『天使のはにかみ』10話/全10話・完結

『天使のはにかみ』10話/全10話・完結

 第三商店街の一角にある金物屋に珍しく行列ができた。

 内装の広さを体が小さいドベルに合わせているため、多くの種は外でカタログを見て声をかける形の、ほとんど倉庫同然の工房だ。それでも体裁としては多数の陳列棚を並べた店舗なので、入口前では招き猫の鏡のような表面が陽を受けて輝いている。

 行列も掃けた、招き猫が陰に隠れるまで日が傾いたころに男がやってきた。

「店主、ギリギリだけどいいかい?」
「いらっしゃい。フォークとナイフを一本かね」
「それで頼む。あとさ、噂によると『絶世の美女レグネーベルがここにいる』って聞いたんだけども、一目見てみたいなと思って」
「悪いがうちの商品は金物だけだ。女衒だったら他所で探しな」

老いたドベルが意地の悪い顔をした。
「それともオーダーメイドをご注文いただけるのかな?」
「いや、それは出世してからにしておく」
「そうかい。金を置いて持って行きな」

男はそそくさと立ち去り、その背中を見送ってから奥で待つレグネーベルに声をかけた。

「おつかれさん。これが今日の分と、この三日の客入りがよかったから色をつけたよ」
「ありがとう、嬉しいことです」
「それから、見てない所で嫌な思いもさせたかもね。ごめんよ」
「特に問題ある人は来てないので大丈夫でしたよ。表にある銀細工のおかげです」
「本当ならいいんだけどね。見たところ気を遣わせまいとするから」
「大丈夫ですって。もっと好戦的な方々を見てきましたから」
「信用するよ。最後にお土産を受け取ってほしい。じいさんが復帰早々に張り切ったやつだ。また何かあったら相談しにいくから、そのときもよろしくね」
「もちろんです、お婆ちゃん」


 レグネーベルが店を出ると待っていた馬面が声をかけた。

「五番広場で客人が待ってるぜ。名指しでな」
「すぐに行きます」
「確かに伝えたからな」

 馬面に荷物を預けて、戻ろうとしていた宿舎とは逆側へ振り返って歩き出した。


 広場に近づくにつれて人が集まっているとわかった。すれ違う人のいくらかにフードの下にあるレグネーベルの顔が見えたようで囁き声を交わしていた。ここ数日のうちに誰かがいい加減な噂を流しただけで注目されるようになった。

 無視して歩を進めていくと、注目の的がレグネーベルから広場に絞られていった。野次馬が群がる中心から見下ろす、巨大な姿には見覚えがある。

 旅路の終点間近で協力してくれた大亀の長老だ。知的好奇心から世界中を旅することもあるそうで、ここに住むモニとも交友があったと聞いている。彼の元ではなく広場にいるのは扉が小さいために通れないのだろう。目の前でも通りがかるリカントロプが自身より大きな生物を見上げる機会となり、首を痛めていた。

「お久しぶりです」
「無事なようでなにより」
「ここまでは長旅だったでしょう」
「歩いてほんの一年だよ。人間やそこらにしたら長旅だろうが、儂には散歩さ」
「ということは、あの後すぐに出たようで」
「察しがいいね。新生活を満喫しているようだが、過去からの届け物を連れてきたんだ」

 首元から鉄板を取り出すと、砕けるように広がった。破片が耳や爪先の頂点を作り、細い鎖が伸びて輪郭を作り、内側を青白い電光が満たしていく。旅路で出会ってお共となった電光犬だ。

 懐かしく、同時に初めての感情がこみ上げた。すぐに液体となって溢れさせながら片膝をついて屈み両腕を伸ばした。

「デリィ、置いていってごめんよ。久しぶり」
「チュウケン デリィ オイツキマシタ」

 周囲では非自然的な声と姿に怪訝な表情や囁きが溢れる中、レグネーベルは温和な笑みを浮かべて静かに抱きかかえた。

 大亀の視線が人だかりの先を見つめた。
「そこの足を止めている子持ちの鳥人はモニくんではないか?」

 その一声を受けて人だかりが振り返り、見つけると割れて道を作った。ばつが悪そうな顔をしてモニが通っていった。

「久しぶり、だな」
「モニくんは相変わらずだね。ところで、抱えてる人間の赤子は?」
「あー、それはだな」

 モニが顔を赤らめて言い淀んでいるのでレグネーベルが口を挟もうとしたが、立ち上がる前に気づいて制した。

「待て! 俺にも格好つけさせてくれ」
「そんな風に言った時点でもう格好がつかないでしょう」
「うむ。もうわかったから言わなくてよいぞ。おめでとう」

 広場が笑い声に包まれ、赤子が驚いて泣き声をあげた。大亀との短い挨拶をして、二人と一匹であやしながら宿舎へと歩いていった。

 レグネーベルの旅は終わり、新たな道を歩んでいる。彼女と新たな家族は豊かな隣人たちにも恵まれ平穏に過ごせそうだ。大亀は書物に書き足してイラーミザを後にした。

---

あとがき

今年の頭に計画した通りに完結しました。
次はさらにうまく書きます。よろしくね。

私が書きました。面白いツイッターもよろしくね。 https://twitter.com/key37me