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Jリーグよ、「百年構想」を守ろう

Jリーグは秋春制に移行することを正式決定したが、私はこれはJリーグの理念にもとる、大変残念な決定だと感じている。それはJリーグの掲げる「百年構想」という理念に対して、である。

百年構想には現在「スポーツで、もっと、幸せな国へ」というサブコピーがついている。またかつては「あなたの町にも、Jリーグはある。」をメインコピーとしていた。私はこれこそが、Jリーグの核たる理念にふさわしいと考えている。理由について詳述する。

秋春制への移行が決定した際の会見で野々村チェアマンは「Jリーグの理念に立ち返る」と説明したという。私は一見して大きな疑問を抱いたのだが、彼が言っているのはWEBサイトで「Jリーグの理念」として記載されている

・日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進

・豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与

・国際社会における交流及び親善への貢献

の特に1行目、「日本サッカーの水準向上」のことであったようだ。特に今回のシーズン移行がいわゆる谷型のカーブから山型への遷移を意図しているのであるから、競技水準の向上が主たる目的であると考えてよいだろう。

これ自体は競技団体の理念としては間違ってはいないものだろうが、それはあくまでも「サッカー界の内輪の」問題意識にすぎないという点は、大いに留意する必要がある。

近年、企業経営においては「パーパス」ということが重要視されてきている。それはひとことで言うと「その企業が社会に存在してよい理由」とでもいうべきものだ。

現在では、企業も利潤追求だけをしていればよいのではなく、どう社会的責任を果たすかが厳しく問われるのだ。もちろん企業だけではない。Jリーグが公益社団法人であるならば、なおさらそうであるといわねばならないだろう。

私は「百年構想」とは、まさにJリーグが日本全体に向かって自らの果たすべき社会的責任を公言したものだと捉えている。サッカーの水準向上という内輪の「理念」を超えた「パーパス」のようなものであり、それがあるからJリーグはここまで大きくなってきたのだと思う。

10チームでスタートしたJリーグは、今ではJ1からJ3まで、60チームにまで広がった。理解してほしいのは、そのそれぞれに応援するファン、サポーターがおり、スポンサーがついているということだ。各クラブの営業は、それぞれのスポンサーに向かい「地域の人たちが笑顔になるんですよ!」と語ってスポンサードをお願いしているのだ。百年構想はそのバックグラウンドとなる「社会との約束」なのだと捉えてほしいのだ。

もっと言えば、まだJリーグに参加できていないクラブもそうだ。日本全国にJリーグ入りを目指すチームがたくさんあり、これからも生まれてくるだろう。「スポーツで、もっと、幸せな国へ」というからには、Jリーグはそうしたクラブがどんどん生まれてくることを歓迎、後押ししていく義務があると言えるはずだ。

百年構想の夢は、自分の町にできた小さなクラブが育っていってプロクラブになり、時間をかけてでもJリーグをステップアップしていく、という姿であるはずだ。雪国でも山間部でも、小さな町にこそその夢を与えたい。それこそが百年構想の意義なのではないか。

Jリーグは今回のシーズン移行に際し、100億円を用意し積雪地域のクラブに対し全天候型練習場や、キャンプ費用などの補助を行うという。それ自体はやってよいことなのだが、それはあくまでもJリーグにすでに参加しているクラブだけの話だろう。だが問題はそれだけではないのだ。

秋春制への移行は、そういう地方の小さなクラブやその前身の持つ、若々しくも幼い「芽」を軒並みつぶしてしまうことにつながる。こちらのインタビューで、ツエーゲン金沢の豊田陽平も同様のことを懸念している。

(豊田)ただ、気になることもあって。石川県にも将来のJリーグ入りを目指している社会人チームがあるんですけど、そうしたチームが5年後、10年後にJリーグに上がってきたときにどうするのか。
――ツエーゲンは今、Jリーグにいるから環境整備の資金を援助してもらえるかもしれないけれど、そうしたチームも将来的に援助してもらえるのかどうか。気になるポイントですね。
 後発のチームが不利になるようだったら、Jリーグの未来のためにも良くないですよね。そうやって考えると、シーズン移行のメリットはたくさんある一方で、懸念される点もたくさんある。

シーズン移行、選手はどう感じているのか…金沢・豊田陽平の率直な思いとは?「不安もある。やるなら覚悟を持って突き抜けてほしい」 - スポーツナビ

「いや雪国だけの話でしょ」そういう声もあるかもしれない。しかしビジネスのために雪の多い地方のクラブを見捨てるのであれば、例えば台風の多い地域の、あるいは交通の便の悪い地方の、あるいは人口の少ない町のクラブを見捨てない理由があるだろうか。

ここで付記しておくならば、先の会見で野々村チェアマンは理念の中の「国民の心身の健全な発達への寄与」を取り上げ

気候変動が大変な中で、サッカーがどういうスタンスを見せて、もっと良いスポーツ環境を整えて、『国民の心身の健全な発達への寄与』できるような改革をしていきたい。

Jリーグ秋春制移行の記者会見要旨…野々村チェアマンが説明「Jリーグの理念に立ち返る」

と語っている。これも、これ自体はよいことではあるが、Jリーグクラブに限定されない積雪地域の環境整備は一朝一夕にできることではなく、ここでスタンスを変えて見せたからと言ってその効果は限定的だと思う。そしてそのスタンスの変化はダイレクトに、積雪地帯の中小のクラブからプレー機会を奪っていく。

「まずは移行を決め、残された課題に関しては継続して議論する」というやり方は一見合理的なようだが、新潟の社長がかつて語ったように「精神論ではなく、できない」というレベルの問題がある時には、拙速のそしりをまぬかれないだろう。

Jリーグがサッカー界内輪の論理とビジネスのために、競技レベルの向上や放映権収入などを求めるのは当然のことでもあろう。しかしだからといって、公益社団法人でもあるJリーグが「百年構想」として掲げてきた「社会との約束」を捨て去ってはならない。私はそう思う。

過去にはわずか2年で2ステージ制を撤回した2015-16年の例もある。過ちては則ち改むるに憚ること勿れ。過ちて改めざる、これを過ちという。欧州と根本的に状況の違う日本で秋春制を強行することは、様々な歪を生む。Jリーグが過ちに気づき、秋春制を撤回してくれることを願ってやまない。

(溜息とともに)それではまた。



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