『殺意』 8話/全10話

前回:『真昼の決闘』https://note.mu/key37me/n/nb601c1c1d8e3

「ずっと見ていたよ。上での騒動も、私を殺しにくる道も」

「あなたの言う"殺し合い"は口でやるつもり?」
「まさか。サービスだよ」

 レグネーベルは実弾の銃を構え、他の荷物は小袋ひとつを残してその場に放った。デリィからの口伝にあった円柱形の体と六本の脚を目の当たりして、観察から計画を選んだ。

 第一に、側面が丸みを帯びているので上か下を取るのが上策だ。相対したままでは見えない場所なので何かがあるかもしれないが、少なくとも斜めに当たりやすい側面よりは衝撃が通りやすいだろう。

 第二に、正面が無いようなので背後をとるのは困難そうだ。尖兵のボットは五本足のどれかを見ておけばわかったが、親玉は三つの輪から二本ずつが伸び、それぞれ独立した回転を見せた。

 レグネーベルが右へ一歩、同時に親玉も同じ動きをした。お互い出方を伺う慎重さから情報を読み取った。自らの根城にいながら慎重な動きをする、警戒が必要か、こちらの背後を知らないかと判断した。その片方をサービスと称して明かしていたので、見えた飛び道具が脅威になると踏んでいるのだろう。とはいえ口三味線の線がまだ残っている。次の一歩と同時に構えた銃を撃ちこんだ。

 一発は親玉に命中する軌道で飛び、その前に脚のひとつが床に叩きつけられた。弾痕は親玉にも壁にもない。空中で弾丸を踏みつけたのだ。生物離れした正確な動きは尖兵から見ていたが、ここまで可能にするとは予想外だった。

 武装解除が狙いか。本当にすべて見ていたと言うのならば何をどれだけ持ち込んでいるかも把握しているに違いない。しかし叩き落とす必要があるのだろうか。これが可能ならば跳びのいて躱すこともできそうなものだ。大きさだけならレグネーベルより小さいのに見た目に反して重いか、精神的に追い詰める計画か。これには壁一面に並んだ眼球たちも一役買っている。

 距離を保ったままで様子を探った。動きやすさを重視した軽装備が裏目に出た。その場にあるものを使おうにも、決闘場のように何もない部屋に手に取れる道具は扉すらもなかった。

「君は追いかけっこがしたいのかな? まさか一発だけで終わりとは思わないけどね」

 何か手はないかと探すうちに広い部屋を一周して崩れた壁面前に戻った。足の進む先に注意を払った。崩れた天井の破片と入り込んだ砂が散らばっている。避けるように歩こうとして思いとどまった。

 破片のひとつを掴み、親玉へ向けて投げた。回転しながら飛び、軌道が緩やかな曲線を描いて飛んでいく。距離のおかげで滞空時間が長く軌道が上へと逸れたが、親玉はこれを突き上げて床に落とした。なぜか? 既に当たらないと明らかなのに落とした。落とさないことに損があるならば、どこにどんな影響があるか。

 答えはすぐに出た。撃ち落とした目的は跳弾が壁に向かうのを防ぐためだ。壁にあるものを見れば並んだ眼球で、おそらくはボットの材料にした生き物から取り出したもの。この場面で守ろうとするならただの飾りではないのだろう。

 手元に積まれていた砂を掴み、背後の壁へと投げつけた。並ぶ眼球が目線をバラバラによそに向け、やがて裏返った状態で止まった。いくつかは壁面から外れて床に落ちた。想像した通り、まだ感覚を残していたのだ。

 親玉が慌てたように飛びかかった。脚の四本を姿勢の制御に、残りを攻撃に使う様子は尖兵のボットとも共通していた。いくら正確な動きをしようと、その制御が脚を使った勢いとあれば空中にいるとき、つまり飛びかかる瞬間が最大の隙になる。二発の弾丸を撃ち込むと、避けることも受け止めることも能わず、腕の一本をもぎ取った。

 こうして弾け飛んだ腕が砂山に刺さった。残る腕へと撃ち込んだ弾丸は側面の丸みに当たり、弾かれて奥へと抜けた。着弾点であった眼球が弾けて、周囲のいくつかも動きに乱れが混ざったのを見た。壁の裏で繋がっているようだ。

 残った五本脚の二本で跳ねるように距離を取った。改めて飛び道具を撃ち落とす構えをして、よそ見をすれば飛びかかるつもりのよう。弾切れは避けるべき状況だ。残る弾丸は二発、隙を見せずに撃てる数は一発だけとなる。無駄撃ちなく、別の銃へ持ち帰る時間も必要だ。

「デリィ、見ていたね」

 砂山に背を向けて立ち、マントの端を持って角度をつけた。短い呟きを合図に背後の砂山が弾けた。横に飛んだ砂粒は近くの壁面に並んだ眼球に突き刺さり、レグネーベルの背中に当たって軌道を曲げた砂粒はいくらか離れた壁面まで届いた。親玉の動きに狼狽が見えた。レグネーベルが距離を詰める一歩への反応が遅れたのだ。

 これを見て仮説をたてた。並んだ眼球で視界を確保しているのではないか。すべての方向から見ていた視野の四半分を失い、欠けた範囲で動かれれば反対側で補うしかない。そうなったら自身の体で死角を作るリスクを防ぐ立ち回りが必要になる。

 次の目標も決まった。視界をさらに狭めるようデリィに指示した。電光を迸らせた猟犬が砂山から飛び出し、物体を弾く力を散らばった砂粒に向けた。

 舞い上がって突き刺す砂粒を食い止めようとデリィへ向かう親玉に向けてレグネーベルからの弾丸が迫った。減った目線では撃ち落とすには不十分と判断したか、これは胴体で受け止めた。その衝撃で突き刺す脚の狙いがそれ、デリィの頭ではなく肩を貫いた。動きを止めるには成功したがデリィもただでは倒れない。脚の一本を抱え込み、続く弾丸が親玉の脚をもぎ取った。

