ブライ・ノーウェア#2(後編)

右側面に見事な浮雲模様の刺繍が入った装束を身につけたニンジャは、敵対者に素早くオジギを繰り出した。
「ドーモ、エアレイドです」
「な…!」
ミリウチは眼前のヤクザの変貌に目を剥いた。
しかし、すかさず本能的な反射でアイサツを返す。ニンジャのイクサにおいて礼儀作法は鉄の掟なのだ。
「ドーモ、エアレイド=サン。パイルマシンです」リベット打ちの威圧的ニンジャ装束に瞬時に着替えたミリウチがニンジャとしての名乗りをあげる。その額に汗が滲んだ。

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「ア、アイエエエエエ!?」「ニ、ニンジャ!?ドージョー破りがニンジャナンデ!?」「センセイもニンジャ!?話になかったよォ……」
突如として門下生の前に現れた2人の半神的存在の姿を前に、NRSの波が拡がる!

「チィーッ!」
キンゴは舌打ちを溢す。このままニンジャ同士のイクサを見せれば、門下生の多くは重篤なNRSに晒されることだろう。彼らはキンゴ達の本性を知らぬ。
そうなれば、ドージョーへの畏怖は恐怖へと反転し、経済的損失は免れない。
それはキンゴにとって最も避けたいインシデントである。
「全員、マワレ・ミギ!」「「「「ハイッ!!!!!!」」」」

キンゴの新たな号令に従い、リンチ観戦ギャラリーめいた門下生たちは突如として正気に立ち返ると、一糸乱れぬ動きで反転し、壁を向いた。
「全員ソノママ!怯えることはない。これはただのデモンストレーション、児戯の類よ!」「「「ハイッッッッッ!」」」
キンゴの言葉に従い、門下生たちは思考放棄によりニューロンへのダメージを瞬時に無効化した。
なんたる調教か!恐るべきはキンゴの凄まじきニンジャ動体視力と状況判断力、そして弟子達のニューロン研修状況!

これはキンゴが弟子のNRSを避けるべく平時より行わせているテンコが功を奏した形である。
キンゴとミリウチの練習は、たとえハイソサエティ所属の門下生であっても見ることはまかりならない。
それはなぜか?そこには、このドージョーの根本的思想があった。
ブラック・ファイア・カラテスクールはドージョーではない。カラテスクールだ。
非ニンジャのクズにがらんどうのカラテを与え、適度に自尊心を育て上げる。
愚かなモータルはセンセイであるキンゴとミリウチを尊敬し、その恩顧に対して報酬と、ソンケイを捧げる。
やがて二人の忠実な僕となった高弟たちに、カラテを頼りにネンポの高い職があると嘯く。
手間隙かけて育てられた自分たちを罠に嵌めるメリットなどないと勘違いしたバカなモータルたちは、この話に飛びつく。

そこで弟子たちが送られるのが、暗黒メガコーポのオーガニック・ボディ・ファーム。
あるいは、キンゴ達とツテのあるヤクザ組織に売り渡す。
そこで門下生がどのような目に遭うのかは知らないし、元より彼らの預かり知ったことではない。
所詮非ニンジャのクズに情けは無用。彼らはニンジャなのだから。

近年では、磁気嵐が晴れた影響で海外からの上客も多い。
とくに、シトカから来たというあのヤクザ組織……。
とにかく、健康な五体というのはそれだけで需要があるのだ。
それゆえにキンゴとミリウチの懐には莫大なマネーが手に入る。

そのために、ニンジャとしての力は必要不可欠であるが、「何事もやり過ぎるとアブナイ」というマサシのコトワザに倣うかのように、キンゴは慎重であった。
門下生には適度にニンジャの恐怖を嗅ぎ取らせ、センセイとしての強さとソンケイを集めればよい。
そのためには、カラテの音とアトモスフィアで十二分。そのものを見せる必要はない。

