羅生門

 ある日の暮方の事である。

 一人の東大生が、赤門の下で雨やみを待っていた。

 赤い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。赤門が、本郷通りにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする教員やインカレ女が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。

 子どものころから神童と呼ばれ、末は博士か大臣かと将来を嘱望された男は、持ち前の頭脳と努力で東大に進学。豊富な知識と鋭い頭脳、そして研鑽を怠らぬ努力で、もうじき、みごと卒業を迎える。



 「これ、そこな若者よ……」

  

 む?私のことか?

 

「そうじゃ。若者よ、汝には“賢”の相が出ておる……。それに、手に持った学術書、イチョウ並木を歩いたあとのウンコ臭い靴、東大生であることは疑いようもない…」


 ああ、そうだ。いかにも私は、世界大学ランキング「キャンパスがウンコ臭いの部」で1位になった日本の誇り、東大に通う学生なり。そんな私に、なにか話でもあるというのか?


 「いや、この水晶玉で汝の未来を拓く手助けでも、と思うてのぅ……」


 フン、貴様のような低偏差値クズに何ができるというのか……まあいい。私は、電通に入ってこの国のメディアを動かそうと思うのだ。


「ほぅ、電通とな……。見える、見える……

 コネなし入社、激務と体育会気質、疲弊して絶望する姿が見える……」


なんだって?そんなバカな!

だが一理ある。だとすれば、マスコミあたりはどうだろうか?


「ほう、マスコミとな……。見える、見える……

 尻を蹴られるAD、駆けずり回る記者。

 斜陽産業と呼ばれ世間体も悪化……疲弊して絶望する姿が見える……」


なんだって?デルモのチャンネーとザギンでシースーできない?

だが一理ある。だとすれば、やはり中央官庁が良いだろうか?


「ほう、中央官庁とな。見える、見える……

 馬鹿な国民とワガママな代議士に振り回され、薄給激務。

 国会待機と予算案地獄。疲弊して絶望する姿が見える…」


なんだって?片道切符でわけわからん出先機関に出向が濃厚?

だが一理ある。だとすれば、外資金融などはどうだろうか?


「ほう、外資金融とな……。見える、見える……

 殺伐とした成果主義の職場、過重労働に苦しみながらクビに怯える日々。

 疲弊して絶望する姿が見える……」


なんだって?カリブ海でクルーザーに美女を載せシャンパンは無理?

だが一理ある。だとすれば、日系の都市銀行のほうが無難か?


「ほう、メガバンとな……。見える、見える……

 減点式の出世レースとポスト争い、帰宅後も続く勉強と書類仕事。

 地方支店をタライ回しにされ、疲弊して絶望する姿が見える……」


なんだって?一般職の女子行員とオフィスラブしている暇がない?

だが一理ある。ならば野村證券あたりはどうだろう?


 「ほう、野村證券とな……。見える、見える……

 苛烈なノルマ、想像を絶する体育会気質、日々悪くなっていく目つき。

 髪型を毎朝オールバックにしつつ、疲弊して絶望する姿が見える……」


なんだって?激務のあまり平均寿命が60代?

だが一理ある。ならば総合商社あたりはどうだろう?

  

 「ほう、総合商社とな……。見える、見える……

  家族と離れ海外を転々とし、宴会芸と一気飲みを強要される伝統。

  部署で心と身体を削り、疲弊して絶望する姿が見える……」


 なんだって?メーカーと顧客の両方を接待するから地獄が二倍?

 だが一理ある。ならばコンサルなどはどうだろう?

 

「ほう、コンサルとな……。見える、見える……

 努力せず文句ばかりの客、無理な期限に無理な目標、迫りくる解雇……

 ダメ社員やOBが“マッキンゼー流仕事術”の新書で食いつなぐのを見て疲弊して絶望する姿が見える……」


 なんだって?ちきりんの悪口は止めてくれ!

 だが一理ある。ならばIT業界はどうだろう?


「ほう、IT業界とな……。見える、見える……

 繰り返されるデスマーチ、混乱する現場、落ちる視力と単価。

 要件は二転三転、異常な納期、疲弊して絶望する姿が見える……」


 なんだって?35歳で定年?

 だが一理ある。ならば保険業界はどうだろう?


「ほう、保険業界とな……。見える、見える……

 重くのしかかるノルマ、未達の恐怖と自爆営業。

 ヤクザや代議士の介入、親類勧誘の日々、疲弊して絶望する姿が見える……」


 なんだって?自分の給料も親類や友人の給料も獲物にしか見えなくなる?

 だが一理ある。ならば、いっそのこと医学部に入り直して…


「ほう、医師とな……。見える、見える……

 帰宅も睡眠も出来ぬ激務、クレーマーの横暴、閉鎖的な医局。

 難癖のような医療過誤訴訟に、疲弊して絶望する汝の姿が見える……」

 

 なんだ、この国は!!なにをやっても地獄じゃないか!

 こんな将来のため、私は子どものころから頑張って来たのか!?

 教えてくれ、私はどうすれば良いんだ!


「ククク……D進じゃよ」


 D進……

 それは一体……


「学問に身を奉げる聖者じゃ。

 多くの場合は期限付きの仕事じゃから多様な環境で働くことができる。

 かつてと違い、今や大学の業務にタッチせず生きることも可能じゃ。

 企業や各種機関においても出世競争とは無縁。

 それどころか学術的な業績に悩む必要すらない。

 担当するピペットを右から左に処理するだけで良い。 

 労働地獄の我が国における理想郷じゃよ……」


決めた……決めた!

俺、博士課程に進学する!



男のゆくえは、誰も知らない。

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