 初めは六本あった親玉の脚は残り四本になった。円柱形の無機質な全身からは感情が読み取れず、追い込んでいるのか、それともまだ余裕があるのかは不明瞭ではある。とはいえ姿勢の制御と攻撃の両立をすれば小回りが効かなくなるのは明らかだった。

 その減った脚を使い、小気味のいいスキップのような足取りで左右に揺れながら駆けだした。どっしり構えた消耗戦では勝機が薄いと踏んだか、レグネーベルの銃を弾切れさせる計画通りか、ここまでとはガラリと変わった動きを見せた。

 すれ違い際に脚の側面を叩きつける構えを見せた。これまで突き刺す動きが中心だったので避ける方向が傾き、姿勢を崩したところに追撃しようとした。が、先の弾丸で胴体が歪んでいたか、脚が引っかかったために体当たりになった。

 受け身を取り、押された勢いも合わせて砂山の前に戻った。落ちていた一本目の脚を拾い、トンファーに近い握り方で構えた。

 迫る親玉の脚を受け流し、姿勢を下げて潜り抜ける。脚力も加えて根元を狙った一撃を傾けて関節部へ流し受け止める。一進一退の攻防になった。親玉は視界の届く範囲に、対するレグネーベルは視界の届かない範囲に、それぞれ誘い出そうとする。

 側から見て有利なのは親玉のほうだ。四肢の場所と使い方が自由な上、胴体が小さく軽く、さらには半端な当たり方では何もせずとも衝撃を受け流してしまう。無機物ゆえの強みを至る所に取り入れている。これに対抗するため、あの手この手で隙を作る必要があった。攻撃する瞬間には変幻自在の動きをひとつに絞って動き、それを見て対応する。空中に浮かせてしまえば動きの自由を封じる結果になる。少しずつ壁際に寄せながら好機を窺っていた。

 そのとき突然、脚のひとつが弾け飛んだ。両者ともに驚きの出来事だ。カランと音が二箇所から聞こえて目を向けた。新たに外れた脚ともうひとつ、デリィに刺さっていた脚が放たれたのだ。親玉は視界に頼っていたので、引き金にかけた指のような前兆を見せずに飛ばすデリィには気づかなかったのだ。つくづく電生物を拾ってよかったと内心でほくそ笑んだ。

 脚が三本となっては自慢の動きにも綻びが出る。直前とはうってかわってレグネーベルが攻勢に出た。押しのけて作った時間で外れたばかりの脚を拾って両手に構えた。今度は親玉が後じさりをしながら突き刺す体制を整えて飛びついた。不安定な足取りでの攻撃的な構えは雄弁に勝機の小ささを伝えていた。

 両手に持った脚をまだ残る脚の根元を狙って打ち付け、打ち付け、ついには根負けして外れ落ちた。残る二本の脚で立つには先端が細すぎて安定とは無縁のため、単調に跳ねて動くほかなかった。一方的になりそうでもあるが慎重に、空中を狙いじっくりと叩き落とした。

 はじめは六本もあった親玉の脚すべてを落とし、胴体がまるで捨てられたスプレー缶のように転がった。元は親玉についていた脚のひとつを両手で持ち、本体に打ち付けた。頑強な側面が少しずつ凹み、整っていた艶が叩きつけるほど歪になっていった。

「お見事だったよ。腕一本でも取りたかったなぁ」

 叩く脚が折れると別の脚を拾い直して再び叩きつけた。何度も何度も、それで持ち去られたものが戻らなくても、この瞬間を求めて生きてきたのだ。

「いい顔だ。後ろのデリィくんにも見せたいものだな」

 耳障りな衝突音を繰り返し、折れたら別の脚を拾ってきて同じ場所に叩きつけた。やがて円柱形が割れて中身が見えると、短くなった脚を差し込み梃子の原理で拡げた。

「最高の顔を独り占めしてしまったのが勿体ないくらいだよ。それじゃあ、またね」

 最期まで律儀な挨拶を言い残し、黒く濁った油を吹き出して崩れた。親玉の名前を知ることはなかったが、レグネーベルには興味のないことだった。過去に一人だけを残して略奪されてから十年越しの復讐の道は終わった。昂揚を味わった。もう荷物はいらない。小脇に留めていた小袋を外して放った。

 この後でやることは何か。脇目を振らずに生きてきたので他にどんなものがあったか忘れてしまったのだ。役目を果たしたのでこの場で幕引きをしようとも思ったが、柄にもなく手が震え、自らの腹部には突き立てられなかった。

 仰向けになって沈黙するうちに重要なことを思いだした。挨拶を、供養をしなければならない。

 魔法陣を描いた。都合のいい棒と黒い液体があったので、踊るような軽やかさで魔術の一端を揃えた。旅路の途中で出会ったリッチから教わった術式だ。実在するか否かも曖昧な特異な者の力を借りるため、魔法陣に大凡の指示を書き込む。目的は移動、人数は一人、場所は既知の空間。そして仕上げの呪文を唱えて術式に詳細の指示を与えた。

 デリィが近づくが、油に引火しうると気づくとすぐに引き返した。長く複雑な悪魔語の詠唱を済ませると、レグネーベルの身が黒い球体に包まれて宙に浮き、天井をすり抜けて飛び去った。

 その一部始終を眺めるしかなかったデリィにひとつだけ聞き取れた言葉があった。

「イラーミザの四層」

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