強さとリスペクトはマネーを呼ぶ。
ドージョーの収入はその後の人身売買額と比してケチな稼ぎだが、キンゴにとっては必要な、安全圏での小遣い稼ぎ。そのはずであったのに。

「パイルマシン=サン!怯むな!所詮はどこの馬の骨とも知れぬサンシタよ!」
しかし、パイルマシンは脂汗を流し硬直したままだ。

「あ……アニキ……こいつ」
パイルマシンは青汗を流しながらエアレイドを指す。
「こいつソウカ」「イヤーッ!」「グワーッ!?」
パイルマシンが言葉を終えるより素早く、エアレイドが動いた!
エアレイドはタタミ2枚分の距離を踏み込んで縮めるや否や、顔面目掛けてストレートを叩き込む!

慌ててその打撃を躱そうと身を捻るパイルマシンの顔面に、カラテ衝撃波のメン・ウチが突き刺さる!カゼ・ニンジャクランのソニック・カラテだ!

「クランは関係ねぇっつってるだろうが、クランはよう」エアレイドは微かに怒気を滲ませて言った。
「くだらんお喋りに気を配るヒマはないぞパイルマシン=サン。俺は実際腕利きだからよォ。チンタラ遊んでないで、死ぬ気でかかってこいや!」
挑発怒声と共に、油断なく構え直すエアレイド。タツジン!

その隙のない構えに、キンゴはしばし目を細め、感嘆と共に警戒レベルを引き上げる。
「どうやらサンシタでないことは確からしいな。だが貴様の実力は却ってパイルマシン=サンの拷問を引き延ばすだけに過ぎん!」

「やれ!パイルマシン=サン。所詮は跳ねっ返りのヌケニン・ヤクザよ。貴殿のトーチャー・カラテに劣る道理なし!」

「お……応ともよ!」パイルマシンの目に戦意が宿る!
「エアレイド=サン!貴様のカラテは見破った!」
僅かに身を屈めると、残虐な人体破砕カラテの構えを取り、エアレイドへと歩を縮める!

「イヤーッ!」
エアレイドはバックステップでインファイト回避挙動を狙う。その挙動にパイルマシンは疑念を確信!
「その身のこなしと先のカラテ衝撃波!大方はカゼ・ニンジャクランのチンケなレッサーソウル憑依者であろう!」
さらに接敵!
「我らはその程度のニンジャのカラテなぞ、当の昔に対策済みよ!まして貴様のソニックカラテは、おれのトーチャー・カラテとは相性最悪!フーリンカザンの段階において、貴様はとうに負け犬同然よォーッ!」

パイルマシンがエアレイドの懐に飛び込む!「この距離ならカラテ衝撃波は放てまい!イヤーッ!」
さらにワン・インチ距離での陰湿なクリンチ戦展開!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
杭打ち機めいた連打が急所目掛けて放たれる!
エアレイドは防御応戦のためのカウンター・カラテで打撃をいなす!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

「少しはソウル由来以外のカラテ心得もあるか!だが無駄だ!イヤーッ!」
ショートフックが脇腹めがけて繰り出される!
ナムサン!いかに鋼の如き肉体を持つニンジャといえど、同じ箇所を執拗に殴りつけられれば実際致命打!
パイルマシンのカラテ速度は徐々に加速していく。やがて防御の手が緩んだが最後、無慈悲な臓器破壊パイル・パンチが道路解体ドリルの杭打ち機構めいてエアレイドの肉体を破壊し尽くすであろう。ジリー・プアー(徐々に不利)か!?

