大学数学と高校数学は一体何が違うのか? 数学科で学ぶ純粋数学の謎(Part 1)

 高校で数学満点を連続して叩き出せるほど優秀な人が,大学数学にはやられてしまうことがあります.大学の数学科で学ぶ数学は,高校数学とはまったく違ったものです.果たして何が違うのでしょうか?

第1節 純粋数学と高校数学の違い

 以下,数学科で学ぶ数学のことを【純粋数学】と言うことにします.純粋数学で際立っているのはその【論理の厳密さ】と【抽象度】です.今回は解析学という分野に焦点を絞ってみてみましょう.

 高校数学における解析学は微分や積分の計算・公式の学習に始まり,それを図形や体積,物理的な現象などに応用する方法を重点的に学んでいくと思います.

 しかし,数学科が学ぶ解析学では一番最初に【実数とは何か?】から話が始まります.微分や積分を行うための大前提である【実数】や【連続】という概念は高校では曖昧に定義されているのです.その曖昧さを徹底的に排除しようとするのが【純粋数学】です.

 一つ高校数学との違いを挙げてみましょう.

 0.999999.... = 1 という式を考えましょう.まず,これは正しい等式でしょうか? 数学に詳しい高校生であれば即座に【正しい】と答えるでしょう.その証明として次のようなものを挙げるかもしれません.

【0.999... = 1 の証明1】0.999... を X とする.このとき 10X = 9.999... なので

である.この2つの式の両辺を引き算すると

となる.よって X=1 である.【証明終了】

 以上は連立方程式を解くような証明の仕方です.あるいは次のような極限を使った証明の仕方もあります.

【0.999... = 1 の証明2】等比級数の公式を使い,次のように計算できる.

よって 0.999... = 1 である.【証明終了】

 他にもいくつか証明の仕方があるかもしれません.以上の証明には一見,論理的に何の穴もないように見えます.

 しかし,もし「 0.999... = 1 は正しい等式か?」と数学科の学生(院生あたり)に質問したら,逆にこう質問し返されるかもしれません.

「 0.999... の定義は何ですか?」

そう.純粋数学では定義が与えられていないものに対しては,何もすることはできません.足したり引いたりすることも大きさを比べることもできません.高校数学では 0.999... に正確な定義を与えることができないのです.

 無論,「 0.999... とは等比級数 

のことである」としてしまえば,問題は解決するように見えるかもしれません.しかし級数は【極限】によって定義されています.よって,次にこういう質問が飛ぶでしょう.

「極限の定義は何ですか?」

 高校数学ではここでお手上げになります.「極限とは限りなく近づくことである」という非数学的な説明しかできないからです.

 純粋数学ではこのあたりの曖昧な言葉を掘り下げて,掘り下げて,最終的に【論理式】というもので記述することを目指します.【論理式】とは,いわば数学における【言語】であり,これによって記述されていないものは純粋数学に登場させてはいけないルールになっているのです.

 さきほど「限りなく近づくこと」という言葉が非数学的であると言いましたが,それは,高校数学ではこの言葉が論理式で定義されていないからなのです.さらには極限などの理論を展開する土台である【実数】も論理式で定義されてはいません.

 では,純粋数学ではどのように実数を定義し 0.999... = 1 を証明するのでしょうか? 残念ながらそれを正確に述べるには時間がかかります.それこそ大学の数学科に入って1年はかかります.ここでは,細かい説明はせずに,どんな感じなのか大雑把に眺めるだけにしましょう.

▽----------【0.999... = 1 の証明】----------

K を有理数からなるコーシー列全体の成す環とし,その極大イデアル I を 0 に収束するコーシー列全体とする.このとき実数体 R を剰余環 K/I と定義する.いま2つの実数 0.999... と 1 を

と定義する.ここで [ a ] は a ∈ K の I による剰余類を表す記号とする.このとき

となる.ここで 

であるため,(0.1,0.01,0.001,...) は I の要素である.したがって 

となる.したがって 0.999... = 1 となる.

△----------【0.999... = 1 の証明終了】----------△

 このようになります.実にまわりくどいように見えてしまうかもしれませんが,以上の証明に登場する用語,【剰余類・コーシー列・有理数・加法演算記号 + ,マイナス記号 - ,二項関係 < ,etc...】はすべて論理式で記述することができます.したがってこの証明はすべて【論理式】,つまり【数学の言語】に書き直すことができる文章なのです.

 純粋数学ではこのように,証明はすべて【数学言語に書き直せる文章】で書かなくてはなりません.それこそが【厳密】という言葉の意味であり,高校数学との違いであると言えます.

 まとめると,高校数学と純粋数学の違いの一つは,土台とする論理が【日常の延長としての素朴な論理】なのか【数学言語を使った厳格な論理】なのかの違いということになります.数学言語そのものを論じる学問としては【論理学】や【集合論】,あるいはこれらをまとめた【数学基礎論】などが挙げられます.

 そして,高校数学とのもう一つの決定的な違い.それは【抽象度】です.純粋数学では図形や量といったもので想像することが著しく困難なものがたくさん出てきます.数学科に入った学生が出会う,抽象度の高い分野としては【位相空間論】や【代数幾何学】などがあります.これらは大学数学でも,学生がつまづきやすいという意味で,難関分野に位置づけられていると思われます.次回,そのことを説明してみたいと思います.

(第2節 大学数学の難関分野 に続く)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?