部族化する社会と襲い掛かる睡魔

 先日NHKでやっていた『大アマゾン』の衝撃が忘れられない。

 人を2人殺してムショを出てから金鉱ほってるなど、荒くれ者ぞろいのガリンペイロの男たちに密着した回も凄かったんですが、やはり一番衝撃だったのはイゾラド(未接触部族)のマシコ・ピロと接触した回。言葉が通じないだけでなく、相手の価値観が全く分からない中での邂逅に走る緊張、「子どもの名前は毒グモだ」の衝撃。新海誠が行ったら凄い事になってましたよ、「君の名は」「子どもの名前は毒グモだ」。21世紀に残るパワートークになっていたはず。娘の名前も「アリの群がる木」とかいう、相当すごい破壊力を持っていました。いやー、そのセンスは見習いたい。キラキラネームどころの騒ぎじゃねえよ。「アリの群がる木」だぞ。

 ま、しかしですね。もともと人類は「未接触部族」だらけだったはずなんです。日本と中国は接点があり、中国とインドは接点があり、インドとペルシャは接点があり、ペルシャとギリシャは接点があり、ギリシャとローマは接点があったかも知れないけど、少なくとも大航海時代の頃は「船長!不可思議な面を付けた部族が太鼓を叩いています!」「むう…あれは我々に対する歓迎だろうか、それとも威嚇だろうか……」とか、そんなのの連続で。地球の中にエイリアンがいるのと一緒。

 だって相手に友好を示すために「どうも、こんちわ」と握手するため手を差し出す仕草が、その部族では「貴様を殺す」という意味かも知れないし、「よろしく」と頭を下げるのが「お前の村を焼く」という意味かも知れない。笑顔を見せたら「我々を嘲笑しているのか」と思われるかも知れないし、真顔だったら「我々にケンカを売っているのか」と捉えられるかもしれない。どこに地雷が埋まってるか分からん荒野を勘だけで歩くのと同じで、何の悪気も無いのにドッカーンと爆発するかも知れんわけです。

 これはもう、新種の野生動物と接触する時に似ている。ムツゴロウさんが「あー、この動物はね~、背中を見せると襲い掛かって来るんですねぇ~」とか「こっちは逆に、目を合わせると敵だと思い込んで飛びかかって来るんですねぇ~」とか解説してくれりゃ対処方法はあるが、ムツゴロウなき動物との遭遇、ムツレス・エニモー・エンカウンターですよ。


 だいたい我々だって100年ちょっと前、大名行列を横切った異人を斬り捨てたとかいうナマムギッシュな事件を起こしとるわけです。こんなもん、部族の酋長の儀式を邪魔したら首狩り族が激怒した的な話だし、庶民は庶民で写真を撮られると魂を抜かれるとか、おまえら何を言ってんだと。未開人にも程がある。

 問題は、そんなドジンフルな我が国にも、当然、きわめて高度な思考と、特有の事情と、独自の価値観と、優れた文化があったという点でして、おそらく他の地域の他の部族も同じ。ひょっとしたら科学技術は未発達かも知れないが、じゃあソクラテスや孔子が馬鹿だったかと言われればそうではなく、彼らなりに深い思考や優れた価値観があるわけで。

 世界各国の言語や風習が研究され尽くしている今、我々は、こういうドキドキ感と、まったく文脈の異なる価値観や文化と遭遇するチャンスを、ほとんど失ってしまいました。「ああ、マサイ族の挨拶は、こうなのか」「なるほどウズベクではこんな文化があるのだな」「この国の言葉は知らんが、英語が通じるみたいだ」と。もはや未知との遭遇は無い。あとはもう、異星人でも見つけるしかないっすよ。 



 ……と、そんな中。

 文化の多様化および高度化にともないまして、自分らの社会の中に、まったく想像もつかない異文化が次々生まれているのが現代であります。かつて「自分が持っていない視点」は自分が所属する社会集団の外側からもたらされましたが、今は自分が所属する社会集団の内側で生まれてくる。

 高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない、高度に発達した最上もがはきゃりーぱみゅぱみゅと見分けがつかない、高度に発達した社会は地獄と見分けがつかない、そういうことです。

 例えばですね、前述の「親愛の情を示すため握手しようとしたら、その部族にとっては失礼な行動だったらしく激怒させてしまった…」みたいな形。これはアレですよ、「芋煮って豚汁みたいで美味しいね!」と褒めたら山形県民が「おめ、ブッ殺すずら!」と激怒するとか、「広島焼きってモダン焼きに似ていて美味しいですね」と言ったら広島県民が「こっちが正統な“おこのみやき”じゃけん!」とか、そういうアレ。

 この『好意を示すつもりが、地雷ふんじゃった感』は世間にたくさん転がっていまして、肯定的な意味で「職場に若い女性が増えて、華やかになったよ」と言ったとしましょう。あるいは「彼女は、女性らしい細やかな気配りができて優秀だ」とか。そうするとフェミ部族が「職場の若手女子社員を“華やか”などと評するとは!」「女性らしい、とは何事だ!」とか地雷ドッカーンになったりする。まあ、そりゃそうだろうなって気はしますが、その部族に関する知識の無いオッサンとかは「え、ええ~っ……?これ、この部族では地雷なのか…」と戸惑ってしまうわけですよ。



 かつて、こういうのは宗教紛争に似ていると思ってたんです。「我が教典には、こう書いてある!」「それは邪教だ!我が聖書には、こう記してある!」と闘う姿。しかし実情として、もっと泥臭い人づきあいとか雰囲気とかも含めた部族紛争として見た方がいいような気がしておるのですよ。

 つまり、完全に理論として確立され教典に明記されたルールではなく、「え?それって俺はあんまり問題ないと思うけど……でも、俺の仲間が怒ってるっぽいから、それに合わせとくか」みたいな面が結構ある。さらに言えば、その状況下で「本人すら思ってもいないことを、所属部族への忠誠を示すため、より過激に掲げてしまう」ってケースもある。理論じゃなくて泥臭い世界なんです。

 だもんで、「ぼくは、剛力彩芽があまり好きではない」って程度の比較的穏当な考え方の人が、その界隈が異常にヒートアップするのを見て「あんなブサイク見たことねえよ!」とか、自分の感情を盛って表明しちゃうわけよ。自分の部族の動きを見て、周りに合わせてしまう。で、隣の奴が「え…そこまで言うのか。じゃあ俺も更に踏み込んで……剛力のツラ見るたび吐き気がするわ!」と過激化し、それを見たヤツが「え…そこまで言うのか。じゃあ俺も更に踏み込んで……AVならウンコ食わされるレベルだぞ!」とか言い始める。もともとそういう考えなら仕方ないんだが、部族の仲間の声に過剰に迎合すんのな。そして、いろんな部族において、先鋭的でラディカルであればあるほど地位が高まる。

 つまり、それぞれのグループごとに異なる価値観があり没交渉となっている「部族化」、自分の所属グループに忠誠を示すため、あるいはグループ内での立場を向上させるため、所属グループが抑圧システムとなり過剰適応してしまう「部族化」。これは理論だけでなく人脈とか雰囲気とか泥臭い世界も含めての反応ゆえ厄介である。

じゃあどうすれば良いかっつーと、ねむいのでおしまいグギャー



あ、画像は粉モンです。理由は、好きだからです。




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