「ウゥーッ……」その戦況を見据えるモチギはいま、口惜しさに歯噛みしている。
モチギの弟子たちも、このパイルマシンの執拗な
臓器破壊攻撃を受け、夥しい血と悔恨の言葉を吐き出しながら死んでいったのだ!
モチギの脳裏に苦悶の悲鳴をあげながら死んでいった若者たちの姿がフラッシュバックする!
「キリウキ=サン!もういい!もうやめてくれ!」

「やめろ?やめろだと?」
エアレイドの声に怒りが滲んだ。
「モチギィ……テメェ何をやめろって言ったんだ?アアッ!」「アイエッ!」
兄弟子の背中越しに伝わる怒りに、モチギは恐怖した。

パイルマシンもまた、打ち合いの中で異変を察した。手応えがまるでない!
彼の執拗な臓器破壊カラテはすべて、流れる水に打ち込むかのごとく、あるいは何もない空に拳を突き込むが如く、エアレイドに捌き切られている。満足なカラテ打撃を与えること能わず!
「な……これは……」パイルマシンはことここに至り本能的に格の違いを理解した。しかし時すでに遅し!

「ザッケンナコラーッ!」「グワーッ!?」
ヤクザスラングと共にエアレイドのカウンター・カラテ炸裂!執拗なクリンチを仕掛ける拳に、エアレイドの左拳が重なる!パイルマシン左拳粉砕!

「ヌルいカラテでイキりやがって……どっちが増上慢だ!?アア!?イヤーッ!」「グワーッ!?」
パイルマシンの頭を掴むと、頭突きを叩き込む!額が割れ、血が滲み出る!
「ザッケンナコラーッ!ワドルナッケングラーッ!」「グワーッ!グワーッ!」
今度はエアレイドがパイルマシンを拷問する側となった。腹部に執拗な膝蹴りを連打!連打!連打!

「アイ、アイエエエエエ……」
ニンジャの恐怖を軽減させていたはずの門下生たちにも異変が生じ始めた。
彼らはイクサを直視しないことで重篤ダメージを回避していたが、ここに来てそのことが仇となった。
彼らの脳裏では、頼りになる兄貴分が悍ましき神話の怪物めいた野獣に生きながら食い殺されるビジョンが芽生え始めていた。
それは暴力に対する、原始の恐怖のビジョンであった。

「グワーッ!グワーッ!キンゴ=サン!助けてくれ!フレイムダガー=サン!」
パイルマシンがドージョーの主のニンジャとしての名を叫ぶ。
キンゴは腕を組み、イクサの趨勢を見極めていたが、目を見開くや否やクナイ・ダートを投擲する!「イヤーーーーーッ!」

その狙いはエアレイドではなく……その後方に控え、イクサの趨勢を見守るモチギ!ナムサン!ブラック・ファイア・カラテの必勝タクティカル・メソッドは勝利の為の手段を選ばぬ!

「イヤーーーーーッ!」
キンゴのアンブッシュ意図を察知したエアレイドがスリケンを投擲生成!モチギ目掛けて飛来するクナイ・ダートを反射!
「「アイエエエエエ!」」壁に突き刺さったスリケンとクナイ・ダートを目にした門下生失神!

「チッ……ケダモノめが。仲間を守る知恵はあると見える」
アンブッシュ失敗を見たキンゴは歯噛みしつつアイサツした。
「ドーモ、エアレイド=サン。フレイムダガーです」
その姿は今や黒いファイアパターン模様の入ったニンジャ装束。その口元は威圧的なメンポに覆われている。

「ドーモ、フレイムダガー=サン。エアレイドです」制裁打撃を中断したエアレイドは、油断なく手短にアイサツを返した。
「ムカつくぜ。テメェらのようなサンシタが俺にデカいツラするのは……」

「フン、せいぜい末期まで吠えるがいい。最後に勝つのは我らブラック・ファイア・カラテよ」
フレイムダガーは地に伏せて嘔吐する部下を叱咤した。
「立て!パイルマシン=サン。門下生の前でブザマは許されんぞ」

「アイ、アイ……」パイルマシンは苦々しげに呟き、立ち上がる。
「しかしフレイムダガー=サン。敵は実際強敵……」「ダマラッシェー!」
フレイムダガーが遮る!

