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Jリーグシーズン移行の果実を問う。

2023年12月19日のJリーグ理事会において、Jリーグのシーズン移行が正式決定された。個人的にはJリーグが「あなたの街にもJリーグはある」としてスタートした「百年構想」から離れていく、理念を捨て去る決定であると感じており、大変に残念である。

この百年構想に関してはまた項を改めるが、取り急ぎJリーグの掲げるシーズン移行のメリットについて見て行こう。端的に言えば私はそのメリットはあまり実現しないとみる。その理由を以下に記述する。


シーズン移行のメリットとは

Jリーグ側が移行の理由としているのはいくつかあるが
・ACLシーズンとの一致
・欧州の移籍マーケットとの一致
・猛暑での試合減少
・以上によってJリーグを「世界と戦う舞台」にする
ということのようである。

谷型/山型カーブの錯覚

Jリーグを「世界と戦う舞台」にする上で、直接関係するのは「猛暑での試合減少」の部分だろう。これはJリーグでは「高強度のプレーを谷型カーブから山型カーブへと変化させる」とし、次のような図を用いて説明している。

しかしこの図には注意すべき点がある。「それぞれ『開幕月を0』とした際の割合比較」という注意書きがそれだ。これはJ1リーグと海外の高強度の走行距離の比較ではないのだ。「それぞれの中での割合の比較」を強引に重ね合わせた図であることを見落としてはいけない。

より正確なのは次の図だろう。

赤がJ1リーグ、紫が欧州6大リーグなのだが「J1リーグの2月を0」とした場合の比較である。こうしてみるとJ1リーグの開幕直後は、欧州6大リーグの最高のパフォーマンスさえ上回るハイインテンシティの試合を見せていることがわかるだろう。

山型カーブの実現性は?

またJ1リーグは夏場の落ち込みが顕著なのだが、これは日本の高温多湿の環境が大いに影響していると考えられ、秋春制に移行したからと言ってすぐに欧州リーグのようなカーブになるかどうかはわからない。むしろ変わらないのではないか?という可能性も大きいと思う。

すなわち、今回のシーズン移行によって得られるとされる「Jリーグでプレーすれば世界基準のプレーができる」への道筋が、現状ではまだまだ不明確なものでしかない、ということだ。したがって「Jリーグを世界と戦う舞台にすることで、Jリーグ全体の価値を転換させる」というのも、画餅にすぎない可能性も高いのではないかと思う。

もちろん気候変動により、夏場の気温が猛暑、酷暑へと変化し、サッカーのプレーに支障のあるレベルに到達したことに異論はない。しかし、現在提示されているスケジュール案では8月には開幕後しっかりと試合をすることになっており、猛暑の試合を避ける、という目的も半ばまでしか達成できていないと言えるだろう。

さらに過酷になるスケジュール

さらに言えば、現状のシーズンと同じ(今回の発表でいきなり一週間短くなっているが)ウインターブレークを取り、その上で6月、7月をシーズンオフとする関係上、平日開催の増加を始め、相当なハードスケジュールとなっているのも見逃せない点である。

むしろ現行シーズンよりもスケジュールがきつくなっていることを見れば、国際レベルのパフォーマンスどころか、コンディション低下によるインテンシティの低下まで可能性があるのではないか。本当にJリーグの掲げる「Jリーグを世界と戦う舞台へ」は実現できるのだろうか。

ウインターブレーク短縮はありえない

ここで警戒をしなければならないのは(こんなことを書かなければならないのが情けないが)秋春制でスタートしながら2年目でウインターブレークを短縮したWEリーグの事例だろう。21-22シーズンは12月18日から3月5日までのウインターブレークを取っていたのが、22-23シーズンは1月9日まで試合をし、3月5日までといきなり3週間(!)もウインターブレークが短縮されてしまったのだ。

