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その瞬間を生きる喜び

ライト兄弟の名は誰でも知っているが、リリエンタールという男をご存知だろうか?1898年に48歳という若さでグライダーの墜落により死んだ男だ。「飛ぶ」ということだけならライト兄弟に先駆け彼が人類初になる。さて、このリリエンタールとは何者だったのか?実は学者でも研究者でもない。子どもの頃から鳥が好きで、「あんな風に飛べたらいいな」と空を眺めてきた男だった。ドイツ・ベルリンで小さな鉄工所を営んでいたが、儲けの大半はグライダーの試作や飛行実験に費やしていた。

こう書くと先駆的なロマンに一生を捧げた人生に思われるだろう。しかし、当時の人から見れば笑いものに過ぎない。50メートルの丘から手製のグライダーにぶら下がってエイヤッと飛び降りる。そう、飛び降りる。今で言うならハンググライダーだ。それをスポーツとしてカッコいいと思うのは現代人。一方で、100年以上も前の人たちの目には「奇行」としか映らなかったはずだ。人間が空を飛べるわけがない。飛んだところですぐに落ちてくる。「あの男、いい歳をして何をやっているのか」と冷淡に眺めるのが大部分だった。

リリエンタールはそんなことなどお構いなし。彼は、空を鳥のように滑空している時間がひたすら好きだった。40歳を過ぎた男がまるで子どものように「鳥さん」になって遊ぶ。およそ2000回も滑空し、48歳のとき失速して墜落する。総飛行時間は50時間だった。こういう人生というのは、成功や失敗とは無縁の人生だろう。なぜなら、世間の目など気にしないでやりたいことだけをやり続けた人生だからだ。本人はきっとこれで十分、満足したのではなかろうか。

リリエンタールのように、一生を子ども時代からの夢の実現に費やすのは難しい。ふつうの人はそう考える。僕らには現実の生活や食うための仕事がある。けれどもそれを言うならリリエンタールも同じで、好きなことに熱中するためにも本業の鉄工所の仕事に精を出した時間があったはずだ。夢は夢、現実は現実という割り切りだってあったはずだ。ただ、彼には「これをやったら笑われる」とか「失敗したら恥をかく」という囚われが無かった。そして、僕らの現実の世界でもそんな場面ほんのわずかだけではないだろうか。

久しぶりに宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」を観た。そして、主人公の堀越二郎の飄々とした生き様にリリエンタールを感じた。彼を描く際に宮崎監督もリリエンタールをイメージしたのではないか。そんな風に思いを巡らすとワクワクする。その瞬間を生きる。その瞬間を生きる喜びや楽しさ。自分だけの人生を味わい尽くすこと。いい、実にいい。なんてなー!

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