「いかに強かろうと、所詮一匹狼よ。我ら二人でかかれば、物の数ではないわ」
ナムサン!多勢に無勢、コンビネーションによる圧殺を指示する非情宣言!

「いいぜ、こっちは。何人がかりでも構いやしねぇよ」
しかし、エアレイドは狼狽えぬ。それどころか、得心を得たとばかりに破顔!
「かかってきなよ、キンゴ=センセイ。門下生の前で恥の上塗りが怖くなけりゃよォ…」侮辱!

「シツレイ者めが……目にもの見せてくれる!イヤッ!イヤッ!イヤーーーーーッ」
フレイムダガーはクナイ連続投擲!

エアレイドは目尻を歪め、カラテを蓄える。周囲の空間が僅かに歪む!
「カザミ!イヤーーーーーッ!」
奇怪なシャウトと共に、クロスガードしフレイムダガー目掛け前進!

直後!「「アバーーーーーーーッ!」」
ナムサン!フレイムダガーの投擲クナイ・ダートはエアレイドを避けるように、背後のブラック・ファイア門下生の頭部を刺し貫いていた!

「可愛い弟子にひどいことしやがる」
エアレイドは嘯くと、両拳を翳しさらに前進を続ける!
「イヤッ!イヤッ!イヤーーーーーッ!」
フレイムダガーは止まることなくクナイ連続投擲!

「「アバーーーーーーーッ!」」ブラック・ファイア・門下生無惨!
エアレイド目掛け飛来する刃はすべて、彼の両手を中心に奇妙に進路を捻じ曲げ、逸れていく。
あたかも彼の周囲だけが強固に異なる気流を帯びているかのように、クナイはエアレイドの身体を掠めることさえなく消えていく!

「イヤッ!イヤッ!フレイムダガー=サン!血迷ったか!?」
パイルマシンはアシストカラテで支援すべく戦線復帰するも、跳ね狂うクナイへの対応に苦戦!

これはいったい如何なるニンジャ・マジックによるものか?
その場にいる者たちは誰一人として知る由もないが、ニンジャのイクサを数多く目撃してきた読者諸氏であれば、その深遠なるニンジャ知識から既にお気づきであろう。

これぞカゼ・ニンジャクランのアーチニンジャ、ツマジ・ニンジャのカザミ・ジツ!
超自然のカゼを操り攻防一体の武具とする、神秘のワザである。
かつてこのジツを極めたツマジ・ニンジャは自身の肉体を生ける暴風雨へと変性せしめ、ニンジャ・非ニンジャの区別なく大多数を殺害した。
ギリシャに渡り、彼とアライアンスを結んだ数人のヘビ・ニンジャクランと共にかの地で非道の限りを尽くしたツマジ・ニンジャは、最後はゼウス・ニンジャと凄絶な死闘を繰り広げた末に自刃したと伝えられている。
その悪逆非道の伝説こそ、有名なテュポーン伝承のアーキタイプとなったことは、ご存知の通りである!

「ムダってことがわからねえのか?俺をこれ以上失望させるな、フレイムダガー=サン!イヤーーーーーッ!」
エアレイドは両拳を地面に打ち付ける!ドウッ!凄まじい空気噴射音と共にエアレイドの身体が上昇!

「イヤーーーーーッ!」
さらに空中で竜巻めいて回転し、強烈なエアリアル・スピン・キックをフレイムダガーに見舞う!
「グウーーーッ!」フレイムダガーは咄嗟に両腕で蹴りを受けるが、遠心力により体勢が揺らぐ!
「イィィヤァアーーーーーーーーーッ!」
裂帛のシャウトと共にエアレイドのカラテ回転力上昇!
「グワーーーーーーーッ!」
押し負けたフレイムダガーの身体が階段から弾き出される!