実はもともとJリーグが提示していたスケジュール案Bに比べても、今回発表されたスケジュールは1週間、ウインターブレークが短縮されているのだ(筆者の知る限りこの点に関する合理的説明はない)。

以前提示されていた案B
今回提示されたスケジュール

いつの間にか1週間長く、12月第2週にも試合をするスケジュールになっているが、この時期は言うまでもなく既に積雪地帯では大雪の可能性がある。これだけでもすでに積雪地帯における秋春制は破綻しているに近い。

ここでJリーグ首脳陣に念押しをしておきたいのは、現状のウインターブレークは「最低限」これだけは必要ということだ。12月第2週も、2月の第3週も、積雪地帯にとっては相当レベルで危険な日程である。来年度以降「ハードスケジュールで選手に危険が」などの理由でウインターブレークを短縮することなど考えていないですよね?

このスケジュールは最低限の「約束」だと思ってもらわないと困る。WEリーグで実績があるから、などと言わないでね。ハードスケジュールで選手に危険が、というならば春秋制に戻せばいい。このスケジュールを強行したのはJリーグサイドなのだから。

さて、ウインターブレーク短縮の恐怖のせいで筆がそれたが、本題は「Jリーグが目的とすることがこのシーズン移行で得られるのか」ということだ。このシーズン移行で「Jリーグを世界と戦う舞台へ」は叶えられるのか。

問題となるのは
・シーズン移行によるインテンシティ向上の不確定性
(夏場試合が継続してある程度残っていること)
・ハードスケジュールによるインテンシティ低下の可能性

加えて
・ACL参加クラブはさらにハードスケジュールになること
もあげられるだろう。

2022年度、浦和レッズはハードスケジュールなど悪条件をはねのけて、現行春秋制下でACLを優勝し、CWC(クラブワールドカップ)出場を果たした。(余談だが、現行制度での春先のインテンシティ向上は、うまくやれば5月のACL決勝にプラスになるという可能性もあるかもしれない)

しかし、シーズン移行後のさらなるスケジュール激化、シーズン終盤の春先、コンディションが落ちてくるあたりにACLの決勝が来るという巡り合わせなど、今回の移行がACLを戦ううえでプラスになるかどうか、はなはだ心もとない。特にハードスケジュール化は大きな問題になるだろう。

シーズン移行の果実を問う。

以上のような点から、下にあげるページの目論見「Jリーグの価値の転換を実現させる」も捕らぬ狸の皮算用もいいところで、実現可能性が相当程度低い気がしてならない。

また付け加えておくならば、Jリーグが世界と戦う舞台になったからと言って、同じペーパーでJリーグの言う「全クラブの売り上げを1.5-2倍へ」が実現できるとは限らない。

資料の中で触れられている「ナショナルコンテンツ」と言えば、それこそかつてのサッカー日本代表がそうであったが、今と比べればレベルが高いとは言えなかった2000年代の方が人気が高かった(個人的観測だが)という現象もある。

高校野球の甲子園も、プロ野球に比べれば競技としてのレベルは低いに違いないが、相変わらずナショナルコンテンツとしての人気を保っている点については、異論のある向きは少ないだろう。

競技のレベルの高さがコンテンツとしての人気、広がりに直結するわけではないのだ。ここは広報、マーケティングによるところも大きい。先般のCWC、浦和レッズがクラブ・レオンを破ったことに対するJリーグ公式Xアカウントの反応の鈍さなどを見ていると、レベルが上がったとしても、Jリーグのナショナルコンテンツ化にはまた高いハードルが待ち受けていると言えるだろう。

「Jリーグを世界と戦う舞台へ」それが実現できるのなら私も歓迎だ。だが今回の移行によりその果実が手にできるとは思えない上に、ハードスケジュール、積雪地方への悪影響など、払う犠牲も甚大だ。私にはとても今回の判断が合理的なものだとは思えないのである。

(苦虫を噛み潰したような顔で)それではまた。




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