツイートの傾向を存じ上げております。
燃えてねーよw
やっぱ私が思ったとおりの岡田さんだ(笑)めちゃ好きだ。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。