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤーーーーーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」
さらにエアレイドの空中連続攻撃がフレイムダガーを襲う!滞空中ゆえフレイムダガーの両手足には満足なカラテが篭らぬ!ガード不能!
一方、エアレイドは自身の両手足からカラテに併せてソニック衝撃波を調節噴射!
もってその質量を活かしたカラテ打撃を連続で押し込む!
ゴウランガ!ジェットカラテの空殺奥義、エアリアル・カラテである!

「グワーーーーーーーッ!」
フレイムダガーがカラテ・リングに叩きつけられる!
その後を追うように、滞空終了したエアレイドは連続回転着地!

「ファーア……これでお望み通り、2対1だぞ。フレイムダガー=サン」
耳を穿りながら、エアレイドはこともなげに言った。「これ以上奥ゆかしい遠慮はいらん。爆発四散させる気で来い」

「こいつ……!ふざけるな!イヤーッ!」パイルマシンのインファイト特攻!
「イヤーッ!」エアレイドはブリッジ回避からのメイアルーアジコンパッソで迎撃!「グワーッ!」

エアレイドが再度のエアリアルカラテ移行の構えを取る!そこにフレイムダガーがインタラプト!
「させん!イヤーーーーーッ!」その両拳は赤熱している!「チッ。イヤーッ!」エアレイドはカラテ中断し、フレイムダガーに応戦!

「イヤッ!イヤッ!イヤーーーーーッ!」
熱を帯びたフレイムダガーのチョップが連続して打ち出される。
彼はこの赤熱チョップで何人もの敵対者を生きたままバターめいて引き裂いてきた!
「イヤーッ!イヤッ!イヤーーーーーッ!」
再度カザミ・ジツによる風の籠手を纏ったエアレイドの拳がそれを弾く。

ボウッ!ボウッ!インパクトの瞬間、フレイムダガーの赤熱チョップがさらに熱を帯び、炎を吹き上げる。
それを目にしたエアレイドは興味深げに呟く。
「カトン使いか。お前のような手合いを的にした時、ちょうど試してみたいことがあったな。ここで……」エアレイドが拳を開き、掌打で迎え撃つ!「試させてもらう!イヤーーーッ!」
「ほざけ!イヤーーーーーッ!」フレイムダガーのチョップが重なる!

KA-BOOOOOM!!!!超自然のカゼと炎が重なり、爆発的なカラテ衝撃が発生!
吹き飛ばされたのは……
「グワーーーーーーーッ!」フレイムダガーだ!

インパクトの瞬間、いったい何が起こったのか?
エアレイドのカゼを纏った掌打は、炎が触れる瞬間、そのカトン爆破の方向にカラテで指向性を与え、フレイムダガー目掛け逆流せしめたのだ!

フレイムダガーはタタミ3枚分の距離を吹き飛ばされ、爆破炎上!
「グワーッ!グワーッ!畜生ーーーーーーッ!」自身を焼く己の炎を、屈辱的ワーム・ムーヴメントで消火する!

「フレイムダガー=サン!おのれーッ」
パイルマシン戦線復帰!彼はフレイムダガーの回復までの時間稼ぎとエアリアル・カラテへの警戒から得意のインファイトを捨てアウトレンジ・カラテで消極的な時間稼ぎに移行!
「ソマシャッテコラーッ!」消極的カラテにエアレイドの怒りが高まる!

「グワーッ!グワーッ!フレイムダガー=サン!」フレイムダガーはゆっくりと身を起こすと、戦況を俯瞰した。その目は暗く、澱んでいる。

彼は怒り狂うヤクザに虐げられる右腕と、NRSを発症し逃げ惑う門下生を見た。
彼の人間カラテファームは潰えた。
その事実が、どす黒い復讐心を燻らせた。せめて一矢、このケダモノに報いねばならぬ。

「イヤーッ!」「グワーッ!」
軽やかな身のこなしでその体躯を持ち上げ、振り子めいたキックでパイルマシンを蹴りつけるエアレイドを見て、フレイムダガーは策を練る。

エアリアル・カラテは実際油断ならぬ武技ではあるが、その滞空時間は多数相手のイクサでは致命的な隙を生みかねない。

パイルマシンにトドメを刺すべくエアレイドがエアリアル・カラテを放つその瞬間こそ勝機!
フレイムダガーはパイルマシンを見捨て、冷徹な勝利への布石を打った。

パイルマシンと目が合う。フレイムダガーの意図がどこまで伝わったかはわからぬ。
フレイムダガーは頷いた。パイルマシンもそれに応える。

ブラック・ファイア・カラテスクールにニンジャは一人いればそれでよい。
勝利の為に犠牲が必要であれば、より弱い者を切り捨てるが必定!ニンジャのイクサは常に非情なのだ!

「ソウカイ・ニンジャ何するものぞーッ!」
機先を制し、アウト距離から一気に接近したパイルマシンの上段回し蹴りが放たれる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
エアレイドはブリッジ回避寸前まで上体を沈め、軸足狙いの蹴りを繰り出した。
更にそこから身を捻り、宙に投げ出されたパイルマシンを打ち上げるためのリフトキャノン・キックを放つ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
パイルマシンの肉体がスピンし、空中へ吹き飛ばされる!
エアレイドは決断的なトドメを刺すべく、更なる追撃態勢に移行!
バネめいて立ち上がるエアレイド!その姿を見たフレイムダガーの目がギラリと光る!

「今だ!ウチトッタリーッ!」
フレイムダガーの両手が赤熱!エアレイドの跳躍行動時を狙った対空ミサイルじみた心臓破壊チョップ突きの構え!
フレイムダガーの脳内で爆発的なニンジャアドレナリンが分泌され、時間の流れが泥めいて鈍化する!

その淀んだ時間の中で、エアレイドは跳躍せず……腕を伸ばし……コマめいて回転するパイルマシンの足を……掴んだ!そして!

「イィィィヤァァアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!」「グワーーーーーーーッ!」「グワーーーーーーーーーッ!?」「「アバーーーーーーーーーッ!?」」
エアレイドはパイルマシンを無造作に掴むと、構えるフレイムダガーめがけ全力スイング!
予想外の一撃を受けたフレイムダガーはリング内からタタミ5枚の距離を吹き飛ばされ、ファールボールじみて観戦門下生に衝突!
そのインパクトで数人の門下生がネギトロめいて潰れる!ナ……ナムアミダブツ!

エアレイドはそのままパイルマシンをタツマキ・スイング!
白目を剥き血の泡を吹くパイルマシンを回す!「グワーッ!」回す!「グワーッ!」回す!「ゴボボーッ!」
そしてその身体を全力で天井に向かって……投擲した!
「イィィヤァアーーーーーーーーーッ!」「グワーーーーーーーッ!」

ニンジャ平衡感覚を失ったパイルマシンはウケミを取ること叶わず、朦朧とした意識のまま天井に全身を打ち据えられ、絶命した。「サヨナラ!」パイルマシン爆発四散!

「ハァーッ、ハァーッ!邪魔だ小僧どもーーーーーッ!」門下生を押しのけ、フレイムダガー戦線復帰!
エアレイドはカザミの護りをこれ見よがしに解除し、手招きして見せた。
「かかってこいフレイムダガー=サン。今回のことは、お前の首でテウチにしてやるからよ」

「ふざけるなよ獣が!素っ首叩き落としてくれるわーーーッ」
フレイムダガーは壁にかかったカタナに手をかける。
刀身を抜き構えると、その刃が赤熱していく!フレイム・カタナ!

「死ね!エアレイド=サン!死ねーーーーーッ!」
キリウキ・カラテの無手カウンターが届く隙なし!
今度こそエアレイドは生きたままバターめいて身体を溶断されてしまうのか!?

「……エッ?」モチギは驚きの声を上げた。
なぜなら、エアレイドの動きに、見覚えがあったからだ。
流水のように静かで、淀みがなく、無駄のない身の捌き。
それは彼の流派、キリウキ・カラテの重視する足捌きによるカラテ回避動作であった。

フレイムダガーの赤熱カタナ乱舞に対し、半円を描くような動きで攻撃を避け、距離を詰め、肉薄する。そして。
「イヤーッ!」「グワーッ!?」
カタナのリーチを掻い潜り、ワン・インチ距離へと迫ったエアレイドによる正拳突きが、フレイムダガーの顎を捉えた!

「ヌゥーーーッ、おのれェーッ……」
たたらを踏みながら、執念で踏みとどまるフレイムダガー。ナムサン!実力差のあるニンジャ同士のイクサであれば、先の頭部攻撃で頭を360度回転させ、壊れたネジめいて千切り飛ばすのが常道のフィニッシュ・ムーヴである。

痛恨のカイシャク失敗か?エアレイドのカラテに限界が訪れたのか?
あるいは、フレイムダガーの執念がエアレイドのカラテを上回ってしまったのか!?
否、これこそがキリウキ・カラテの奥義!

「イヤーッ!」
フレイムダガーが逆袈裟にカタナを振るう。エアレイド回避!
「イヤーッ!」
フレイムダガーが袈裟斬りにカタナを振り下ろす。エアレイド回避!……エアレイドは機を伺っている。
「イヤーッ!」
フレイムダガーが逆袈裟にカタナを振り上げる。エアレイド回避!………エアレイドの背がドージョーの壁に触れる。
「追い詰めたぞ!イヤーーーーーッ!」
フレイムダガーが大上段にカタナを構える。エアレイドの目が大きく見開く!勝機!
「イヤーーーーーーッ!」
エアレイドの拳が、撫でるようにフレイムダガーの顎を掠めた。果たして!?

「アババーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!?」
1分にも10分にも思えるコンマミリ秒の静寂の後、フレイムダガーの首が2160度回転!
その首が胴体からねじ切れ飛ぶと同時、糸の切れたジョルリめいて崩れる肉体の各部から人体破壊音が響き渡った。「サ……サヨナラ!」フレイムダガー爆発四散!ナムアミダブツ……ナムアミダブツ!

この過剰なまでの人体破壊技術に、モチギはひとつだけ心当たりと言えるものがあった。
ニンジャのみわざにより大きく歪められてはいるが、その現象の雛形となっている技を、モチギはよく知っていた!
あれこそはキリウキ・カラテのヒサツ・ワザがひとつ、ニド・ウチ!
最初の打撃で相手体内にあえて微弱なカラテ衝撃を蓄積させたのち、複数の小型打撃を打ち込むことで蓄積したカラテ衝撃波を体内乱反射。
肉体内部を破壊するカラテ衝撃波が外部に逃れようとするそのタイミングを見極め、外部から再インパクトを与えることで肉体を内外双方向から同時破壊する、キリウキ・カラテの秘儀である!

「アイエ、アイオゴゴーッ!」「エヘ、エヘエヘへへ……こんなの聞いてないよォ……」
その恐ろしい様子を目の当たりにしたブラックファイア門下生は集団嘔吐!
中には正気を完全喪失し、その場で泣き笑いを始めるものまで現れた!

モチギはかつて師のゲンイチ=サンの言葉を思い出していた。
((よいか、モチギ=サン。お前は実際情が深い。だがケンルイがお前の前に現れても、情けを見せてはならぬ))
((あれは……あれは、獣よ))
師の言葉を思い出しながら、モチギは呆然と立ち尽くす。彼は無意識のうちに失禁していた。

(#2後半終わり。#3に続く)
(本エピソードは4-5セクションで完結予定です)

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